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あやしい人を見かけたので、王にチクリに行った


天井の木の隙間から、太陽の光が微かに差し込んでいる。ここは、シードの城の中で、一番広い部屋。

マリアはシードの王を前に、呆然と立ち尽くしていた。

「ああ。ようこそようこそ。マリア様」

「……」

シードの王は棒立ちのまま、来客者(マリア)らに声をかける。王は、すぐ隣にある玉座に何故か座ろうとしていない。マリアは王の姿を見つめた。

眠たげな瞼に、軽すぎる口調。だらしなく伸びたサイドヘアーからは数本のアホ毛が飛び出ている。さすがに上質そうな服を身に纏っているようだが、首から上のビジュアルのせいでそれさえ見すぼらしく見えてしまう。

「なんの用か知らないけどよく来たね。お茶でも飲むかな?俺の飲み残しでよければ」

シードの王は片脚をぶらぶらさせて、やけに低く良い声を出す。が、その対応は手抜きそのものだ。マリアは呆気に取られる。

「の、飲み残しって」

「マリア、真剣に取り合うな」

アイグルはマリアに耳打ちした。アシュータは、半分開いていた瞼をかすかに上げて、アイグルに声をかけた。

「お、アイグルじゃん。久しぶりだね。最近会ったけど」

「アシュータ王。いつもお世話になっております」

アイグルは膝をつこうとするが、アシュータは手をひらひら振ってその動作を止めた。

「ん。そう固くならないで。俺、王と言っても代理だしさー」

「代理と言えど王でしょう。王が望むならその通りにいたしますが」

アイグルは額を押さえてうなった。マリアは、アイグルの困り果てた姿を見るのが新鮮で思わずその背中を凝視するが。

「マリア様」

背後にいたキャナリにちょんちょんと背を突かれ、我に返った。王の前へ一歩踏み出し、胸に手を当てて息を吸う。

「あの。はじめま…じゃなかった、お久しぶりです。アルムの王、マリア・アルムハーツです」

アシュータはチラッとマリアに視線をやった。

「どうも。シードの王代理、アシュータ・シードハーツです。あ、敬語は使わなくて良いから。俺も使わないし」

アシュータはマリアの言動を特に気にしていないのか、玉座の手すりに体を傾けて自身の髪を指に巻きつけてくるくるいじる。マリアはその姿にえぇ…と思わず声を漏らす。アシュータはそれすらも気にしていないようだった。

「それで、用件は?」

アシュータは顎を引いてマリアを促した。

「昨晩のことなのだけど、港で妙な集団を見かけたの。漁師ではなさそうだったわ」

「すごく怪しい人たちだったんだ。なにもしてないマリアのこと、突き飛ばしたんだ」

マリアの後に続いて、シンクはアシュータに訴えた。

「おぉ、シンクもいたのか。お前とも久しいな。元気にしていたか?」

アシュータは片手を上げて、シンクにヘラヘラと話しかけた。

「アシュータ王!」

マリアは、アシュータのその呑気な反応に思わず声を荒げる。

「どうしたマリア」

「どうしたじゃなくてね…。貴方の国が危険に曝されているのかもしれないのよ」

「そだなー。ふわ…」

アシュータはあくびをかまして目を擦った。天井を見上げ、そこから差し込まれている太陽の光に気づき、手をかざした。

「今日はいい天気だな。ねむくなってくる」

マリアは無言でアイグルを見つめた。その目に浮かぶ文字は「大丈夫かこいつ」。

アイグルは再び額を押さえた。

「アシュータ王、マリアとシンクの話聞いていましたか?」

「ああ。聞いてるよ。聞いてる聞いてる」

アシュータはそう答えると、玉座から手を離しマリアと視線を合わせる。

「妙な連中がいるって話だろ。港の漁師たちに話しておくよ。国民にも」

「そ、そう。よろしく」

あっさりと言われ、マリアは肩の力が抜けた。一方のアシュータは手を振ってなんでもないような動作。

「一応俺の国だからねー」

マリアは気になっていたことを尋ねた。

「さっきから気になっていたのだけど」

「なに?」

「王『代理』っていうのは、どういう…」

マリアがそう尋ねた瞬間、アシュータの口角が微かに持ち上がる。マリアの背後にいたアイグルは体を強張らせた。

「そうだな。混乱してしまうよな。ちょっと待ってろ。今説明してやる」

アシュータはすうっと大きく息を吸うと、

「リリ一、来てくれ!」

部屋の奥に見える扉に向かって、大声を上げた。ややあって、扉がゆっくり開けられた。

「おにいちゃん、どうしたの?」

扉から出て来たのは、まだ年端もいかない女の子だった。髪をしっかりと一つに括り、そのもちもちした腕は分厚い書物を抱えている。リリーと呼ばれた少女は、アシュータを見て首を傾げる。その口調は舌足らずだった。

「かわいい…」

マリアはその姿を見て無意識に声を漏らした。

「リリー、おいで。来客者だよ。マリアたちだ」

「マリアさま!?」

リリーはその名前を聞くと、短い脚を懸命に動かし、マリアの元まで駆けた。マリアの前まで走ると、嬉しそうに笑った。

「おひさしぶりです、マリアさま!リリーです!」

その無垢な笑顔は花が咲いたように輝かしいもので、マリアの心臓を撃ち抜いたらしい。

「はぅ…!」

マリアはそのあどけない笑みに破顔し、膝を震わせた。

「リリーは俺の、歳の離れた妹なんだ。本来の王位継承者はリリーなんだが、ご覧の通りまだ幼くてな。リリーの勉強が終わるまで、俺が代理で王をしているんだ」

アシュータはマリアの様子(リリーに悶えている)を無視してつらつら説明した。

「そうなのね…」

マリアはリリーの姿をよく見る。背はキャナリより低く、歳もまだ10にもなっていないと推測できた。少女の大きな瞳は、マリアへの信頼に満ちていた。

「マリアさま、きょうはあそびにきたんですか?リリーうれしいです!」

「違うよリリー。マリア様は用事があって来ただけだ」

アシュータにそう言われ、リリーは肩を落とした。

「そうですか…ざんねんです」

マリアはがっくりするリリーの様子を見て、慌ててフォローに入った。

「また遊びにくるわ」

リリーは顔を上げてマリアの顔を見ると、歯を見せて笑った。

「ほんとうですか!?やくそくですよ」

「ええ。約束」

マリアはリリーの小さくぷくぷくした手を優しく包み込んだ。

「お勉強、頑張ってね。リリー」

「はい!」

リリーは、小脇に抱えていた書物を掲げて見せた。マリアもその笑顔につられて微笑んだ。アイグルはマリアとリリーを見下ろして、アシュータに向き合った。

「先ほどの件よろしくお願いします、アシュータ王」

「はいは〜い」

アシュータは手を振って、ニヤニヤしていた。アイグルはそれを無視し、いまだリリーと戯れているマリアを促した。

「マリア、行くぞ」

「…わかったわ。リリー、またね」

マリアは渋々といった具合に、リリーの手を離した。リリーも寂しげに眉を下げたが、抱えていた本を掴み、ぺこりと頭を下げた。マリアたちはアシュータらに背を向け、シードの城から出ていった。

「またね、マリア」

アシュータは、天井から差し込んでくる光に目を細め、マリアが閉じた扉に向かって声をかけた。




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