野営をして、おしゃべりしてみた
「てやっ!」
夜。マリアたちは食料調達の為、途中で立ち寄った森でデアを狩っていた。マリアは懐から投剣を取り出しデアに向かって投げる。投げたそれは、デアの前足に刺さった。デアは悲鳴を上げ、痛みにもがく。その隙を逃さず、マリアは素早く両手を掲げ、術を唱えた。
「クロウドナイン!」
マリアは、体勢を崩したデアに炎魔法をぶつけた。
「やった、うまくいったわ!」
炎はデアを中心に燃え上がり、火柱を上げる。火の勢いは衰えず、大木に火が燃え移る。炎はメラメラと燃え上がり勢いが止まらない。
「マリア火事!火事になっちゃう!」
「うおおおおお!?」
シンクに肩を掴まれ、マリアは咄嗟に水魔法を出した。水は大雨のように大地に降り注ぎ、マリアとシンクの服をビショビショに濡らした。
「はくしゅ!」
「大丈夫ですか、マリア様」
マリアとシンクは、アイグルの起こした焚き火を囲って震えていた。キャナリは、震えるマリアの肩にタオルケットをかけた。
「私は大丈夫…。クシュッ!」
「マリア様、どうぞ。茶を淹れました」
「ありがとうキャナリ…」
マリアはキャナリから暖かい茶を受け取り、口をつけた。
「シンク、大丈夫?」
マリアは、自分の向かいで震えているシンクに声をかけた。
「うええっ、寒いよぉ…。へくちゅ」
シンクは焚き火に近づき、くしゃみをした。その長い髪はずぶ濡れで、頭の上で無理矢理まとめていた。
「兄さん、シンクに」
「サンキュ。シン坊、茶だ。飲め」
アイグルは、キャナリから受け取った茶を、シンクに差し出した。シンクは勢いよくそれを飲んだ。
「あったまるー!ありがとキャナリ!」
「どういたしまして」
「よかったなシン坊」
「うん!」
シンクはニコニコ笑いながら、茶をちびちび飲む。マリアは、焚き火の炎に反射するシンクの濡れた髪に、罪悪感が溢れていた。
「ごめんなさい、シンク」
マリアはシンクに頭を下げた。
「ううん。いいよ、気にしないで」
シンクはケロッと笑うと片手をブンブン振った。
「マリアの魔法強いよね」
「ごめんね、うまく制御できなくて」
マリアは項垂れた。マリアの傍に控えているキャナリは、マリアの背中を慰めるように撫でる。
「マリア様の基礎魔力が高すぎて、コントロールが難しいのが原因でしょうね」
「自分では抑えているつもりなのだけど…」
マリアはズーンと落ち込んだ。能力に体がついていかなければ、せっかくの魔力も意味がなかった。虚しい。
「なに、実践で場慣れすればいいさ。次に行く国には闘技場もあることだし、練習にはうってつけだ」
「練習ですめばいいのだけど」
オーバーキルの心配をするマリアだった。
「マリアならできるよ、大丈夫」
一方シンクは、あっけらかんと笑ってみせる。マリアはシンクに顔を向けた。
「シンク…」
「マリアはすごい魔法使えるんだもん。すぐにコントロールできるようになるよ」
シンクはそう言うと、キャナリの淹れた茶を飲み干した。
それからしばらく経った。夜空の下、髪を下ろしたシンクはスヤスヤと寝ていた。マリアは、その隣で横になっていた。野営の際は、マリアとシンクは並んで寝ているのだった。
アイグルは焚き火の前に座り、寝ずの番をしている。その隣で、キャナリは使用した道具の後片付けをしていた。
「アイグル…キャナリ…」
「どうした、マリア。寝れないのか?」
「ええ」
マリアはむくっと体を起き上がらせた。シンクの隣からそっと離れ、弱く燃える焚き火に近づいた。
「体は大丈夫?」
木の棒で焚き火を弄りながら、アイグルはマリアに尋ねた。
「ええ。体はあったまったし、もう平気よ」
「そか」
「アイグル、キャナリ、ハーツでのことだけど、実は…」
マリアは、カディスとのやり取りを兄妹に告げた。
「カディス様は、何か知っているようなのですね…」
キャナリは顎に手を当てた。カディスの真意が読めず、困惑しているようだった。隣に座るアイグルも頭を捻っていた。
「カディス様は、私には私にしか出来ないことがあるって言ってた。それが気になって…」
「その、マリアにしか出来ないことってのは、お前の『記憶喪失』と関係があるのか?」
「…わからないわ」
マリアは首を振った。
「わからない。わからないことだらけ」
「……」
キャナリもアイグルも、どう返したらいいのか分からず、目を伏せる。
「…マリア様はいつも通り、自分の思ったこと、やろうと決めたことをすればいいのではないでしょうか」
ややあって、キャナリがそう漏らした。アイグルもまた、それに同調した。
「…だな。分からない以上、自分のできることをやってみるしかない」
「2人とも…」
マリアは俯いていた顔を上げ、兄妹を見た。オレンジ色の輪郭がマリアの目に映る。
「そうね…」
マリアは、ハーツの王に貰った指輪を撫でた。焚き火に当たったからか、その指輪はほのかに暖かかった。
「とりあえず、行動するしかないわね」
マリアは頷いた。アイグルもキャナリも、微笑んで答えた。
「私たちがついています。マリア様」
「俺たちを頼ってくれ、マリア」
マリアは指輪を撫でながら、目を細めた。
「ありがとう、キャナリ、アイグル」
「ところで、シンクには伝えなくていいのかしら…」
先の会話から少し後。マリアはアイグルに話を切り出した。キャナリは、アイグルのすぐそばで横になって眠っていた。
「話さなくていいよ。あいつに余計な心配はかけれない」
アイグルは、妹の頭を撫でながら答えた。その返答があまりにもスッパリしていて、マリアは狼狽えた。
「でも、シンクにだけ話さないのは…」
「シン坊には、…シンクには真実が分かるまで黙っていてくれないか」
「どうして、そこまで言い切るの?」
マリアは、心底気になるという様子で身を乗り出した。アイグルは、
「あいつは…」
薄い唇を舐めて、
「あいつにはまだ、受け止めきれないだろうから」
それから、アイグルはシンクの過去を話し始めた。




