ふたつの旅
マリアたちがまだ、ストゥマの国にいた頃。
ある2人組は、とある場所に向かって歩を進めていた。
「ふあー。眠いよぉ…」
そのうちの1人は、口を大きく開いて大あくびをした。前を歩いていた青年はあくびをした少年を睨む。
「自業自得だ」
冷たい反応に、少年は何も答えない代わりに肩を竦めてオーバーにおどける態度を取る。青年はそんな彼のリアクションを無視した。
その時。草陰から物音がし、草陰に近い場所にいた青年は足を止め、音のした方面に耳を傾ける。
がさりと乱雑に草を掻き分ける音は、徐々に近くなる。青年は、リラックスした体勢のまま音の震源地へ目を向ける。影から僅かに角が見えた。
とうとう魔物が姿を現した。それと同時に、魔物に風魔法が炸裂する。
風はまるでカマイタチのように、深い傷を魔物…大型のデアだった…に次々と与えていく。デアの肉体は抉れ、深い紅の液体が宙に舞う。その液体も風に乗り、鮮紅の飛沫があちこちに降り注いだ。
デアはとっくに死んでいる。しかし青年は攻撃の手を緩めなかった。己の身に纏う黒い衣装に血液が舞い、ようやく、宙に軽く掲げていた手を下ろした。
デアだったものは、地面に散り散りになった。
あっという間の出来事だった。
「相変わらず容赦ないね」
少年は茶化すようにカラカラ笑う。青年は懐からハンカチを取り出し、汚れた部分を拭き取った。
「行くぞ。中央の辺境、ネーベルに」
時は戻り、マリアたちがストゥマを出てしばらく経った頃。マリアはふと疑問に思ったことを口に出す。
「アイグル、レビトと話してた時にネーベルって言葉が出ていたわよね?ネーベルって、どんなとこなの?その国には立ち寄らないの?」
先頭を進むアイグルはマリアの言葉に「ああ、そのことか」と反応し、振り返る。シンクとキャナリは歩みを止めた。
「悪い、まだ説明してなかったな」
それからアイグルは、ネーベルについてマリアに教える。
「ネーベルはこの大陸の中心部にある国のことだ。が、…正確には国じゃない。ちゃんと土地はあるし人もあまり多くはないがそれなりに住んでいる。でも、あの場所には王はいない」
「どういうこと?」
アイグルのどっちつかずな説明に、マリアの頭部に疑問符が浮かぶ。アイグルは言いにくそうに、言葉を探しながら、
「文化の違い、っていうのかな。ネーベルの奴らは他の国とあまり交流したがらない。だからって他国の人間を拒む訳でもないが。例えば俺たち商人が来たら物を買ってくれるし、それなりに話もしてくれる。だが、それ以上の交流はしたがらない」
「そう…」
マリアは相槌を打つ。マリアは、ネーベルの国民がどのような人たちなのかだいたいのイメージがついた。
「フートゥから帰る途中にネーベルに寄ろうと思っている。いいか?」
マリアに拒む理由は無かった。
「分かったわ」
「悪いな、マリア」
「ううん、全然気にしないで」
納得するマリアにアイグルは頷き、4人はフートゥに向かって歩き始める。マリアは、
「…黒い服の人たち、そんなネーベルに行って何をするつもりなのかしら」
南に向かって進んでいるからだろうか。ふとそよいだ風は生暖かく、マリアたちの髪を舐めるように撫でる。
「…さあなぁ」
アイグルは気を取り直すように、語尾を上げてみせた。
それからマリアたちは更に歩を進める。
「今のところ、変なやつらに出会わなかったわね」
「そうそう会ったら困るだろ?」
マリアに、アイグルが笑みを浮かべて反応する。
出発した頃からずいぶん時間が経った。太陽の位置は水平線に近づき、世界はオレンジに染まりつつある。
アイグルは、まっすぐ前を指差した。マリアたちは視線でその先を追った。マリアはあっと声を漏らす。そこには、小さな家々が密集していた。アイグルの言っていた小さな国、のことだろう。
「今日はあそこに泊まろう」
アイグルの提案に皆頷き、前進した。
「とにかく美味しいものが食べたいわね」
「またお前はそう言って…」
「僕もお腹すいた」
「いい茶葉が売っていたらいいですね」
それぞれおもいおもいのことを言いながらも、和気藹々と歩いていく。
国に到着しても尚、マリアたちは楽しそうに笑っていた。
そしてその頃。
青年と少年は、目的地にたどり着いていた。




