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闘技場、アイグル戦を見ながら


アイグルは、闘技場…スタジアムに足を踏み入れた。スタジアム内部は広い円形のフィールドで、広々とした空間が特徴的だった。受付会場と違い天井は無く、大空がスタジアムを見下ろしている。円の外側には観客席が設けられており、たくさんの客がやれどっちが勝つんだだの死にものぐるいで戦えなどど野次を飛ばしている。

「懐かしいな、この感じ…」

アイグルは太陽の光に目を細め、昔を思い出していた。まだあの頃の自分は少年だったが、それでも容赦ない声に晒されてきた。よくも悪くもここは、何者であろうとなんの隔たりも遠慮もない、自由な世界なのだ。ややあってアイグルの対面からは、戦士が登場した。髪を後ろに纏めた筋骨隆々の男だ。その手には、短剣が握られている。アイグルはゴクリと唾を飲みこみ、審判の声を待つ。

『試合、はじめ!』

大声がスタジアム一体に響き渡り、アイグルは地面を蹴った。



「マリア、キャナリ、観客席に行っても良いんだって。行こうよ」

シンクはマリアとキャナリに声をかけ、3人は控え室から出て、観客席に向かって暗い廊下を歩いていく。

「アーにい勝ててるかなぁ」

シンクは頭を左右に揺らしてマリアとキャナリに話しかける。

「大丈夫じゃないでしょうか。兄も旅を始めてから鍛えていますし」

「たしかに、アーにい強いよね!」

マリアは、これまでの道中を思い返していた。動物と戦う際、アイグルは俊敏に立ち回り相手を翻弄していた。どのように戦えばいいのか体が覚えているような、堂々とした戦い方をしていた。

「アイグルならきっと勝てるわ」

マリアは頷いた。3人は安心したように笑い合い、階段をのぼる。この階段の先に、観客席があるのだ。登っていくうちに、光が差し込んでくる。マリアにはそれが、勝利の光に見えた。マリアは手をかざし、眩しそうに目を細めた。

「さあ、アイグルを応援しましょう!」

「はい」

「うん!」

シンクとキャナリは頷き、3人は観客席へ意気揚々と向かった。自分たちの、兄貴分の応援をするために。

3人は期待に胸を膨らませ、観客席に足を踏み入れた。最前列に向かい、歩く。

スタジアムを見下ろし、アイグルを見つけた。

『すごいぞアイグル選手!もう3人抜きだー!!』

わああああああああ!!!

大きな歓声の中央に、アイグルは堂々と立っていた。拳と拳を摩り合って、歯を見せて非常に嬉しそうに笑っていた。

「お、キャナリ!マリア!シン坊ー!!俺、勝ててるぞー!」

アイグルは観客席に立つ3人を見つけ、大声を上げて手を振った。どうやら順調に勝ち上がっていたようだった。マリアたちはアイグルに向かって次々に声をかけた。

「なんだ…普通に勝ってるじゃない」

「負ける流れじゃなかったんですね」

「いやお前らひどくね!?」

マリアとキャナリは残念そうにアイグルを見下ろした。アイグルは冷たい仲間の声に唾を飛ばしながら反論した。


アイグルは薄情な仲間の姿に悲しみつつ、次の試合を続行する。相手はこれまた強そうな男だった

「みんな、強いわね。初級なのに…」

アイグルの戦いを見ながら、マリアはひとりごちた。アイグルは相手の剣戟をかわしながら、懐に拳を入れている。相手が怯んだ隙に背後に回り込み、背中に蹴りを加えていた。その流れるような戦いっぷりに、観客は大いに盛り上がる。

