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王が寝て、朝を送る


マリアは部屋に戻ってベッドに寝かされていた。キャナリがマリアをベッドに押し込んだ、と言ったほうが正しいが。

「…ぐぅ…」

マリアは疲れが溜まっているのか、すぐ眠りについた。ベッドに寝そべるマリアの傍らにはシンクがいた。シンクは部屋に設置されていた椅子を、ベッド横に移動させていた。椅子に腰掛けて、マリアの寝顔を見守っていた。

「マリア、よく寝てる」

「シン坊、マリアのそばにいるのか」

「うん」

マリアの部屋に寄ったアイグルは、シンクの姿を認めて声をかける。部屋の奥にはキャナリが控えており、アイグルに視線をやっていた。

「兄さん、どこかに出かけるのですか」

「買い出しに行ってくるよ。あと、マリアの言ってたやつも探してみようと思う」

「そうですか」

キャナリは、マリアをちらっと見た。マリアはキャナリに背を向けて眠っている。部屋の奥に立つキャナリの角度からは、マリアの後頭部しか見えない。

「気をつけて、兄さん」

キャナリの言葉に、アイグルは苦笑いを浮かべた。

「買い出しついでに情報聞いて回るだけだし、別に危険なことはしないよ。でも、心配してくれてありがとな」

「それはそうですが」

キャナリはそれでも心配なようだった。よく見ればシンクも不安に思ったのだろう、アイグルを心配そうな目で見つめていた。アイグルは、

「安心しろって。大丈夫だから。な。すぐ帰ってくるよ」

心配そうに己を見つめる年下たちに、歯を見せて笑った。キャナリはもそもそと自分の服をいじりながら、こくんと頷いた。

「…わかりました。いってらっしゃいませ。兄さん」

「アーにい、いってらっしゃい」

キャナリとシンクは、そう声をかけた。アイグルは「おう」と頷いて答える。そして、ベッドに眠るマリアを見つめ、傍らに控えるシンクに、

「シン坊、マリアが心配なのはわかるけど、くっついたりして起こしたりするなよ?」

「そんなことしないよー」

そう言いつつ、シンクの手はマリアのベッドに伸びていた。キャナリはそれを見て、にこりと微笑んだ。

「シンク?私だって、いつも見過すわけではないんですよ?」

天使のような微笑みでしかし、その声色は雪のように低いトーン。丸い瞳は氷のような凍て付きを放っていた。

「ひゃい…」

流石のシンクも、伸ばしていた手を膝の上に戻した。キャナリは、

「シンク、マリア様のためにお茶を淹れておきましょうか」

「え、でもマリアのそばにいたい…」

「この部屋で作るのですから問題ないでしょう」

キャナリはシンクを無理矢理立ち上がらせて、マリアのそばから引き剥がした。キャナリの強い力にシンクは逆らえないらしい。シンクとマリアの距離は順調に遠くなる。シンクはマリアに手を伸ばす。

「わーん、マリアー!」

「宿で騒がない」

キャナリはそのまま調理台にシンクを引き摺り込んだ。といっても、ベッドから数歩ほどの距離なのだが。

「あ、あまりうるさくするなよー」

大きな声で盛り上がる年下コンビにアイグルは注意するが、その声は届いていないようだった。調理台からふたつの高い声が響く。アイグルはそっと扉を閉めた。マリアが起きるのは時間の問題かもしれない。

アイグルは扉に背を向けて歩きだす。部屋の喧騒は徐々に聞こえなくなっていった。

アイグルは歩きながら考えていた。茶菓子でも買ってこよう。キャナリたちの茶に合うような、美味しいお菓子を。

そしてそれに付け加えて。マリアは見知らぬ少年との特訓で疲れているのだから。とも。

アイグルは歩を進める。眠りにつく前、マリアが話していたことを思い出していた。

『夜に散歩をしていたら、ある男の子が魔法の特訓に付き合ってくれたの。それで朝まで宿に戻らなくて…ごめんなさい』

『でもその子、なんだか違和感があって…。シードの港で見た、あの人たちと同じ匂いがしたの。私の思い違いかもしれないけど…でも…』

「マリアといたやつは何を考えてたんだ?」

アイグルは後頭部を掻きながらひとりごちる。

宿に帰ったマリアに試しに魔法を発動させてみたところ、彼女はほぼ完璧に魔法をコントロールできていた。キャナリもシンクも、大きな目を更に大きく見開いて、マリアの魔法を見ていた。

ともあれ、マリアは晴れて戦いのコツを身につけることができたのだ。

それ自体は喜ばしい、とても喜ばしいことではあるのだが。

「違和感、か」

どうしても、その部分が引っかかる。

シードの国で見かけたというあやしい連中。マリアを突き飛ばし、シンクを怖がらせたという連中。その連中と『同じ匂い』がした少年が、マリアの特訓に自ら申し出る行為。マリアは、少年は最後まで自分のことは話さなかったと言っていた。マリアが何を聞いても、それを流していただけだったという。ついでに、マリアの魔法に耐えきるというおまけ付き。

「あやしい…」

アイグルはまつげを伏せて地面に視線を落とす。シードでマリアの話を聞いていたときは対して気にも止めていなかったが、今回は少し違った。明らかにマリアに接点を持とうとしていたからだ。

「俺も、用心しておくか」

少なくとも、頭の片隅には置いておくべきだろう。…考えごとをしている間に、足が止まっていたらしい。アイグルは、頭を振って歩きだした。

ストゥマの空には雲ひとつない。闘技場で活気めいた国にふさわしい、アイグルの妙に晴れない靄と正反対の、洗濯日和だった。太陽は道行く人を照らし、活気を与えていた。

アイグルは、マリアが少年と特訓したという広場に立ち寄ってみた。当然、誰もいなかった。




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