デアを狩りに行こう
サブタイトルが迷子なのです。
マリアは雑草の生い茂るアルムの森に入っていく。アルムの森の地面は固く、歩きやすかった。
「普段から兵士が動物を狩りにこの森へやってくるのです」
キャナリは歩きながらマリアに説明する。人の出入りが頻繁なので、自然と”道”が出来たらしい。
「デアはどのあたりにいるのかしら」
「もうそろそろ出てくると思いますよ」
マリアは周囲を見渡す。マリアは全く気配は感じないが、マリアの隣に立つキャナリは何かを感じたのか、槍を前方に掲げる。キャナリは片手でマリアを制した。
「マリア様下がってください。動物の気配を感じます」
「気配…?私は何も感じないのだけれど」
そう言ってみるが、キャナリが集中して動物の気配を探っているのでマリアは口を噤む。マリアの背後にいるシンクも同様に、何も喋らずキャナリの指示を待っている。
キャナリは耳をすまして、動物の気配を探る。そして、
「来ます!前方から4体のデア!」
「っ!?」
キャナリが叫ぶと同時に、草陰から4体のデアが飛び出して来た。
「あれがデア?!」
「うん」
背後にいたシンクが頷く。デアはマリアの腰ほどの大きさをしていた。頭から生えているツノは、大きく、鋭そうだった。デアは興奮しているのか、後ろ足でしきりに砂を蹴っていた。その鼻息は荒く、鋭い眼球はマリアをギロリと睨みつけた。マリアはデアから視線を逸らした。マリアは、デアと睨み合うキャナリのうなじを見下ろした。
「キャナリ、ちょっと数が多くないかしら?」
「少し数は多いですが問題ありません。落ち着いて倒していきましょう。私も共に戦います」
キャナリはそう言うが、マリアは生き残れるか不安だった。
「2体のデアは私が仕留めます。マリア様とシンクは、それぞれ1体ずつ倒してください」
キャナリは、マリアとシンクにそっと告げた。デアはマリア達3人に向かって、突進してくる。
「ひっ」
マリアは自分に向かって突進してくるデアをかろうじて避けた。デアはそのまま突進を続け、マリアの背後に立っていた木に当たった。デアのツノにより、木の幹が派手に抉れていた。
「キャナリ、木が半分ほど抉れてるわ!」
「避ければ問題ありませんよ」
キャナリは槍で2体のデアを翻弄しながらマリアに声をかける。キャナリの槍に喉を切られたデアは大地に沈む。
「ふふ…その程度かしら?もっと私を楽しませてください」
キャナリはデアを斬り伏せながら、楽しそうに微笑んでいた。マリアはシンクに向き直った。
「わあっ!」
シンクは剣を振って1体のデアと戦っていた。振り方は荒かったが、基本の戦い方は身についているらしい。デアの体に傷を入れ、その体力を確実に削っていた。
マリアは、先ほど突進してきたデアと向き合った。デアはかぶりを振って、マリアを睨む。マリアは逃げたくなるが、ぐっと堪える。
(シンクですら、戦っているのよ。私も戦わないと…!)
マリアは唾を飲みこみ、懐から投剣を2本取り出した。
(そもそも私のための訓練なのだから、できるだけ自分で倒さなくちゃ)
デアが突進してくる。マリアはデア目がけ、剣を1本だけ投げた。剣はデアの脚を掠めただけだった。
「っ!」
マリアは慌てて真横に飛んだ。デアはそのまま走り、マリアの背後にあった木にぶつかった。どうやら、デアはまっすぐにしか走れないらしい。
「たあっ!」
マリアは、木にぶつかってクラクラしているデアの首目がけ、剣を投げる。狙い通り、剣はデアの後ろ首に思い切り突き刺さった。
「やった!」
「まだですマリア様!」
仕留めたと思ったのだが、デアはまだ生きていた。首に剣が刺さったまま、デアはマリアに向かい駆ける。
「ひいっ!」
マリアは慌てて投剣を取り出すが、手汗で落としてしまった。焦りと恐怖で身体が固まる。デアはもうすぐそこにいた。マリアは目をぎゅっと瞑ってしまった。
「うあああっ!!」
「!」
シンクの雄叫びが聞こえ、マリアは目を開ける。シンクはデアの横っ腹に剣を突き刺していた。
「えぇいっ!」
シンクは両手で剣の柄を握り締め、デアの腹から剣を引き抜いた。デアの血がどぱっと溢れる。デアは悶絶している。
「シンク…」
「マリア様、今です!魔術を!」
すかさずキャナリが大声を上げる。マリアは我に返り、デアに向かって炎の魔法を繰り出した。
デアの体は一気に燃え盛った。デアはしばらく苦しそうに暴れていたが、やがてその動きは完全に収まった。
マリアはその一部始終を、呆然と眺めていた。
「た、倒せたの…?」
デアの体が灰に変わったころ、マリアはようやく口を開く。
「ええ。倒せましたよマリア様。…相変わらず強い魔力をお持ちですね」
キャナリはマリアに微笑んだ。マリアの心臓はバクバクしている。
「マリア大丈夫?」
「シンク…」
シンクはマリアの顔を覗きこんだ。マリアは肩で息をしている。
「はぁっ、はぁ…」
「マリア?」
マリアはなるべくゆっくり呼吸するようにした。シンクは心配そうに、マリアの前にしゃがみこむ。
「はぁ…っ」
マリアはすうっと息を吸い込み、ゆっくり吐いた。少しばかり、落ち着きを取り戻せたようだった。マリアは、目の前にいるシンクを見つめた。
「シンクありがとう。あなたのおかげで助かったわ」
「…へへ」
シンクは頬を掻いてにやにやした。
「意外に戦えたのね」
「えへへ。まあね。キャナリほどじゃないけど…」
マリアとシンクはキャナリに視線をやった。キャナリは足元に生えている雑草で、槍に付いたデアの血液を拭っていた。その冷静な横顔は、それがすっかり慣れた動作であることを思わせた。
「ふふ…もう。キャナリったら」
マリアは淡々と作業しているキャナリの顔を見て、笑みが溢れた。キャナリは普段はおとなしいのにこと戦いとなるとイキイキするのだ。そのギャップが、マリアには可笑しかった。
「どうされましたマリア様」
「いえ、別に」
「そうですか」
キャナリはマリアの視線を感じて、振り返る。マリアは顔を背けてごまかした。
「マリア様、デアはまだこの森にたくさんいます。何体か倒していきましょう」
キャナリは、槍を握り直して森の奥に歩こうとした。
「ああっ、キャナリ待って。もう少しだけ休ませて」
マリアは慌ててキャナリを呼び止めた。キャナリとシンクは、マリアの様子を見た。
「マリア様?」
「マリア、どうしたの?」
キャナリとシンクの問いかけに、マリアは申し訳なさそうに答えた。
「さっきの狩りで、その、心臓がドキドキしてるの。もうちょっと落ち着いてから行きたいわ」
「そっか。わかったよ」
シンクは、マリアに近づき、そっと手を伸ばした。伸ばした手は、マリアの胸に当てられた。
「…シンク。どうして私の胸に手を添えているのかしら?」
「緊張したときは、ここをあたためると落ち着くんだよ」
シンクは優しく安心させるように囁くと、マリアの胸元を優しい手つきで撫でた。
マリアは無言のまま、シンクの手首をひねり上げた。




