花畑に来たので、肝心なものを探してみた
アランジを終えたシンクの髪は、艶々に輝いていた。
「やっぱりマリアにアランジしてもらうのが一番だね」
「そう」
陽の光を浴びて輝くそれを、マリアはうっとり眺めた。性格にやや難のあるシンクだが、マリアは彼の髪だけは気に入っていた。
「マリア、今日はどこを見て回るの?」
先を歩いていたシンクが振り返る。この、甘えるように間延びした声にはまだ慣れない。
「私が目を覚ました場所に行こうと思うの」
「え?」
マリアは、あの無機質なカプセル部屋を思い出す。
「あそこに行けば、何か思い出せるかもしれない」
「おかしいな…」
マリアは首を傾げた。場所は、花が咲き乱れるあの広大な花畑だ。マリアがカプセル部屋から出たときに初めて目にした、この世界の光景。
「あの部屋、どこにもない」
マリアは辺りを見渡して、ポツリと呟いた。
カプセル部屋に通じる道が、どこにもないのだ。
「マリア、本当にこの辺りなの?」
「本当よ。確かに私はここに出た」
シンクに問われ、マリアは答えた。本当に、この場所の何処かにあるはずなのに。
マリアとシンクがこの広大な花畑を訪れて、もう何時間経つか分からない。入念に、くまなく探しているはずなのに、いまだにカプセル部屋への入り口が見つからないのだ。
「どうして見つからないの?なんで…」
焦るマリアを見かねたのか、シンクは言いづらそうに口を開く。
「マリア。僕、この辺りのこと良く知ってるけど、ここにはお花しかないよ。昔からよく来ていたから、わかる」
「……」
マリアは黙ることしかできなかった。地面を睨みつける。まさか、自分の目覚めた場所が無くなっているとは夢にも思わなかった。貴重な手がかりが消えた事実は、マリアの心を不安にした。
記憶が無くなったこと、昨日はどうにかなると思っていたけど…。
もしかしたら、ずっと思い出せないままなのかもしれない。
「だけど、マリアがあるって言うなら、ここにあったんだよね」
「……」
シンクは周囲をキョロキョロ見渡しながら、ポツリと呟いた。その横顔に、疲れや疑いは見られなかった。
「なんで」
「ん?」
「シンクは、…その、私の言うことを疑わないの?」
「どうして?」
シンクはマリアに振り向いた。クリクリの瞳がマリアを捉える。
「私、変なこと言ってるのに…。そもそも私、あなたのこと忘れてるし、婚約者だってことも…」
「記憶がなくなってもマリアであることに変わりはないでしょ?それよりお部屋探そうよ」
シンクはあっさり、実にあっさりとそう言って、探索を再開した。まだ探していない遠くの方へ、走っていく。
「……」
マリアはしばらく呆気にとられていた。シンクの瞳の青空のような輝きが、荒れかけた心を潤していく。
「…そうね、うん、そうだわ」
マリアはシンクの言葉を心の中で何度も唱える。
「不安になる前に、行動しないと」
マリアは頷くと、遠くを見に行ったシンクに声をかけた。
「シンクー!そっちなにかあったー!?」
「あったよー!マリア見て、このお花!赤色と青色の2色でできてる!僕こんなのはじめて見た!」
「本当!すごいわシンク!私の欲しかった回答と違うなんて!」
マリアは優雅に笑いながら、シンクを追いかけた。
やっぱり、髪以外は残念だったよ、この男!




