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魔法の訓練が終わったし宿に帰る


マリアはずぶ濡れになった少年の体を拭いていた。

「ハクション!もー、大丈夫って言ったのに」

少年は、マリアの灯した火に当たりながら唇を尖らせた。マリアは布で少年の体を拭きながら、申し訳なさそうに眉を下げる。

「ごめんなさい。でも大丈夫ならすぐ消しなさいよ…」

「普通に消すつもりだったもん」

「すぐ!消しなさい!」

マリアに耳元で怒鳴られ、少年は耳を抑えた。

「ごめん、ごめん」

「ああ、髪がまだ濡れてる」

「自分で拭けるよ」

少年はさりげなく、口うるさいマリアから距離を置こうとするが、

「何離れようとしているの」

「うわぁ」

マリアは少年の肩を抱き寄せる。

「お姉さん近いってば」

「あんたが離れようとするからでしょ。もっと火の近くに寄りなさい」

「うー。はいはいわかったよ」

少年は観念してマリアのいうことを聞いた。マリアの灯す炎に手をかざす。その炎は優しく、陽だまりのように暖かい。

「お姉さん、魔法使うの上手になったよね。もうこんなにパワーをコントロールできてる」

「ありがとう。あなたのおかげね」

マリアは素直に礼を言った。少年は、マリアと出会ったときと変わらない表情でマリアの言葉に答える。

「大切なのは冷静になることだよ。パニックにならないで。落ち着いて行動するんだ。それだけで魔法を扱えるようになるから」

「難しいわね」

マリアは眉を下げて苦笑いしたが、

「でも、やってみるわ」

拳を固めて、悲愴な表情で頷くのだった。そんなマリアの決意に、少年は口元を押さえてククッと笑った。

「何がおかしいの」

「だってお姉さんめちゃくちゃ真剣に言ってるんだもん!笑えるよー!」

マリアは唇を尖らせ、少年の額にデコピンした。狭い額から、ぺちっという音が鳴る。

「人のこと笑わないの」

「いたっ」

少年は額を押さえてわざとらしく顔を歪ませた。

「もう、乱暴だな」

額を擦りながら、少年はマリアを恨めしそうに睨んだ。マリアはその大げさな仕草に肩をすくめる。

「このくらい、乱暴のうちに入らないわよ」

その言葉に少年は、

「うえー、こわー。さすが強い魔法を使うだけあるねー」

口元に手をやってわざとらしく震えてみせるのだった。

「魔法とデコピンは関係ないでしょ」

マリアは少年の仕草に自然と笑みをこぼしていた。

「乾いてきたわね」

マリアは少年を見てポツリと呟いた。少年の髪を撫で、その部分が暖かくなったことを確認した。少年はマリアの手つきに、擽ったそうに身をよじる。

「そうだね。あと、夜も明けてきた」

「え…」

マリアは少年の指差した方角を見て絶句した。水平線の彼方、暗闇しかなかった空に、白い光が差し込んでいた。気づかない間に随分と時間が経っていたらしい。マリアはぽかんと朝日を見つめた。

「わわ、本当だ…。嘘、早く宿に戻らないと」

我に返ったマリアは魔法を消し、慌てて立ち上がる。ついでに全く眠っていない事実も思い出す。お腹もすいてきたかもしれない。

「とにかく早く戻らないと、キャナリたちが心配しちゃう」

マリアはオロオロしながら、宿のある方向に視線をやる。

「それは大変。早く戻らないと」

「あなたも早く、仲間のところに戻りなさい…」

そこまで言いかけて、マリアは言葉を飲んだ。マリアは、いまだ地面に腰を下ろしたままの少年をじっと見下ろす。

「なあに?どうしたの」

少年は傀儡子に操られている人形のような動作で首を傾げた。

「あなたは、結局何者だったの?」

その問いに、少年はくすくす笑って、

「さあ、なんだろう。なんだと思う?」

少年の風に吹かれて翻るような言葉に、マリアは眉を寄せた。

「…」

マリアはため息をついた。この少年は結局、何を聞いても何も答える気がないのだ。ならば、ここに居続ける意味もない。

「特訓に付き合ってくれてありがとう。体、気をつけて。じゃあ」

マリアは少年に背を向けた。宿への道のりは遠い。

「あ、言い忘れてたんだけど」

少年は思い出したように、背を向けたマリアに声をかける。

「メグロ丼、美味しかったね。オレもたくさんおかわりしたんだよ」

マリアの心臓は跳ねた。目を見開き、息を飲む。しばらく立ち止まるが、少年はこれ以上喋るつもりはないらしい。マリアは前を向いたまま、宿に向かって歩を進めた。

少年はマリアの背中にひらひらと手を振った。

「またねぇ」

少年はマリアの背中に語りかけた。その時、少年の背後から靴音が聞こえる。少年は音のしたほうに振り向いた。

「盗み聞きなんて趣味わるーい」

少年の背後に現れたのは、若い青年だった。青年は詰め襟の服を着用しており、服にはバッチやらなんやら細かい装飾品がたくさんつけられていた。バッチは朝日を反射し輝く。その見栄えは美しい。

「どうだった、アルムの女王は」

青年は、少年を見下ろしそう尋ねた。石のように固い声だった。

「とにかく魔法が強い!基礎魔力は相当高いね。オレらはともかく、オレらの部下じゃ敵わないかも」

一方、少年の声は高く、心なしかテンションも高い。

「…なぜ、アルムの女王に助け舟を出した?」

青年の固い声に、少年は、

「なんのこと?」

からかうような物言いに、青年は拳を握った。

「なぜ訓練に付き合ったと聞いている。情報を聞き出せとは言ったが、力になれとは言っていない」

「だってさー、もったいないじゃん?あの魔力を放っておくなんてさ」

「もったいないだと?俺たちの敵なのにか?」

青年の疑問に、少年は歯を見せて笑う。

「強いほうが、相手するとき燃えるじゃん」

「さっぱりわからない」

青年は大きなため息をついた。

「心配しなくても、俺たちならあいつらに勝てるよ」

「なら、アルムの女王はお前が倒すんだな」

「ちょ、そこはみんなで協力して倒そうよー」

「知らん」

青年は、少年に近づくと服をじろじろ見つめた。

「とにかく着替えるぞ。そのままだと風邪をひく」

「はーい。みんなは?」

青年は腰に手を当てて、

「もうとっくに出発している。この国にいるのはお前と俺だけだ」

「えー、みんな薄情!…ちょ、ちょっと待ってよ」

少年は文句を言いながら立ち上がり、歩きはじめた青年に駆け寄る。

「せっかちだなぁー」

「お前が遅いんだ、カレフ」

2人は和やかに言い合いながら、マリアの消えていった方へ視線をやる。白い光の差す方角へ。

「……」

眺めていたのは、一瞬だけだった。

短く切った髪を闇色に輝かせ、青年たちはその場から静かに立ち去った。





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