荷物をまとめたので、旅に出た
「こんな感じかしら」
マリアは荷物をまとめて、外に出た。扉を開けると、アイグルがいた。その後ろには、キャナリも立っていた。
「まさか愚兄の意見を呑むとは思いませんでしたよ」
キャナリは、マリアを見上げると額を押さえた。マリアは両手を振ってキャナリを宥める。
「まあ、いいじゃない。旅をするのはいいことよ?」
「そうかもしれませんが…」
「妹よ。今更言い出しても遅いぞ。だいたい、こうなったマリアはもう止まらない」
アイグルは、自分の腰ほどの位置にいる妹の頭を撫でる。
「炊きつけておいてよく言いますね」
「なはは」
「笑って誤魔化そうとしないでください。全く、兄さんはいつもマリア様をけしかけるんですから」
キャナリは頭に乗せられた兄の手を払いのけた。
「マリア様、私も連れて行ってください。愚兄の護衛だけでは心許ないので」
キャナリは胸に手を当ててマリアをまっすぐ見つめた。マリアは頷いた。
「当然よ。こっちからお願いしたいくらいよ。キャナリは頼りになるもの」
「…もちろんです」
マリアにそう言われたキャナリは足元へ視線を落とした。
「嬉しいんだろ、妹よ」
アイグルはキャナリの太ももを脚で軽く小突いた。
「うるさいです愚兄」
キャナリはアイグルの脛を軽く蹴った。マリアは兄妹のやりとりを見守った。
「準備もできたし行きましょう」
マリアは、キャナリとアイグルに声をかけた。
「はい、マリア様」
そうして、3人でアルムの門に向かって歩きはじめたときだった。
「ちょっと待ってよー!先に行かないでー!」
背後から聞き慣れた声が響いた。マリアが振り返ると、シンクがこちらに向かって走ってきていた。
「どうしたのシンク」
シンクはマリアたちの目の前まで走ると、ゼエゼエと荒い呼吸を繰り返した。息を整えるのもそこそこに、シンクは大きく息を吸い込んだ。
「僕も連れて行って!」
シンクは顔を上げると、マリアに叫んだ。マリアはシンクに優しく声をかける。
「シンク、これから旅をしようとしているの。危険よ」
「わかってる。けど僕、もうマリアから離れたくないんだ。お願い、連れてって」
シンクはマリアに頼み込んだ。背中に垂れた長髪が、音をたてずに地面へ向かい流れる。
「でも…」
「そこをなんとか!お願い、僕も行きたいの。マリアと…」
「…うう」
シンクはうるうると目に涙をにじませていた。親と離される子どものようだった。
「キャナリ、アイグルさん…」
兄妹のほうへ振り向いた。キャナリは肩をすくめ、アイグルはシンクに歩み寄った。
「シン坊、遊びじゃないんだぞ。そこは分かってるな?」
アイグルは少し屈んで、シンクと視線を合わせた。優しい聞き方だった。
「うん。わかってる」
アイグルはシンクの瞳を覗いた。
「…そか」
アイグルはしばらく何かを考えていたようだった。やがて目を細め、シンクの頭に手を伸ばした。
「よし、ついてこいシン坊」
「うわわ、髪崩れるよぉ!」
アイグルはシンクの頭をわしゃわしゃ撫でた。マリアはアイグルを見上げた。
「アイグルさん、いいんですか」
「おう。シン坊が行きたいっつってんだ。連れてってやろうぜ」
太陽のようにカラッと笑うアイグルに、シンクは飛びついた。
「えへへ!ありがとアーにい!」
「おう。ただし、しっかりついてこいよ」
「うん、頑張る!」
「何、あの盛り上がり…」
「愚兄は昔から面倒見が良かったですから。シンクもそんな愚兄に懐いたのですよ」
きゃっきゃと盛り上がる野郎コンビを尻目に、マリアとキャナリの視線は冷ややかだった。
「よし、じゃ、行くか」
「やっとですか」
ひとしきり盛り上がり、アイグルが声をかけた。キャナリは短く息を吐いて、アイグルの後を追った。
「マリア、旅頑張ろうね」
ジト目のマリアに、シンクが笑いかける。マリアの心配とは裏腹に、シンクは普段と変わらない笑みを浮かべていた。
「本当に大丈夫なのシンク。心配なのだけど」
「うん。僕が戦えてたの、見てたでしょ。それに…」
シンクはマリアの目の前まで走り、光を背負って振り向いた。
「僕が、マリアの…君のそばにいたいんだ」
アルムの暖かく穏やかな風に吹かれたシンクの髪が一瞬、透明なカーテンのように見えた。
こうしてマリアは、勉強の旅に出た。
打ち切り漫画みたいな区切りになってますがまだ続きます!




