ご飯を食べたし、夜のシードを散歩して…
夜。
マリアは夕食を終え、シンクとシードの国を見て回っていた。アイグルとキャナリは旅の道具の買い出しをしており、別行動をとっていた。
「この国の魚は美味しかったわね。いくら食べても食べれるくらい」
マリアは魚で膨らんだお腹をさすった。シンクはマリアの腹を覗いて笑った。
「マリアのおなかパンパンだね!」
マリアはすかさずシンクの頬をつねった。
「デリカシーのかけらも無い発言するのはどの口かしら?この口かしら?」
「いひゃいよマイアァ」
「……」
シンクの頬は引っ張るとよく伸びた。マリアはそのもちもちとした感触に気づくが、手を離した。
「失礼なこと言わないの。人のこと大食いみたいに言って。気にしているのに…」
「でも、美味しいものは美味しいよ?」
眉を下げたシンクは、頬をさすりながら目を潤ませた。潤んだ瞳が月光に反射して無駄に綺麗だった。マリアはシンクの瞳から目を逸らし、歩を早めた。シンクは慌ててマリアを追いかける。
「マリア早いよぅ。もっとゆっくり散歩しようよ」
「食べた分をしっかり消費しないといけないの」
マリアはせかせかとシード国内を歩く。やがて、昼に見た港に到着した。海の向こうには、小さな明かりが点々と見える。漁船から発している光だ。
「夜にも漁をしているのね」
マリアは自身の髪に手を添えて、海の向こうを見た。シンクは髪を揺らした。頷いたのだ。
「夜にしかとれないお魚がいるからみんな起きて働いてるって、アーにいが言ってたね」
「あら、聞いていたのねシンク。てっきり聞いてないのかと思ってたわ」
「むー。聞いてたよ。すぐそばで話してたじゃん」
シンクは頬を膨らませて訴えた。旅すがら、マリアはアイグルからシードの特徴について説明を受けていた。マリアは、シンクは話を聞いていないものだと思っていたが、彼はアイグルの説明をしっかり聞いて、覚えていたらしい。
「ごめんごめん。あなたも人の話聞くのね。聞くときは」
「いつも聞いてるよ」
「あら、じゃあ私に対するセクハラが直ってないのはなぜかしら」
「せくはら?」
「あ、もういいです」
シンクは瞳を丸くしてキョトンとしている。言葉の意味が分からないのかそれとも思い当たることがないのか、マリアにはもはやどうでもいいことだった。というより、半分諦めていた。
マリアは時折海に視線を向けながら、港をゆっくり歩いていく。シンクもそれに続いた。
「それにしても、綺麗な眺めね。明かりがたくさんあって」
「お星様みたいだね」
「あら、いいこと言うじゃないシンク」
「へへ…」
遥か遠くの海の上では、無数の船が明かりをつけてゆっくり動いている。その光は漆黒の海を黄に照らし、波を映す。
「いい景色ね。とても。本当に」
ちっぽけな光が集まって暗闇を照らす姿は、マリアに勇気を与えた。
その横顔を、シンクが見守っていたことに、マリアは気がつかなかった。マリアを見つめるシンクの表情は、大人びていた。
マリアとシンクは、しばらく港に佇んでいたが。
「へくしゅ」
「…宿に戻りましょうか」
冷たい風が吹き、肩を震わせるシンクを認めたマリアは宿に向かって歩き始めた。
そのとき、ふと妙なものを見つけた。
「…?」
港に船が一隻着いていた。マリアはその船が妙に気にかかる。マリアはシンクの肩を指で叩き彼の耳元に口を近づけると、声を潜めた。
「シンク、あの船…おかしくないかしら」
「あれのこと? んー……?」
シンクは、マリアが指差した船に目をやった。シンクはしばらく口元に手を当てて、何か考えていた。
「確かに何か変かも…?漁師さんの船とは違う感じする」
シンクは首を傾げながらも断言した。マリアとシンクは目を合わせると、2人して怪しい船を眺めた。
その船はシードの漁船によく似ていた。しかし、遠くから見ても道具は新品同然に輝いており、また実際に魚を捕った痕跡も感じない。
何より、乗っている人間の服装がおかしかった。乗っている人間は皆詰め襟の服を着用しており、服にはバッチやらなんやら細かい装飾品がたくさんつけられていた。見栄えは美しいが魚を取るには邪魔そうだった。
「あの格好で魚を取るなんておかしいわね」
「おかしい」
マリアの呟きに、シンクは頷いた。船から、何人か港に降りてきていた。マリアは、その人間たちに近づいた。
「マリア?どこ行くの」
「ちょっとあの人たちから話を聞くだけよ」
オロオロするシンクに笑いかけ、マリアは船から降りてきた男に声をかけた。
「こんばんは。こんな時間まで漁ですか?お疲れ様です」
マリアはなるべく明るく、相手の警戒心を解くように話しかけた。
「邪魔だ。どけろ」
「きゃ…!」
「マリア!」
しかし、相手の男は冷たく言い放つと、マリアの肩を突き飛ばした。マリアの体は後ろに傾き尻餅をつく。シンクは慌ててマリアに近寄った。シンクはマリアを突き飛ばした男を見上げる。
「マリアに何を…!」
「坊主、お前も邪魔だ。どきなさい」
「っ!」
男は氷のような眼差しでシンクを見下ろした。シンクはマリアに抱きつき、震えた。男はそんなシンクの様子にため息をついた。
「そんなものか」
マリアがその言葉の真意を探るより、男の次の言葉が出るほうが早かった。
「我々には任務がある。邪魔をしないでいただきたい。安心しろ、この国の者に何もしない」
「…」
マリアは男を睨むが、男もマリアを睨み返した。
「マリア…」
2人の緊張を破ったのはシンクだった。シンクはマリアの服の袖をつまんで、不安げにマリアを見つめていた。
「…わかったわよ」
マリアはシンクの手をそっと握ると、しぶしぶその場から離れた。
男たちは、マリアたちをしばらく睨んでいたが、やがて目も向けなくなった。
翌日。港に男たちの姿はなかった。最初から何もいなかったように跡形もなく消えていた。




