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宿で休んで、会話した


ハーツの建物はどれも豪勢で、手頃な宿を探すのに苦労した。アイグルいわく、大陸の中心であるハーツには貴族が多く、宿泊層に合わせて宿も豪奢になっていったらしい。そんな宿の中でも一番質素に見えた宿に、マリアたちは入った。

質素な外観で手頃な宿泊価格の宿ではあったが、一室一室が広く、設備も充実していた。部屋には高価な茶葉が用意されており、キャナリはマリアに茶を淹れた。マリアは柔らかなベッドに腰掛け、キャナリの淹れた茶を飲んでいた。部屋にはマリア1人だけだった。キャナリは、旅の荷物の買い出しで出かけていた。

コンコン

「誰?」

不意に部屋の扉がノックされ、マリアは扉に向かって声をあげた。念のため、近くにあったテーブルにカップを置いた。

「俺だ、マリア。話があるんだ」

低い声が聞こえた。

「なんだアイグルか。どうぞ」

マリアはホッと息を吐くと、アイグルに入室を促した。扉を開けたアイグルは、マリアの様子を訝った。

「失礼。…茶、どうして飲まないんだ」

「もしシンクだったら、飛びついてくるかなって思ったのよ」

マリアは、淹れたての茶を横目に答えた。アイグルは苦笑いを浮かべた。

「シンクは?」

「あいつなら今部屋で昼寝をしている。疲れたらしい」

「…そう。相変わらずね」

アイグルは言いながら、部屋にあった椅子に腰掛けた。マリアは立ち上がり、棚に置かれていた空のカップを取った。カップの中に暖かい液体を注ぎ、アイグルに手渡した。

「キャナリの淹れた残りで悪いのだけれど」

「いや、構わない。ありがとな」

アイグルはカップを受け取り、茶を口に含んだ。「ん、うまい」と声を漏らしている。

「さすがハーツの国が仕入れた茶葉だ。美味しい」

「あら、キャナリが淹れたから美味しいのだと思うわ」

「もちろんそれもあるさ。あいつは昔から、マリアに仕えているんだから」

マリアは、アイグルの言い方に何か違和感を覚えた。

「アイグル…?」

「マリア、聞きたいことがあるんだ」

アイグルはカップをテーブルに置き、マリアの正面へ腰を下ろす。その大きな瞳はまっすぐにマリアを見つめていた。マリアはその眼光にたじろいだ。

「何…?アイグル」

アイグルははっと息を吐いて、

「単刀直入に聞く。マリア、お前さ、本当に記憶喪失なのか?」

「……え?」

マリアの目が、見開かれた。



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