朝食を食べたので、男の髪を整える
マリアとシンクは、広い部屋にいた。シンクはマリアに背を向けて座っている。
マリアは、片手に手櫛を持ってシンクの長い髪を梳いていた。
「『アランジ』て、髪を整えることだったのね」
「そうだよ。あ、そこに入ってる液体使って」
「何これ…」
マリアは、シンクの指差した小瓶を手に取り中身を開けた。中に入っているのは、何やら甘い香りのする無色の液体。
「それをつけると、髪がサラサラになるんだ」
「へえ」
マリアはその液体をそっと掬った。とろりとしているが、伸ばすと肌によく馴染んだ。
「『モザール』っていうんだ、それ。モザパプリっていうパプリから作ったものなんだ」
「変な名前ね」
マリアはモザールを手の平に馴染ませて、シンクの髪に触れる。モザールを塗ったシンクの髪は、太陽の光を浴びて輝いているように見えた。マリアにはその輝きが、水面に反射する白いそれのように見えた。
「マリア?」
「ううん。なんでもない…」
ぼぅっとしていたようだ。マリアは我に返って作業に戻る。
シンクの髪に、モザールを塗って、塗って、髪を持ち上げて固定して、塗る。一部分塗り終えたら再び髪を持ち上げて固定して、モザールを塗る、塗る、塗る…。
「これいつ終わるの?終わりが見えないんだけど」
「大丈夫。あと5回くらい繰り返したらすぐ終わるから」
「そう。5回くらいで す ぐ 終わるのね」
マリアは目の前の髪の毛を引き抜きたい衝動に駆られた。
「マリアの手つき、気持ちいいから好き」
「……」
マリアはシンクのふにゃっとした笑顔を見て、身体中の力が抜けた。
「国を見て回りたいから、早めに終わらせるわよ」
「ええ!?そんなあ…がっかり…」
「何ががっかりよ。てか、そもそもこんなこと記憶喪失の人にさせることじゃないわよ。やってるだけありがたいと思いなさい」
マリアは、なるべく髪を傷つけないように気をつけながら、アランジを素早く終わらせた。




