シンクという少年 2
焚き火を囲い、マリアはアイグルの話を聞いて目を瞬かせていた。
「アイグル、その男の子って…」
「ああ。そいつがシンクだよ」
アイグルは、焚き火に背を向けて眠っている黒髪をちらりと見やった。
そう。幼いマリアが見つけたのは、幼いシンクだった。シンクは目に涙を溜めて、マリアたちを見上げていた。
「だれ?きみたち…」
シンクはおそるおそるマリアに尋ねた。
「あなたこそだれよ?」
マリアは腕を組んでシンクを見下ろした。マリアの後ろに立つアイグルは、シンクの顔をじろじろと見た。うーんと唸り、
「このへんじゃ見ないカオだな。キャナリ、こいつ知ってるか?」
アイグルは、隣に立つキャナリに尋ねた。キャナリは無言のままふるふると首を横に振った。キャナリは、アイグルの服の袖を掴んで、後ろに隠れた。シンクをこわごわと見つめる。
「そか」
アイグルはキャナリの頭を撫でた。妹は兄から離れなかった。
マリアは、そんな2人のやりとりが終わるや否や、うずくまる年下の男の子を見おろす。
「アルムの国のひと?」
「……ちがう」
シンクは黒い髪を左右に揺らして、ボソッと答えた。汚れた服の袖で涙を拭っている。
「そ。じゃあ、いつきたの?かぞくは?」
「……」
「…ふぅん」
シンクは答えなかった。マリアは無言のシンクをよく観察した。汚れきった服、不揃いに切られた髪の毛。痩せた体。
「ま、とにかく」
そう言ってマリアは、シンクに手を差し出した。シンクは、自分の目の前の手を、怪訝そうに見つめた。
「なに?この手…」
太陽を背負ったマリアは、ニカッと微笑んで大きく息を吸った。
「だから、私について来なさいってこと!」
マリアはシンクを連れて、自分の家…すなわちアルムの城に連れていった。帰って来たマリアは驚く使用人たちに、シンクの世話をするよう命令していた。
「とりあえずお風呂に入れてあげて。お風呂がおわったらごはんを食べさせるから」
「しかしマリア様…」
言い淀む使用人に、マリアはイライラした様子で、
「いいからはやくしなさい!」
腰に手を当てて、使用人を急かした。使用人は困惑していたが、ボロボロに汚れたシンクを見やり、決意を固めたようだった。うんと頷くと、風呂の準備に取り掛かった。シンクは所在無さげに突っ立っていたが。
「ほらあんたはあっち行くの!」
「ひぁ!?」
マリアはシンクの襟を掴んで強引に引っ張ると、脱衣所にいた使用人の前へ突き出した。目を回すシンクにマリアは、
「きれいになるまで出てこないこと!」
そう叫ぶと、脱衣所の扉をバタンと閉めた。扉の向こうでシンクが何か言っているようだがマリアは無視した。
マリアは調理場に向かった。そこには、使用人が用意した食材がどっさり積まれてあった。マリアは食材の前に立って、あれこれ手に取り思案する。
「食べやすい、スープみたいなのがいいかしら。それならこれをつかって…」
「いいのかよマリア」
マリアは、背後から聞こえた声に驚いて振り向く。そこには、アイグルとキャナリがいた。アイグルは眉に皺を寄せている。キャナリは心配と不安と困惑が混ざったような表情をして、マリアを見ていた。
「いいわ。ごはんならたいした手間もなく作れるし」
「そういうことじゃねーって」
「じゃあどういうこと」
「…わかってるだろ」
マリアは、アイグルを見つめた。
「こまってる人をほうっておけないわ」
マリアはきっぱり答えた。アイグルとキャナリは言葉に詰まった。マリアは食材を手にしながら、
「キャナリ、パプリ茶を作ってくれるかしら」
「…はい!」
マリアに頼まれたキャナリは返事をすると、棚に入っていた瓶を取り出した。瓶の隣に置いてあった、柄の長い木のスプーンも掴む。
「キャナリ」
アイグルは嗜めるように妹の名前を呼ぶが、キャナリは瓶の茶葉を取り出すのに奮闘して気づかない。マリアはシンクのために料理に取り掛かっていた。
「……たく」
アイグルは、シンクの姿を思い出していた。線が細く、十分に食事を摂っていないような頼りない身体をしていた年下の男の子のことを。
「これに水を入れて火を…。ちょっと、アイグル!?」
アイグルは、マリアが取り出した空の鍋を取った。そして、
「水がいるだろ。くんできてやる」
マリアは、アイグルの申し出ににっこり笑って答えた。




