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宿に帰った彼は愕然とする


太陽の位置は高い。アイグルが宿から帰った時には、目の前に信じられない光景が広がっていた。

「これは…」

大量の、空になった皿。その、山のようにそびえ立つ皿を見つめて瞠目する宿の人々。スプーンが食器にぶつかる、かちゃかちゃと鳴る音はいつまでも止まらない。その音の発生源を見ようにも、積み重ねられた皿のせいで何も見えない。テーブルには、アイグルの妹、キャナリが姿勢良く座っていた。向かいには、シンクが座っている。2人ともお茶を飲みながらゆっくり過ごしていた。

アイグルはゴクリと、無意識に唾を飲んだ。そして、妹のもとへ歩きだす。キャナリは、兄の気配に気づいたのか、すぐに振り返った。

「兄さん。おかえりなさい。無事に帰ってこられたようで安心です」

「ああ…キャナリ…?これはどういうことだ」

挨拶もそこそこに、アイグルは大量の皿を指差していた。その手は震えていた。

キャナリは、きょとんとした顔で、

「どうって、マリア様の召し上がられた食事ですよ」

「おかわり!」

キャナリの言葉とともに、皿の山から聞き慣れた声が聞こえる。空っぽになった皿を空中に突き出す人物に、アイグルは息を大きく吸った。そして、

「食い過ぎだ!マリア!!」

「きゃ!?アイグルいつからいたの!?」

皿の山に埋もれていた人物…マリアは、突然のツッコミに肩を強張らせた。しかし、食事を貪るのは止めなかった。



「腹を壊したらどうするつもりだったんだ」

「だって、あんまりにもお腹が空いて…」

アイグルにより部屋に戻されたマリアは、アイグルから説教を受けていたのだった。マリアの両隣には、シンクとキャナリもいた。3人とも椅子に座らされていた。

「起きた時からお腹が空いてて…。キャナリとシンクがお茶を淹れてくれたのだけどそれじゃ全然足りなくて」

「マリアがお茶を飲んだ後、宿の食堂でご飯を食べることにしたんだ」

マリアの右隣に腰掛けるシンクは、マリアに続けてそう説明する。

「マリア様が起きたのは、つい先ほどのことなのです。マリア様はたいそうお腹を空かせておいでで、たくさん食事を召し上がられたのです」

キャナリもまた、マリアを庇うようなことを言った。というより、キャナリは基本的にマリアの味方なのである。

アイグルは早朝、マリアが宿に帰ってきたときのことを思い出していた。マリアは宿に帰り、特訓の件を説明し、魔法を披露してくれた後、すぐ眠ってしまった。つまり、マリアは朝から何も食べていない。それに加え、慣れない特訓で体力を使い果たしていた。当然、腹は減るだろう。普段から大食いなのだから、食欲がいつにも増すのも、仕方がない。しかし、

「限度があるだろ!」

アイグルは山になった皿を思い出し、腰に手を当てくわっと顔を変貌させた。椅子に座らされた3人はその迫力にビクッと震える。

「…や、腹が減るのは分かるよ。疲れてたもんな。仕方がない。だがあれは食い過ぎだ。宿の食材全部食い尽くしたかと思ったぞ。厨房見たけど、コックは死んだ目で調理してたぞ」

3人の様子を見たアイグルは、今度は控えめな口調で説く。マリアは肩を狭めてうなだれた。「食い尽くすって…そこまで食べてないわよ…」という言葉はギリギリ飲みこんだ。

「ごめんなさい」

マリアは素直に頭を下げた。マリアの両隣に腰掛けるシンクとキャナリも、アイグルに頭を下げる。

「ごめん、アーにい」

「すみませんでした」

2人とも、反省したらしかった。アイグルはふーっと息を吐いて、手に握っていた紙袋をガサガサ揺らす。

「たく、せっかく茶請けを買ってきたのに…次の食事までこれはお預けだな?」

「お菓子?」

マリアは静かに反応した。

「食わせねーよ」

アイグルは、窓を閉めるような素早さでマリアの独り言をシャットアウトする。しかし、そんなことでマリアの扉は閉まらない。マリアは紙袋に鼻を近づけ匂いを嗅ぐと、カッと目を見開く。

「そんな!それできたての焼き菓子じゃない!今が美味しいときじゃない!今食べないでいつ食べるの」

「よ、夜に食えばいいだろ!」

必死に食らいつくマリアに、今度はアイグルが怯える番だった。アイグルは紙袋を持ち上げて、焼き菓子を回避させるが、

「夜じゃ遅いわ。だって今が美味しいんだもの。時間が経つと、味の質が変わる…食感も、変わるわ」

ブツブツと言いながら、マリアは紙袋に手を伸ばした。

「ま、やめろ、腹壊すぞ本当に!俺はマリアのことを思って…」

「わかってる。わかってるけど、お願い、一個だけ、いえ、ふたつだけ」

「さりげなく個数を増やすな! シン坊、キャナリ、マリアを止めてくれ!」

「マリア、押さえて!」

「マリア様」

シンクとキャナリはマリアを止めに入った。キャナリは、マリアの腰を掴んで、取り成すように、

「マリア様、代わりに野菜スープを作りますから、それで我慢してください」

その言葉に、マリアはピクリと体を反応させた。

「えっ、いいの?」

キャナリはこくりと頷き、人差し指を立てて説明する。

「はい。ローカロリーで消化も良い、美味しい野菜スープです。ですので、焼き菓子はまた今度にしましょう」

「…そういうことなら」

キャナリに提案され、マリアは渋々と矛を収めた。ナイスキャナリ、アイグルは心の中でガッツポーズをした。キャナリは微笑み、

「では、さっそく作りますね。たくさん作りますから、何度でもお代わりしてくださいね。マリア様」

「おい」

アイグルはキャナリの頭部にチョップを入れた。

アイグルの制止あって、マリアのおかわり回数は2回にとどまった。



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