宿を出たらある情報を手に入れた
宿からチェックアウトしたマリア一行は、フートゥの国に向かい爛々と歩を進めていた。
「特産物!」
「アトラクション!」
マリアとシンクは目を輝かせ互いに手を取り合い、ワイワイ小躍りしていた。シンクはともかく、マリアも子どものようにきゃっきゃとはしゃぐのだった。共に歩く身としては恥ずかしいアイグルだった。
「恥かしいからそのへんにしとけよ」
見かねたアイグルは、マリアの肩をちょんちょんつつき小声で注意する。宿から出たとはいえ、まだここはストゥマの国の中。大いに盛り上がるマリアとシンクに、奇異の視線を向ける者は多かった。普段はそういったことに敏感なマリアも、リゾート地にいけるという期待感でいっぱいで感覚が鈍っていたらしい。しかし、アイグルの注意で、多少は冷静さを取り戻したらしい。
「!…」
マリアはハッと目を見開くと周囲を見渡し、先ほどまでの己の盛り上がりっぷりを思い出したのか、顔を赤くした。
「ご…ごめんなさい」
マリアは額に手を当てて消え入るような声を出した。自分の行いを後悔しているようだった。耳まで顔が赤い。
「ま、マリアどんまい」
マリアは肩を落とし、隣にいたシンク(こちらは自覚無し)が背中をさする。その近くでは、
「キャナリさん、昨日の試合見ました!本当にカッコよかったです!」
「よかったら握手を!」
「サインを!」
キャナリが、熱心なファンに囲まれていた。どうやら彼らは、キャナリを出待ちしていたらしい。ちょっと目を離した隙に、いつの間にかキャナリを中心にした人垣が完成されていた。
「……」
アイグルは無言のまま、人垣の中から妹を引っ張り出し、ため息をつく。3人を見渡し腰に手を当て、
「お前ら人集めすぎだぞ。わざとじゃないとは言え、あまり目立つのは良くない、」
「あ、お前昔闘技場で漏らしていた小僧なんだってな!ひゃはは成長したな図体だけは!」
「何故それを知っている!?」
アイグルもアイグルで、気の強そうなおばさんにからかわれていた。おばさんはアイグルの肩をバシバシ叩くと颯爽と歩き去って行った。しかし、その会話を聞いた者らはヒソヒソと会話を交わす。
「ん?あのくせ毛の男がどうしたって?」
「昔闘技場に出たことがあるんだとよ」
「どこかで見た顔立ちだと思ったら、お前、もしかしてアルム商隊の小僧か」
「なるほどな。面影があると思ったら!あはは!もう『失敗』してないかー?」
主に年配の人々からからかいの声が上がり、アイグルはカーッと顔を真っ赤に染めた。
「う、うるせぇ!だいたいあれはちょっとビビっただけで、今はもう全然怖いとか思ってねぇし!!」
「お、アイグル!アイグルじゃねーか」
「うっせぇ!俺はもう漏らしてねぇ!」
「何の話だよ」
アイグルはその冷静な返答に目を丸くした。アイグルの目の前には、身軽で、しかし清潔な身なりの青年がいた。歳はアイグルと同じくらいだろう。すらっとした高身長に、後ろに一つ括りにした髪が特徴の青年だ。
「レビトじゃねーか!久しぶりだな。こんなところで会うなんてな」
「お前こそ。まさかこの国にいるとは思わなかったぞ」
アイグルは青年の腕を叩いて笑った。レビトと呼ばれた青年もまた、アイグルを小突く。ぽかんとした様子で見守るマリアにアイグルは向き直ると、紹介する。
「商人仲間のレビトだ」
「久しぶり、マリア王」
アイグルに肩を叩かれたレビトは、服のシワを軽く伸ばして片手を上げてみせた。マリアは、
「えっと、『久しぶり』」
あくまで冷静に、なんてことないように、こほんと咳払いして挨拶に答える。レビトはそんなマリアの瞳を覗き、「んん?」と唇を突き出す。
「マリア王、雰囲気変わった?」
不思議そうに唸るレビトの独り言に、アイグルはすかさず割り込む。
「気のせいだろ。レビト、また薬草を売りに来たのか」
アイグルの問いかけに、レビトは反応する。
「いいだろ。この国では高く売れるんだよ」
「マリア、こっちこっち」
アイグルがレビトの気を逸らしている隙に、シンクはマリアの手を引いた。そのままレビトから距離を置く。道の端にいたキャナリはマリアにちょいちょいと手招きし、耳元で囁く。
「レビトはシードの商隊に所属している商人です。アルムによく来るので私たちのこともよく知っています。ちなみに結婚済みです」
「なるほど…。ありがとう、キャナリ。教えてくれて」
そう手早く教えてくれた。マリアは小声でキャナリに礼を言う。気配に気づいたのだろう、レビトは身を乗り出して、
