控え室の一幕
「というわけで、棄権になったわ」
「知ってる」
マリアは控え室に戻ってきた。アイグルは冷静に答えた。
控え室にいる選手は、マリアを遠目からこわごわと見つめていた。その視線に気づいたマリアが振り返る。
「?」
マリアと目が合うと、皆サッと視線を逸らして徐々に距離を取っていく。マリアと目を合わせないように、明後日の方角へ視線を逸らしている。
「微妙に傷つくんだけど…」
「仕方ないよ」
マリアは、自分を中心にぽっかり空いた空間を見て、どんよりと瞳を曇らせた。アイグルは苦笑いした。マリアを恐れる気持ちが彼にはよく分かるのだった。一方、
「マリア様、すごかったです」
「うん!流石だよ!」
「あはは…ありがとう」
キャナリとシンクだけはキラキラした瞳で、マリアに近づく。周囲から浮き地味だったことに傷ついていたマリアだったが、2人のお陰で多少気持ちを持ち直した。そして、試合中のことを思い出す。
「キャナリ、途中アドバイスしてくれてありがとう。あれのおかげで助かったわ。相手は倒れたけれど」
マリアはキャナリを見下ろして微笑んだ。
「当然のことをしたまでです。それと、気にすることはないですよ。倒すために戦っているので」
マリアに礼を言われ、キャナリは嬉しそうに胸を張った。
「マリア様のお役に立てて嬉しいです」
「キャナリ…」
キャナリは本当に、マリアのことを尊敬しているのだった。その純粋さに、マリアの心は晴れる。
「マリアの魔法はすごかったね!みんな驚いてたよ。棄権がなかったら優勝してたと思う!」
シンクの言葉に、マリアは苦笑いで答える。
「結局、魔法のコントロールっていう目的は達成できなかったわけだけど」
「ああ…そうだな。せっかくの機会だったのに惜しいことをしたな」
アイグルは顎に手を当ててふむ、と考え事に浸る。
「もう一度、明日にでも挑戦し直すか?」
「また初級にエントリーするのね」
「それなんだが…」
「マリア様は、初級のエントリーは蹴られるでしょうね」
アイグルが言い澱み、キャナリが続きを引き継いだ。アイグルは妹の言葉に神妙に頷く。
「今日のことがあるからな。初級は通してもらえないだろうな」
「そんな…」
マリアは肩を落とした。アイグルは、マリアを励ますために口を開いた。
「いっそのこと、覇王級にチャレンジするって手もあるんだぞ」
「嫌よ」
マリアは秒でその提案を蹴った。アイグルはニコニコ笑って、
「魔法強いから、勝てるだろ」
「いくら魔法が強くっても、近づかれたら一溜まりもないわ」
「そうか?接近戦でけっこう戦えてたじゃん。自信持てって」
「必死だっただけよ。あのとき頭真っ白だったんだから」
「イケるって。お前なら、丸太のような筋肉も片手でへし折れたりして」
「あんまりいい加減なことを言うとクロウドナインするわよ」
「悪かった」
マリアは腕をまくってアイグルを睨んだ。アイグルは片手を立ててマリアに頭を下げた。
「番号、20番!来なさい」
扉を開け、係員が大きな声を張り上げた。その声に、小さな戦士が反応する。
「キャナリ…」
「はい。私の番ですね」
キャナリは、マリアを見上げコクリと頷いた。
「行ってまいります、マリア様、シンク、兄さん」
キャナリは3人に向かって、冷静に言った。
「頑張ってキャナリ!僕応援するから!」
「気をつけてね」
「ありがとうシンク。マリア様もありがとうございます。…兄さん、近いのですが」
キャナリは、シンクとマリアに軽く頭を下げた。アイグルは、キャナリの肩に手を置いて顔を近づける。
「キャナリ、危なくなったら逃げるんだぞ。いいな」
キャナリは兄の心配そうな表情に、柔らかく微笑んでみせた。
「大丈夫ですよ。兄さんは心配性ですね」
キャナリは槍を取り出した。キャナリよりはるかに背の高いそれを、少女は片手で回した。
「ご安心を。この槍の切っ先に、勝利を掲げて見せましょう」
キャナリは言い切ると、堂々とした足取りで控え室から出て行った。