しかし相手も負けていない。後ろを振り向きアイグルの脚を掴み上げ、アイグルの体を遠くに投げ飛ばした。アイグルは動揺したそぶりを見せず、サッと背中を丸めた。

「フッ!」

「あらすごい」

アイグルは空中で一回転し、地面に着地した。マリアはその身のこなしにおおーと小さく声を漏らす。

「みんな、きっと強くなりたいのです。ここに来るまでに沢山鍛えてきたんでしょうね」

キャナリは兄を見下ろしながら、マリアの独り言に答えた。シンクはその言葉にきょとんとした表情で、

「そんなに強くなって、何か意味があるのかな?」

「こらシンク!」

あまりにも率直なシンクの発言に、マリアは慌ててシンクの頭をチョップした。キョロキョロ周囲を確認し、シンクの頬をぎゅっと挟んだ。

「いたっ!?痛いよぅ」

「シンク、そういう本音はこの国から出て言いなさい!」

「マリア様、ここでそれを言うのもどうかと…」

キャナリはマリアを見上げてボソッと呟いた。マリアはハッと目を見開くと、無言でシンクの頬から手を離した。キャナリは、

「たしかに、この大陸では大きな争いも起こりません。賊の類は出没しますが、国同士の諍いは全くありませんし、武力行使は過去の言葉です。シンクの言うとおり、強くなることに大きな意味は無いのかもしれません」

「そんなに平和なの?」

マリアは目を丸くした。この大陸がそれほど平和だったと思わなかった。キャナリは頷き、続ける。

「しかし、力というのはあっても損ではありません。いざという時、自分の身を守るために必要なものです。自分だけでなく、大切な人を守るためにも。だから、戦うのかもしれませんね」

「…」

シンクはキャナリの言葉に、瞳を揺らした。眼下では、アイグルが対戦相手と試合を続けている。

「もちろん、単純に強さを求める人もいるでしょう。私みたいに」

キャナリはそう言って笑い、マリアとシンクと同じ景色を見た。



その後もアイグルは順調に勝ち抜いていったが、山のような体格の大男を前に敗北した。

「ちくしょぉ…あと少しだったのに」

アイグルは、体のあちこちを摩りながら控え室に戻ってきた。試合を見届け、先に控え室に戻っていた3人と合流した。

「お疲れアイグル。頑張ったわね」

「兄さんお疲れ様です」

「…お前らなあ」

マリアとキャナリの澄ました顔に、アイグルは患部を押さえながら半目で睨むが、

「アーにいお疲れ!カッコよかったよ!」

シンクはぴょんぴょん跳ねながらアイグルの手を取って笑う。キラキラした瞳で、アイグルを見つめていた。

「ありがとよシン坊…お前だけだよ俺の理解者は」

毒気の抜けたアイグルはシンクの手を握り返して揺らした。気を取り直すようにプルプル首を振ると、マリアを見た。

「マリアどうよ。戦えそうか?」

「闘技場の試合の様子も見れたし、なんとなく雰囲気はわかったわ」

「そっか。なら安心だな?」

「それとこれとは話が違うわ」

アイグルはマリアの肩を軽く小突いた。アイグルは歯を見せてククっと笑って見せた。そのとき、控え室の扉が開かれた。

「番号5番!来い!」

突然呼びかかる声に、シンクの肩がビクッと跳ねた。マリアは、唇に指を当てた。

「5番はシンクだったわね」

「…う、うん」

先ほどの笑顔をどこにやってしまったのか、シンクは緊張でガチガチになっていた。マリアを涙目で見つめ、震える。

「マリアぁ」

「ぐ…」

マリアはその迷子の子供のような瞳に気を緩めそうになったが、唇をかみしめて何とか堪えた。

「早く行ってきなさい」

「…怖くなってきたんだよぅ」

「大丈夫、死ぬわけじゃないんだから」

マリアはおろおろするシンクの背中を押して、試合に向かわせた。子犬のような瞳が見えなくなるまで、マリアは動揺していた。

「マリアって、ああいうのに弱いよなぁ」

「う、うるさいわねっ」

ニヤニヤするアイグルに、マリアは慌てた様子で眉を釣り上げた。




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