シードを出てからの、道中の様子
「シードの王には驚いたわね。あ、王代理か」
マリアはハーツの国への道のりを歩きながら、仲間たちに声をかけていた。
シードの国を出て、しばらく歩くと並木道に通じる。今マリアたちが歩いているのはしっかり整備されている道で、地面は固く、歩きやすい。襲いかかってくる動物もほとんどいなかった。
「ああ。アシュータ王は昔からあんな感じでな。でも、やるときはやるんだぞ?」
マリアと目が会ったアイグルは最後に付け足した。キャナリはそれに続いて、
「ええ。ああ見えて国民からの人望は厚いのですよ。見た目がだらしないから、勘違いされると思いますが」
そう加えた。言いながら、周囲への警戒は怠っていない。
「んー…悪いけど、あまりそうは見えないわね」
「あの態度ですから仕方ありませんね」
「ハハ…」
キャナリはあっさりとマリアの発言に頷いた。その横でアイグルは苦笑いしていた。特に庇ったりなどはしないらしい。
「それに比べてリリーの可愛さときたら。…リリー、かわいかったなあ」
マリアはリリーの笑顔を思い出して、だらしなく顔を緩ませた。そのときだった。
「マリアーっ」
「ヘブっ」
突然、マリアの肩にどかっと衝撃が加わった。マリアの視界がガクッと揺れ、体が大きく傾いた。と同時に、肩辺りに腕が回され体重がかけられる。
犯人はすぐにわかった。
「シンク!急にどうしたのよ、離れなさい!」
マリアは、自身の肩に額を乗せるシンクに怒鳴った。顔を上げたシンクの頬は、膨らんでいた。
「だって、マリアが…」
シンクはぼそぼそ言いながらも、マリアに回した腕の力を強める。離す気はないらしい。
「私が何?」
マリアはシンクの腕を軽く叩いて言葉の続きを促すが、シンクは答えようとしなかった。マリアの体に腕を伸ばし、その体を揺らすだけだった。
「シンク」
揺さぶられ、マリアは低い声を出す。それでもシンクは「ムー」「うー」と言うばかりで、マリアから離れようとしなかった。その様子を見かね、キャナリはため息まじりに一歩踏み出した。
「マリア様、シンクはリリーに嫉妬しているのですよ」
「…え?」
マリアはキャナリの発言にしばし沈黙したのち、シンクに向き直る。シンクは、マリアから視線を逸らしたのちぼそぼそと唇を動かした。マリアはその小さな声に、耳をすませる。
「だってマリア、リリーのことばっか可愛い可愛いって言う」
マリアはがっくりと力が抜けてしまった。眉が下がったマリアは、シンクの腕を掴むと、そっと引き離した。
「シンク…あなた子どもじゃないんだから」
「だって」
シンクは頭を左右に揺らした。シンクの長い髪が、マリアの背中をくすぐった。
「小さい子に嫉妬しないの」
「でも」
「でもじゃない。いつまでもぐずってると、明日からアランジしないわよ」
「うう…」
マリアに嗜められ、シンクは頬を膨らませた。しぶしぶマリアから体を離した。マリアから、暖かい体温が離れていく。
「もう、少しは我慢を覚えなさい」
「だって、マリアのこと好きだもん」
シンクに服の袖を掴まれ、マリアは困ったように笑った。
「記憶喪失なのに?」
「それでも、マリアであることに変わりないから」
シンクの指に力が入った。マリアはそれを感じ、知らず知らずのうちに笑みが溢れてしまった。マリアは、シンクのこういうところが割と、
「2人とも、そろそろ歩こうぜー。ハーツの国はすぐそこだ」
「わ、わかったわ」
いつの間にか先を進んでいたアイグルに声をかけられ、マリアは前方へ向き直った。そのまま歩き出す。
「待ってマリア」
シンクはマリアの袖をつまんだまま、彼女について行った。シンクの髪は、歩くたびに左右に揺れた。




