道中、たわいのないおはなし
ストゥマの国への道中、マリアは多くの動物と戦っていった。
魔力のコントロールは非常に難しく、マリアは何体もの動物を時には逃し、時には仕留め、時にはコントロール不足でオーバーキルしていった。その結果、周囲には黒焦げの跡があちこちに見られる。
「本当にごめんなさい」
マリアは今日もまた、焚き火を囲みながら仲間に頭を下げていた。
「気にすんなよ」
謝られたうちの1人、アイグルは笑い混じりに軽く答えて見せた。その隣でキャナリもまたうんうんと頷いている。
「本当に、気にすることはありませんよ。コントロールも段々うまくなっていますよ」
「確かに、ちゃんと敵目がけて撃てるようになってるしな」
アイグルはマリアの戦いの様子を思い出していた。
「僕、マリアの魔法でずぶ濡れにならなくなったもん。上手になってるよ」
マリアの隣に座るシンクもまた、明るく笑って請け負う。キャナリは、焚き火を使い肉を炙りながら、
「上級魔法のコントロールになると、難しいようですね。でも、練習していけばなんとかなりますよ」
「でも…明日にはストゥマに着くんでしょう?闘技場で戦うのでしょう?」
「そうだが」
アイグルが答えると、マリアは不安そうに、
「闘技場では人と戦うわよね?人と戦うとなると、当然『最悪の場合』があるわよね?私、責任取れるのかしら」
マリアは重すぎる不安に白眼を剥いて静かに震える。アイグルは、
「大丈夫だよ。闘技場で死者が出たことはない。万一そうなっても、優秀なヒーラーが大勢いるから安心してくれ」
安心させるように言った。マリアは、
「そうなの…?」
ほうっと息を吐いてアイグルを見つめた。『死者が出たことはない』に反応したらしい。
「ああ。あそこは確かに無法地帯だが、秩序がないわけじゃない。絶対に守られるべき線引きがしてある。そうじゃなきゃ、お前らを連れていかないよ」
アイグルはさらに安心させるように言った。マリアの瞳に輝きが戻っていく。
「なんだ…」
「安心したか?」
「まだ少し…不安ね」
「まあ、対人戦だもんな。不安に思うのが当然だ」
「マリア様、お肉が焼けました。どうぞ」
「ありがとう。キャナリ…」
キャナリは、十分に火の通った肉をマリアに差し出した。大きなデアの肉だった。マリアはデアの肉を齧った。
「そこなの。人を相手に戦うのがどうしても緊張して…」
マリアは不安を口にしながらデア肉をちびちびと、しかし確実に齧っていく。
「今まで動物としか戦ってこなかったからだと思うんだけど、そもそも人と戦うことが想像できないの」
マリアはデア肉を平らげると、キャナリの作ったスープを飲んだ。木のスプーンで、具材をかき込む。
「ああ、不安。不安だわ…」
「…おう」
アイグルは口端をひくつかせた。マリアはため息をつきつつ、皿の中身を空にしていき、
「どうなるのかしら…はあ…。キャナリ、おかわり」
「はい。どうぞ、マリア様」
「ありがとう」
「いえ」
キャナリに皿を手渡した。キャナリは慣れた手つきで皿に沢山の量を乗せ、マリアに差し出す。マリアは大盛のそれを次々と口に放り込んでいく。
「怖い人も多そうだし…不安しかないわ」
「私がいるから大丈夫ですよ」
ひとりごちるマリアに、キャナリはすかさず発言した。シンクも頷き、
「そうだよ、キャナリがいるんだもん。安心だよ」
「シン坊ぉい…」
明るい顔で笑うシンクにアイグルは何か言いたげな表情をするが、シンクはそれに気づかない。
「みんないるもん。大丈夫。ね」
マリアを安心させるために、背中を撫でるシンクに、アイグルはやれやれと首を振った。眉を下げて、マリアを見る。
「いざとなったら俺たちがいるんだ。安心しろ」
マリアは顔を上げ、3人の顔を見た。3人の表情に、咀嚼していたものを飲み込み、一呼吸置いた。うん、と頷き、
「…そうね、わかったわ。いつまでもうじうじしててもダメね。今の私に必要なのは行動のみ!」
「おう、その意気だマリア!」
立ち上がって拳を握るマリアに、アイグルも同調して鼓舞する。マリアはさらに続けた。
「それに、戦ったらショックで記憶が戻るかもだし?」
「そうだぞ。元気で前向き。それが大事だ」
マリアの顔に笑顔が戻り、アイグルも、キャナリとシンクの顔にも笑顔が浮かぶ。アイグルは嬉しそうに頷くと、チラッと視線を下げた。その先にあるのはマリアの持つ皿だった。アイグルは笑顔のまま、マリアに声をかける。
「ところでマリア、そろそろ飯を切り上げようと思っているんだが」
「もう少し食べてからね」
マリアは即答し、ペタンと座って食事を再開した。その手は止まらない。アイグルは、調理係の少女へ視線をやった。
「キャナリ….。もう少し、作る量減らしていいんだぞ」
「マリア様はもっと食べたいと思ったので」
キャナリはマリアの食べっぷりを見ながら答える。
「でもよ」
「マリア様が元気になるためです」
「そう。今の私に必要なのはご飯のみ!」
「おう、その意気だ…って言うか!食い過ぎだ!」
立ち上がって拳を握るマリアに、アイグルは首を振って否定する。マリアはさらに続けた。
「それに、キャナリの作るご飯美味しいし」
「ま、マリア様…」
「妹を口説かないでくれ」
マリアとキャナリは互いに見つめ合い、顔を赤く染める。アイグルは額を押さえて助けを求める。
「シン坊お前からも言ってくれよ食い過ぎだろって。お前だってマリアに太ってほしくないだろ」
「? 太っててもマリアが好きだよ?」
「そういうことじゃなくて!」
「アイグル、誰がデブですって?」
「兄さん?」
「誤解だ!そこまで言ってないって!」
腕っ節の強い2人に睨まれ、アイグルは必死になって否定した。哀れにも彼の味方はどこにもいなかった。
結局、マリアがあと一皿分おかわりをするまで、その場にとどまることになった。




