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ハーツの朝、昨日の記憶にふけりながら


カーテンから差し込んだ暖かい日は、マリアの顔を照らした。漁師で賑わうシードと比べると、ハーツの国で迎える朝は実に平穏だった。

「静かで、良い朝ですね」

鏡を前に、キャナリは櫛で髪を梳かしていた。マリアもキャナリも起きたばかりでまだ意識が覚醒しきっていなかった。それでも、髪を梳かす手を止めない。マリアの髪は縺れたままだ。マリアは目の前の黒を睨みつけた。

「相変わらず長いわねぇ、あんたの髪の毛…」

目の前にいるのはシンクだった。マリアはシンクの髪を1束適当に掬い、モザールを塗りつける。モザールは、髪を整えるための道具の一つだ。マリアは淡々とアランジの作業をしていく。

「やっぱりマリアの手つき、きもちい」

「コラ、動かないの」

シンクの頭が左右に揺れ、マリアは彼の頭部をガッチリ掴んだ。シンクはふにゃふにゃと笑って姿勢を正した。キャナリは微笑を浮かべ、マリアに提案した。

「マリア様、大変ですね。……代わりましょうか?」

「えっ、い、いいわ。私がやる」

シンクよりも早く、マリアは反応した。マリアは、キャナリが自分の握る櫛に視線を落としていると知るや大いに慌てた。

「違うわよ。今日はハーツの王に会いに行くんだから、身なりを整えないといけないじゃない」

「それはそうですね」

「それに、シンクの髪をアランジできるのは、私だけだし」

マリアはモザールを手に塗りつけると、シンクの漆黒に通した。シンクは、

「僕はマリアにだけアランジしてほしいな」

と言い、にっこりと笑った。マリアは、昨晩の夕食のことを思い出していた。



ハーツの王には、予め話を通しておいた。アイグルは茶を飲むと、そう切り出した。

「明日の朝食後、ハーツの城に赴き、王に謁見することにした。構わないな?」

マリアもシンクもキャナリも、異を唱えなかった。アイグルは頷き、食事を進めながらマリアに説明した。

マリアもハーツの王も、身分は同じ『王』であるが、ハーツはこの世界の中心と言える国で、実質的な立場はハーツの王のほうが上なのだという。アルムが枝ならハーツの王は大樹のような存在だと、アイグルは言う。

「だからと言って、ハーツの王はその立場を笠に着るような人間じゃない。他国の王もそれが分かっているから、今の関係が成り立っているんだ」

「人柄の良い、方なのね」

マリアはスープを飲み応じる。途中噯気を漏らしそうになり、食い止めた。マリアの顔が赤くなる。

キャナリはその姿を見て、笑みを漏らしていたが、マリアはそれに気づかないふりをした。

「ああ。民からの人気も高い、素晴らしい王だ。多忙にも関わらず今回の謁見を二つ返事で許してくれた」

「……私、行っても良いのかしら」

アイグルとキャナリは身じろいだ。2人は、マリアとの会話を思い出し、口を閉じた。不自然な沈黙が場を包むかと思われたが。

「当然だよ!行こうよマリア」

シンクは明るく笑うとパンを手に取り、スープに浸けて、齧った。後ろ髪を揺らし、美味しそうに咀嚼する。

「シンク…」

「マリア、ハーツの王様と会うの久しぶりでしょ?友だちには会わないと」

「友だちって、シンク…」

シンクは何気なく言いながら、スープを飲み肉をつついた。その発言は、どこまで本気なのかわからなかったが、

「そうね…」

マリアは自分が目覚めたときのことを思い返す。

「今は動くしかないわね」

アイグルとキャナリは、マリアの顔に笑みが戻ったのを見て、肩の力が抜けた。

こうして、ハーツの王に会いに行くことになったのだ。



「シンク、できたわよ」

「ありがとうマリア!」

マリアはシンクの髪を結い上げた。陽光を浴びるシンクのそれは、マリアの心のモヤを払う。

「シンク、私は身支度するから、アイグルのところに行ってなさい」

「うん。また後でね、マリア」

シンクは部屋から出て行った。

マリアは力強く頷くと、自分の身支度をすべく、モザールに手を伸ばした。


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