怪しい人を見かけたので、仲間に報告した
夜中。宿に戻ったマリアとシンクは、港で出会った謎の男たちについてアイグルに尋ねていた。
「うーん…。聞いたことないな。なんだそいつら。夜に港にいたのか?」
アイグルは腕を組み、首をかしげる。マリアたちの見た集団について思い当たる節がないようだ。
「アイグルも知らないの?」
「シードでの取引は主に朝にするんだ。夜に来ている奴らのことは正直よくわからねえ。すまん」
「いえ、気にしないでアイグル。知らないのなら仕方がないわ」
マリアの問いに、アイグルは申し訳なさそうに眉を下げた。マリアは慌ててアイグルの頭を上げさせる。アイグルの隣に腰掛けているキャナリは、目を細めていた。
「マリア様に手を出すなんて無礼極まりないですね」
「いきなりマリアのことドンって突き飛ばしたんだよ!あれはひどいよ」
「ええ。全く」
シンクから話を聞いたキャナリは、人差し指を唇に持っていき眉を寄せていた。キャナリはマリアの目を見て、
「マリア様、これからの旅でその者たちを見つけたらすぐ知らせてください」
「わかったわ」
「場合によってはその者たちを捕えて謝罪させ、社会のルールを教え込みます。その際はご協力を」
「え、ええ。わかったわ」
キャナリの本気の表情に、マリアは引きつった笑みで答えた。マリアの隣に腰掛けているシンクは、ポツリと言葉を漏らした。
「あの人たち、まだどこかにいるのかな」
「シンク…」
「あの人たち、目が怖かった。また会ったらどうしよう」
マリアはシンクの、不安げに揺れる瞳を覗いた。その細い手が少しだけ揺れているように見えて、マリアの眉は無意識に下がる。「私はキャナリの目のほうが怖いわ」というマリアの本音は消えていった。
「僕、嫌な予感がする。あの人たち、何かすごいこと起こしそうで…。怖いよ」
シンクは、マリアの手を取り、ぎゅっと握った。その、マリアの手を握る力はか弱い。キャナリは、そんなシンクの姿をじっと見つめていたが、その視線にシンクは気づかない。
アイグルは、キャナリとシンクを見て、シンクに手を握らせたままのマリアに目をやり、すっと短く息を吸った。
「よし、明日はシードの王に会いにいくか」
「…シードの王?シードにも王がいるの?」
アイグルの提案に、マリアが顔を上げた。アイグルは「おう」と髪を揺らした。
「そうなのね…。小さな国だから、王はいないのだと思っていたわ」
「国の面積は関係ないさ。特にシードは交易が盛んな国だから、誰かが管理しないと成り立たない」
マリアの苦笑に、アイグルは明るく笑って答えた。
「シードの王は主に交易の管理をしているんだ。怪しいやつがいたなら王に報告するのが義務だ」
首を傾げ口角を上げてみせるアイグルに、マリアは頷いた。
「わかったわ。明日は王に会ってから、旅の続きをしましょう」
「そういうこと」
アイグルは弾みをつけて立ち上がると、手を叩いた。
「つーわけで、明日も早いぞ。分かったらさっさと寝るぞお前ら」
「愚兄。ベッドの上に立ち上がらないでください」
「ほら、シン坊も。そんな不安そうな顔するなって」
ベッドに立ち上がったまま、年長者は年下の少年を見下ろし声をかける。
「アーにい…」
「大丈夫だって。俺とキャナリ、マリアもいるだろ?心配すんなって」
「うん…。うん、そうだね…」
アイグルはベッドの上でうまいことバランスをとりながら、椅子に座るシンクの頭をぽんぽん撫でた。
「みんながいるもん。僕、怖くないよ」
マリアは、自分の手を握るシンクの力が強くなったのを感じた。
「シンク、元気になった?」
思わず、マリアはわかりきっていることを尋ねてしまった。
「うん。アーにいたちのおかげで、大丈夫だなって思った!」
黒の髪が、部屋の明かりに照らされながら揺れた。
「そう。それなら心配ないわね」
その曇りない顔に、マリアの顔も自然にほころんだ。シンクの不安はとりあえずなくなったようだ。安心したマリアは、シンクの握った手を優しく振り解き、腰を上げた。
「明日も早いから。もう、寝るわ」
「待ってマリア」
シンクはマリアの手を再び握った。その顔は真剣だった。マリアはそのシリアスな声色に、動かしかけた足を止めた。
「何かしら、シンク」
「マリア…」
シンクはマリアをまっすぐ見上げ、マリアの手を自身の頬に寄せた。
「僕と一緒に寝て?」
「さぁーキャナリー女子部屋に行って寝るわよー」
マリアはシンクの握った手をあっさり振り解くと、キャナリを連れて部屋から出て行った。




