国を散歩したあとは、近所の森に行こう
キャナリの作った美味しい朝食とシンクのアランジを終えたマリアは、アルムの国の門に向かっていた。キャナリがそこを集合場所に指定したのだ。
「今日は動物狩りだね。マリア」
シンクはやたらとマリアに話しかける。マリアはそうねそうねハイハイと彼の声に答える。マリアはシンクを連れて外に出た。ちなみにキャナリはいない。先に門に向かったらしい。
「シンク、門はどこにあるのかしら」
「僕、わかるよ。案内するね」
シンクはマリアに門への道を案内する。マリアはシンクと共にアルム国内を歩いていく。
「おやマリア様。おはようございます。シンクと散歩ですか」
「シンクの髪、いつも丁寧にアランジされて羨ましいよ。え?俺が今何してるかって?日向ぼっこだよ。この時間の日差しが気持ちいいんだ。知ってるだろ?」
「マリア様おはようございます。先ほどキャナリが楽しそうに武器の手入れをしていましたよ」
「キャナリは見た目は天使なのに、中身は猛獣だからなぁ。俺もひっぱたかれそうになったことがあるよ。あんな想いはもう十分さ。猛獣なだけに」
「マリア様、本日は動物狩りをするそうですね。心配はしておりませんがどうかお気をつけください」
「シンクは本当に丁寧にアランジされてるなぁ。俺もママに頼んでみようかな。モザパプリはアルムに腐るほどあるしな」
「マリアさまおはよー!筋肉痛、なおった?」
マリアは道を歩くアルム国の国民と、短い会話をする。通りすがりの者も、朝から日向ぼっこしている者も、畑を耕している兵士も、子どもも皆笑っていた。暗い表情をしている者は、少なくともマリアが見た中にはいなかった。
「皆、幸せそうね」
「うん。マリアのおかげだよ」
声に出していたらしく、隣を歩いていたシンクがマリアに笑いかける。マリアはバツが悪そうに口元を押さえた。
やがて、2人はアルムの門に辿り着く。門の前にはキャナリがいた。
「お待ちしてました。マリア様」
キャナリは特殊な槍を意気揚々と掲げ、仁王立ちして待っていた。その槍は彼女の武器らしかった。キャナリはマリアを見つけると、瞳の奥の炎を燃やす。それだけで、彼女のやる気は十分すぎるほどむんむん伝わる。もう十分さ。
「ここから少し歩いたところにアルムの森があります。今日はそこでデアを狩りましょう。ご安心ください。危険な時はお守りしますゆえ」
キャナリは言いながら、自分の身長の倍はある槍をブンブン振り回してみせた。槍の風圧でマリアの髪が揺れる。重くないのか、服の下のキャナリの筋肉が実はすごいのか、マリアにはもはや判断できなかった。
「デアって、何かしら」
マリアは槍の風圧を受けながらキャナリに問うた。
「デアは、4足歩行の肉食動物です。頭に鋭いツノが生えております。少しすばしっこいのでご注意を」
キャナリは槍を振り回すのを止めてそう答えた。
「危険そうな動物ねぇ。ふふ。もっと初心者向きの動物はいないのかしら」
「マリア様なら大丈夫です。ご安心を」
根拠のない励ましにより、マリアの意見は一蹴された。
「だあいじょうぶだよマリアなら!訓練頑張ってたじゃん!」
「シンクあんたね。自分はいかないからって他人事のように言わないの」
「え。僕も行くよ?」
「えっ?」
「えっ?」
マリアとシンクは互いに顔を合わせた。マリアはシンクの幼い顔立ちを凝視する。マリアは手を左右に振った。
「いやいやいや、シンク分かってる?動物狩りなのよ。危険に決まってるじゃない。しかもそんな丸腰で」
「僕、武器持ってるよ!」
「うわっ」
シンクはそう言うと、背中から長い剣を出して、マリアの目の前に掲げて見せた。切れ味の鋭そうな、青に輝く逸品だった。
「どこから出したのよ!?」
「ずっと持ってたよー!」
シンクは目をばってんにしながら訴える。マリアはシンクの背中を覗きこむ。よく見てみれば、剣の柄がマリアの視界にチラッと入った。武器を視認したマリアは地味にショックを受けていた。
「私って、注意力ないのかしら」
「シンクの長い髪で見えなかったのでしょう」
キャナリは、途方に暮れるマリアを慰めた。実際、シンクの髪はとても長く、その長さは彼の膝下まである。背中に何か背負っていても分かりづらい。さらにさらに、武器を持つシンク、というのがマリアにとっては意外性に溢れていた。マリアにとってシンクといえば、いつも甘えた声を出してなよなよしているイメージしかないのだ。
正直今のシンクの姿も、大人の大事な物を掲げる幼子のようにしか見えないのだ。
「ひどいなぁ」
シンクは頬をぷくっと膨らませる。マリアは、
「仕方ないじゃない。それにシンク、訓練にも参加してなかったもの」
「もともと、シンクはあまり訓練には参加しておりません」
キャナリが補足した。マリアはシンクに疑いの眼差しを向ける。
「シンク、やっぱり帰ったら? 訓練してないのに動物狩りなんて無理よ」
「マリア様大丈夫です。デアはそこまで危険な動物ではありませんから。いざとなれば私がシンクも守りますので」
キャナリはマリアの背をさすった。マリアはシンクを黙って見つめていた。
「さあ行きましょうマリア様」
「デアを狩りにいこー!」
色々と不安は拭えなかったが、キャナリに背を押されシンクに手を引かれ、マリアはアルムの森に入っていった。




