朝になったので、シードの王に会いに行く
ガヤガヤ。わいのわいの。
「…んん…」
朝、まだ太陽が昇りはじめた早い時間帯。マリアは、外の漁師の賑わいで、目が覚めてしまった。体を伸ばし、大きな欠伸をした。
「ふわぁ…。朝から漁師は元気ねぇ…。おはよう、キャナリ」
「おはようございます、マリア様」
とっくに起きていたのだろう。その声はハッキリしており、マリアは思わず声のした方向へ首を回した。キャナリは既に身なりを整え、何か運動をしていた。
「いつ敵が現れるか分かりませんから。できるだけ毎朝訓練することにしたのです」
マリアの視線に気づいたキャナリは、腕や脚を動かしながら淡々と答えた。宙に上げた脚を、ぐわっと振り下ろす。突き出した拳の動きは、鋭かった。マリアはその動きに気圧されつつ、
「頑張るわね」
「ええ。自己防衛にもなりますし、何より、マリア様を守るためには欠かせませんから」
「キャナリ…」
「マリア様…」
マリアとキャナリはしばらく見つめ合った。マリアはもぞもぞと身動きして、自分のそばに寝転がる黒い塊を指差した。
「これからは、守ってくれないのかしら」
「マリア様自らが、手を下すべきかと」
マリアはため息をつくと、目の前で無防備に寝ている男の頬を摘んで伸ばした。
「いはははマぃア、オハイハハ!いはいよぉ!」
「いつの間に潜り込んだのよ」
「あふっ、らって、マリアのそばで寝たくて…」
「人のベッドに潜り込むなと言ったはずよ」
「あううう、いひゃいいひゃい!」
マリアは、起きながら寝言を言うシンクの頬を容赦なく伸ばし続けた。その肌は餅のように、びろーんとどこまでも伸びていく。
朝食を終えたマリアは、シンク(片頬が赤くなっている)のアランジを終え、宿を出た。
「まったく。何度言っても聞かないのね、あなたは」
腰に手を当て、マリアはシンクに説教の体勢。一方シンクは、マリアにアランジされた自分の髪を満足そうに撫でていた。
「だって、昨日の人たちの夢見て、僕怖くて」
「そんなに怖いなら、アイグルのベッドに潜ればいいじゃない。同じ部屋だったし」
「やだ。マリアがいい」
シンクは即答した。マリアとシンクの前を歩いていたアイグルは無駄に傷ついた。一連の会話を黙って聞いていたキャナリは、アイグルを慰めるようにその大きな腰を優しく撫でた。
マリアたちはシードの街を進んでいく。潮風の匂いとともに歩き、やがて辿り着いた場所は、木と金属が混ざり合って出来た多少大きな建物だった。
「ここに、シードの王がいるのかしら」
「ああ。どうした?マリア」
マリアの問いに、気を取り直したらしいアイグルは答えた。そわそわしたままでなかなか建物に入らないマリアを、皆訝る。
「だって、他の国の王に会うのなんて、初めてで…」
「あー。はは、そうだったな」
アイグルは後頭部を掻いた。マリアの隣にいたシンクは、マリアの服の袖を摘んだ。その顔は微笑んでいた。
「大丈夫だよ。マリア、気にしないで」
「シンク、あんたね…。もし私が無礼なことしたら、アルムの国の沽券に関わるのよ。そんな軽く言わないの」
マリアは気楽に笑うシンクの鼻先に、人差し指を突き指した。
「それですが、問題ないと思いますよ」
マリアとシンクの間に入ったキャナリは、マリアの人差し指をそっと手に取った。
「キャナリまで…。どういうことかしら」
「ここの王は、なんと言うかな、礼儀とか気にしない王なんだよ。だから、気を楽にしてくれ」
アイグルはキャナリの肩に手を乗せて、ポンポン叩いた。
「さ、行こうぜ。なに心配することないって。俺たちがいるんだからな?」
「…そうね。いざとなったらお願いね?」
「おう。もちろんさ」
「任せてください」
「みんな一緒だと怖くないよ」
マリアはその笑顔に励まされ、シードの王の城に入っていった。




