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夜中の特訓



ストゥマの国の、大通りから少し外れた場所に、ぽっかり開けた空間がある。

そこは、大通りの喧騒が聞こえない、夜の散歩にうってつけの、静かで落ち着ける場所だった。

しかし今、その場には奇妙な空気が流れていた。

「本当に撃つわよ、いいのね?」

マリアは、少年に何度も何度も確認していた。冷や汗を垂らしながらオロオロしている。少年を引き止めることに必死でつい特訓の申し込みをしたマリアだったが、いざ付き合ってもらうとなると話は違った。人間を前にすると、どうしても魔法を撃つことにためらいが生まれてしまうのだった。

「いいってば。早く撃ってよ」

少年は半ばうんざりしながらマリアに答える。マリアはそれでも、抵抗があるようだった。

「でも、私の魔法は…」

「大丈夫だって。お姉さんが心配するようなことは起きないよ」

やけに自信満々に答える少年に、マリアは押し黙る。もう何度もこのやりとりをしたのだ。反駁しても押し返されるだろう。

「本当に、いいのね?容赦しないわよ」

「いいよ。早く」

最後の確認と言わんばかりに言うマリアに、少年はあっさり頷く。マリアは覚悟を決めた。

「…クロウドナイン!!」

マリアは、そう叫ぶと少年に向かって魔法を放った。激しい豪炎舞う、火の魔法だ。暗闇で煌々と輝く炎は、ゴオオオと激しい音を立てながら少年に向かってまっすぐ伸びていく。このままだと、この火の塊は少年に直撃だ。しかし、

「効かないよ!」

「な…!?」

少年は手を掲げ、マリアの魔法を一瞬で打ち消した。炎が消え、周囲が一気に暗くなった。マリアは驚いて目を見張る。

普通なら、あの少年は今頃丸焼きの炭塗れになっているはずなのに。少年は怖がるそぶりもなく、掲げた手を下ろしてマリアを見つめた。

「お姉さんの魔法は強いねえ。初級コースの人間じゃ到底かなわないだろうね」

うんうんと頷いているのだった。感心したように見えるが、その本心は見えない。

「…私の試合、見てたの?」

少年は手をぶらぶら振りながら軽い口調で喋る。マリアは困惑を隠すように、努めて冷静な声で聞いた。少年は目を細めて、

「見てたよ。だって偵察しなきゃだもん」

聞き逃しそうなほどの自然な口調だった。マリアは、

「偵察って、どういうことかしら」

「さあ、なんだろぉ?ふふふ」

わざとらしく声を高くし、少年は闇夜に笑顔を浮かばせる。その遊ぶような態度に、マリアはますます不審がった。

「…ところで私の魔法どうだったかしら。どうやったらうまくコントロールできると思う?」

マリアは服に忍ばせた投剣を確認しながら、尋ねた。少年は唇に指を当て、

「お姉さんの魔法、力が入りすぎなの。だから威力の強い技ばかり出るんだよ。もっと肩の力を抜かないと」

あっけらかんと、答えた。マリアは瞬きしながら半信半疑で、

「ずいぶん、あっさり教えてくれるのね?」

「えー、特訓に付き合うって言ったじゃん。教えるに決まってるよぉ」

心外だなぁと言わんばかりに、少年は唇を尖らせた。掴もうとしたら逃げる蝶のように、捉えどころのない話し方。マリアはその本心が全くわからなかった。

「…力が入りすぎって、どういうことかしら」

マリアは顔を軽く振って、少年と目を合わせた。今はとにかく、少年の真意より魔法のことについて話そうと思った。

「そのまんまの意味だよ。お姉さんは強く攻撃しようとしすぎ。だから魔法の威力が無駄に大きくなるんだ」

少年は両手を横に伸ばして、上下に振った。

「炎の動きを意識して、慎重に撃てばうまくいくと思うよ。試しにもっかいオレに撃ってみて」

「…」

そう言って、立ったまま体を大の字にして見せた。マリアは一瞬ためらったが、先ほどの少年の強さを思い出し、手を掲げた。少年に標準を定める。

「じゃあ、もう一度いくわよ」

「どーぞ。あ、力を抜いて。深呼吸なんかするといいかも」

「…すぅ、はぁ」

少年の言うまま、マリアは目を瞑り大きく深呼吸した。何度か呼吸を繰り返すと、体から力が抜けてくる。少年は、耳に入りやすいよく通る声を出して、マリアの意識を集中へと誘う。

「いい調子。今度は炎を想像してみて。火事みたいな大きなのじゃなくて、焚き火みたいな優しい炎。そう、お姉さんはこれから魔法で焚き火をともすんだ。ふわっとした優しい火を」

その声は、マリアの心にスッと入っていく。マリアは少年に言われるまま、いつも野宿の際に見ている焚き火を思い出していた。それをイメージし、形に変えていく。

やがてマリアの手先に、優しい炎の塊が生まれた。

「…え」

マリアは指先に感じる温もりに気づき、目を開く。手元に視線を向け、驚く。普段の魔法よりも小さく、優しい煌めきがそこにあった。

「これが、私が出した魔法?」

マリアは信じられないと言わんばかりに手元を見つめる。少年はくすくす笑いながら、

「いいからオレに撃ってみて」

マリアは戸惑いながら頷き、少年に向かって魔法を放った。

「えい!」

炎は少年に向かって滑らかに飛んで行った。いつもなら轟音を立てて飛んでいく炎が、今だけは静かに宙をかける。炎は、少年にぶつかった。炎は、少年の体を舐めるように、ゆっくりと燃える。ほのかなほむらがマリアの目に映る。

「私、こんな魔法も出せるのね…」

マリアは信じられないものを見るような顔で、その光景を傍観していた。

「うん。ちゃんと魔力は抑えられてあるね。しかもあまり熱くない。今までの力任せとは違うね」

一方少年は、己の身を覆う炎をまるで他人事のように眺めていた。あくまで冷静に、マリアの魔法を評価していた。

「ちょ、のんきに喋ってないで炎消しなさい!」

少年の体は、順調に炎に包まれている。マリアは慌てて少年に叫ぶが、少年は、平気平気と手を振る。

「あはは。お姉さん慌てすぎー。これくらい、オレの魔法で…」

「今消すわ!待ってなさい今水魔法を出すから!」

マリアは腕を捲って魔法を出す準備をした。その目には炎しか写っていない。

「ちょ、お姉さん待ってオレの魔法で消せるから本当に…」

「ヘビィレイン!!」

「ちょ本当に大丈夫だからうぼぼっぼぼぼぼぼぼのののお」

マリアの手元から水圧の激しい水魔法が放たれた。水は少年の顔面に直撃し、鼻に水を注ぎ込む。少年は全身ずぶ濡れになった。




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