「おお、シンクとキャナリちゃんもいる!久しぶりだな、元気してたか」
明るく笑いかけるのだった。キャナリとシンクは、それに答えるように手を振ってみせた。
「お久しぶりです。レビトさん」
「元気にしてた?」
「おう、もちろんさ」
にかっと、人好きする笑みを浮かべるレビト。歯を見せて笑う姿に、マリアの緊張は解かれる。心象の良い笑顔だった。
「ところで、アイグルこそ何してるんだ?商売、じゃないよな」
レビトは首を傾げアイグルに尋ねた。アイグルの身なりを確認して、顎に手を当てて小首をかしげる。
「王を連れて社会見学してるんだ。ま、気ままな旅ってところだ」
その疑問に、アイグルはさらっと説明した。レビトもさして気にしていないのか、へぇと軽く相槌を打つ。
「それでここまで来たってわけか」
「そーそー。これからフートゥの国に行くつもりだ」
アイグルがそう告げると、
「フートゥの国…」
「何だよ」
ふと、レビトの顔に影が差した。ぼそりと呟くその声は低い。アイグルはそれに目ざとく反応した。
「どうした。フートゥに何かあったのか」
アイグルの固い声に、マリアの心臓はざわめく。何だか嫌な予感がしていた。レビトは首を横に振った。
「いや、そんなことはない。フートゥは今も平和なリゾート地だ。そこは間違いない」
「じゃあ何だよ」
そう言うものの、その顔は浮かない。アイグルはレビトの顔を覗きこんだ。マリアも、その後ろに控えるシンクとキャナリも、レビトの言葉を待っていた。アイグルは顎を引き、レビトの言葉の続きを促す。レビトは口をまごまごさせていたが、白状する気になったらしい。息を吸って、声をひそめる。マリアたちはレビトの元に集まり、彼を囲うように円を作る。
「俺、南…フートゥの方角から来たんだけどよ。道中妙な姿の奴らを見かけたんだ。真っ黒な身なりの男の連中」
「…!それって」
マリアは口元を抑えた。シンクも、レビトの情報に反応した。レビトはさらに声を潜めて、口を動かす。
「最初はどこかの国から来た商隊と思って話しかけたんだが、どうも違うみたいでよ。俺たち商隊や、旅人たちを観察するかのように見ていてさ…。危害こそ加えられなかったが、変な連中だった。あいつら、なにか見定めているような感じだったよ。まるで品定めするような目付きだった。…あくまで俺の勘だけどな」
「……」
レビトの言葉に、マリアは夜に会った少年のことを思い出していた。少年は、マリアの魔法を面白そうに観察し、またマリア本人にも興味を持っているかのように振る舞っていた。
品定めするような目付き。
マリアはその言葉がしっくりきた。そうだ、きっとあの少年は、私を品定めしていたのだ。でも、どうして?何のために?
「その方達はどこに向かってましたか?」
マリアがもの思いにふける中、キャナリはレビトに尋ねていた。レビトはキャナリに視線を合わせ、
「あいつらを最後に見たのは、ネーベルの国だったかな。あの国に立ち寄るなんて、やっぱ変わってるよ」
「ネーベルですね。ありがとうございます」
キャナリはそう言って、律儀に頭を下げる。レビトは大したこと言ってないと言わんばかりに手を振る。アイグルは、
「そいつらのことが気がかりなのか?」
レビトは首を振った。
「いや、それだけじゃない。途中、…その」
「何だよ、言えよ」
レビトはまた言い淀む。アイグルが促しても、なかなか喋ろうとしない。その大きな瞳はやたらと、ちらちらとシンクを見やっている。
「…?」
レビトに見られて、シンクは不思議そうに首をかしげる。レビトの視線に不安を感じたのか、シンクは肩を強張らせた。それを見かねたマリアは、レビトに向かって問う。
「何があったのかしら」
「…マリア王」
「教えて、レビト」
まっすぐ、レビトを見つめた。不安があるのなら、どんな小さな事でもいいから教えて欲しかった。仲間に関わることならなおのこと。
「わかった」
その真剣な眼差しに、レビトは負けた。レビトはふーっと長く息を吐いて、答えた。
「…道中、奴隷商人を見かけた」
その言葉に、シンクの瞳が徐々に見開く。大きな瞳は揺れ、唇は開く。浅い呼吸を繰り返しているのか、シンクの薄い肩は浅く揺れていた。マリアはレビトから得た思わぬ情報が一瞬、理解できなかった。
「それって…」
そう言って、シンクを横目で見ると、彼は震えていた。
過去に奴隷として掴まっていた少年は、震えていた。




