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モノクロの世界に色が差した日  作者: 長谷川るり
22/22

第22話

いよいよ最終話です

葛藤し続けた亜弥芽の乙女心がどこに落ち着くのか、見届けてやって下さい

22.


『結局子供のお守りに疲れただけでしょ』

『今の相手にないものを次の相手に求めるもんだよね~。そうやって違うタイプの男の間を行ったり来たりするんだよ』

お隣さんとの終わりを告げた時の、妙子や紅愛の反応だ。二人共、良いとも悪いとも言わない。

『8年前と同じ事になった。私何にも進歩してないね』

こんな事こぼして、私は誰かに慰めて欲しいんだろうか。それに対し紅愛が言う。

『昔っから言うじゃない?三歩進んで二歩下がるって。下がってる様で一歩ずつは進んでるんだって。無駄は一つもないから。一個一個あ~やの血や肉になってるよ』

そして必ず後にこう続く。

『それはそうと、部長は脈あり?』

二人共、終わった過去に興味は無さそうだ。むしろ、これからの新しい可能性を探している様にも見える。それは、私を慰めてくれようとしてるの?それとも、皆そうやって次に進む事に抵抗など持たないものなんだろうか?もしそんな事を聞こうものなら、

『何でいけないの?』

と瞬殺されそうだ。


 明日からお盆休みに入るという金曜の朝だ。私はいつもの様に駅までの道を足早に進む。去年の今頃は丁度、ストーカーの存在に それまで穏やかだった生活が脅かされ始めた時期だ。自分の部屋という狭い世界に縮こまっていた私そのものを物語っていた様な出来事だ。そこから外に連れ出してくれたのが、お隣さんという存在だった。その頃はまだ“真央ちん”と愛しい時間を刻んでいた彼だったのに、私が隣の世界に足を踏み入れてしまったがばっかりに、しなくていい悲しい別れを二回も彼は経験する事になってしまったんだ。私は8年振りに男の人と付き合う事で得たものは大きかったと思うけれど、彼にとってはどうだったんだろう。意味のある道草だったんだろうか・・・。今さらそれを確認する術はないけれど、それに意味があったと思いたい。


日中、会社では皆いつもの何も変わらない様子で働く。明日からのお盆休みに心浮かれている雰囲気はない。しかし定時近くなると、やはりどことなくソワソワしたムードが漂う。心なしか時計の針が早く進むのを待っている者達が醸し出すムードは大きい。そして一番にそれを口にしたのは小林だった。

「あと15分だぁ~!」

石川も待ってましたとばかりに それに乗っかる。

「私もさっきから、はっきり言って仕事 上の空だったんですけど~」

「そんなはっきり言う?」

きゃははははと黄色い笑い声が飛び交う。すると課長までも笑顔で参戦する。

「ミスがあれば残業だからね」

「は~い、気を付けま~す」

すると石川が急に私に話題を振る。

「亜弥さんはお休み、彼氏さんと旅行とか行くんですか?」

「ううん、ないない」

別れた事は言っていない。別に隠している訳ではないけれど、言ったら絶対に質問攻めになるのが分かっているからだ。だからこれ以上の質問をかわす為に、逆質問で返す。

「お休みはどうするの?」

「友達と沖縄行ってきます!」

「へぇ~、楽しそう」

その会話に高橋も参加してくる。

「俺、沖縄までの飛行機取れなかったんだよね~。だからインドネシアに変更した」

思い思いの夏休みが彼らの目の前でキラキラしている様に感じる。何となく蚊帳の外みたいに感じているのは、私だけだろうか?

 時計が5時を回ると、次々とデスクを片付け始める若者達。ウキウキした心がまるで体からはみ出しているみたいに見える。そして、5時を回ったと同時に肩を落としているのは、きっと私だけだ。『イベントが終わったら本社に顔を出す』と言っていた浅見の姿が、ドアから現れるのを今日一日待っていた私だ。他の子達には本社に顔を出すと言っていなかったんだろうか?それとも、皆がそれ程気にしていないって事なんだろうか?

