記憶が多少戻ってきたけど、ご飯を食べる
前回の続きです。ご飯食べてるだけです。
「…」
それは、なんの光景だったか。『私』は何かを持っていた。
「これは…鉢、植木鉢だ」
それは小さくて重い植木鉢。『私』はそれを持っていた。下を見ると、床が水で濡れていた。
「そうだ。『私』は…。花屋で仕事をしていたんだった…」
「リア…マリア…」
「うぅ…んん…?」
「起きて。朝だよ、マリア」
目を開けたら、漆黒の髪が視界に映る。
「もう、おねぼうさんなんだから。マリアは」
目の前にいるものは、シンクだった。マリアのそばで明るくウインクしている。
シンクを認識したマリアは、ふっと小さく笑ってシンクを蹴飛ばした。
「勝手に人のベッドに入るなナヨ男!」
「もう、ひどいなマリアは」
「どっちがよ」
朝食の時間だった。
マリアとシンクは、コックの用意した食事を採っていた。野菜中心のヘルシーなメニューだ。
「記憶喪失になる前のマリアなら、もぐもぐ。あんなこと、もぐもぐ。しなかったのに。もぐもぐ」
「食べてから喋りなさい」
シンクに注意する。マリアはため息をついた。
マリアはシンクを見た。寝起きでも端正な顔立ち。大きな瞳。起きてから手入れされていないにも関わらず、綺麗に伸びる長髪。
中身が『ああ』じゃなければ、完璧なのにと思いを馳せる。
「……」
シンクは黙って咀嚼していた。どうやら素直に言うことを聞いているらしい。皿をぴかぴかにしていく。
ごくん、と食べ物を飲み込んで、
「ごちそうさまでした」
「あー、おいしかった!」
シンクとマリアは、朝食を終えた。
シンクは腰を上げると、マリアに近づいた。
「マリア、おいしかったね!」
「そうね…。スープが美味しかったわ」
「ふふ。僕も」
シンクはマリアに同意した。その笑顔に敵意も悪意も無かった。
「ところでマリア、ここで問題です!」
「あら、ほっこりした瞬間に何かしら」
「マリアは、何か一つするべきことを忘れています。それはなんでしょう」
「ああ、着替えね。私たちまだ寝巻きのままだから着替えないと」
「違う違う。もっと別のこと」
「わかった、歯磨きね。口の中清潔にしないと。…この世界に歯磨きなんてあるのかしら…?」
「違うよぉ。て言うか『はみがき』ってなにするの?」
「そう、歯磨き文化はないのね。何か別の方法で歯を綺麗にしないと」
「待って何気なく去ろうとしないで!」
シンクはマリアの腕を素早く捕まえた。そして、
「そうじゃなくて、僕の髪!『アランジ』してないの!」
「『アランジ』?」
「そう!」
マリアは謎の単語を聞いて、ため息をついた。
単語の意味は分からないが、シンクのキラキラした瞳を見れば、それが面倒なことだということが分かるから。