総務課内の殆どの人が次々と帰っていくのを見送りながら、一向に急がない私に課長が遠慮がちに声を掛けた。

「竹下さん、お疲れ様。どう?一杯」

昔は私の事を『竹下』と呼んでいたのに、浅見が来て以来『さん』付けとなった。きっと浅見が私に『さん』を付けていたからだろう。浅見は仕事中は皆に『さん』を付けていた。それに合わせて課長も皆に『さん』を付ける様になったのだ。そして飲みの誘いは浅見が来て以来初めてだ。一年以上ぶりだ。だから私も少し油断してしまう。

「久し振りですね」

「そうだよぉ。久し振りに行こうよ、一杯やりに」

きっと総務課内での苦情により会社から注意を受けていたに違いない。それで課長なりに随分我慢してきたのだろう。そんな事を思うと、思わず私の首が簡単に頷きそうになる。

「もう少し掛かりそうなので・・・それが終わったらで良ければ・・・」

今日顔を出すか分からない浅見を、もう少し待ってみたいのだ。

「竹下は真面目だなぁ。そんなの急ぎじゃないんだから、休み明けにやればいいのに」

呼び方も強引に飲みに誘い出す感じも、一瞬で昔に戻る課長だ。人ってやっぱり、そう簡単に根本からは変わらないんだろう。正にその代表が私だ。

「休み明けに仕事が山積みになってると、いきなりテンション下がっちゃうんで、これだけはやっちゃいます」

「そう?」

そう言いながら、課長が私の様子をじっと眺めている視線を感じる。

「これ以上誘うと、また上に告げ口されちゃうかな?」

私は思わず課長の顔を振り返ってしまう。すると課長は視線を外して言った。

「竹下も水臭いよな~。俺が誘っても嫌なら嫌ってはっきり言えば良かったのに。付き合うだけ付き合って、それを後から上に苦情出さなくたっていいじゃない」

「・・・・・・」

もちろん反論する言葉すら忘れてしまう。『私じゃない』と言えば、当然『じゃ誰だ?』という事になる。私は手を止めたまま課長をじっと見つめていると、課長は鞄を持った。

「居るんだよ、どこにでも。こっちにもあっちにもいい顔する人。でもね、俺はそれを悪いとは思わないよ。そういうのも世渡りの術みたいなもんだから。組織の中で生き抜くには、必要な武器だもんね」

そう言い残して、課長は『じゃ、お先~』と総務課のドアを出て行った。そこに残された私は、ほんの何週間か前の事を思い出していた。お隣さんが最後に家を出て行く時に、私と部長との仲を誤解したまま捨て台詞を残して去った夜の事を。あの日も今も、私は事実を告げなかった。こんな肝心な時に口が動かない。お隣さんの時もそうだったけれど、今も 会社に苦情を言ったのは私じゃないけれど、似た様にうっとうしい気持ちでいたのに違いはない。だから言えなかったんだ。いや、言わなかったんだ。自分を正当化したくなかったから。私は確かに臆病で自分に自信もなくて誰かの役に立てる人間だとも思ってないけれど、せめてこれ以上卑怯な自分にはなりたくなかったのだ。これ以上自尊心のない自分にまで落ちぶれたくないんだ。だけど・・・だけど、そんな小さなこだわりが、人を傷つける事もある。事実を告げる方が相手の傷が浅い事もある。私はいつの間にか、パソコンのキーボードに置いていた両手で顔を覆った。

 その時だ。総務課のドアをノックする音が遠くで聞こえて、ガチャッとドアが開いた。

「お疲れ様~」

小さい声だ。私は溢れそうになっていた涙を慌てて引っ込めて顔を上げた。

「もう、皆帰っちゃったかな?」

浅見だ。浅見が遠慮がちに総務課内を見回している。

「お疲れ様です」

私は無意識の内に立ち上がっている。

「もう皆帰っちゃって・・・私だけです」

「竹下さんだけかぁ・・・」

がっかりしている浅見に、私の心が沈む。

「すみません・・・。さっきまで課長がいらっしゃいましたけど、皆は殆ど定時で帰っていきました」

「相変わらずだなぁ」

明るく笑う浅見だ。

「で?竹下さん一人で残業?」

「休み明けに残しておきたくなくて」

「竹下さんらしいね」

そう言ってはははと笑う浅見の笑顔に、やっぱり待っていて良かったと思ってしまう私だ。

「ちょっと遅かったなぁ~。もう少し早く来られれば皆の顔見られたのに。あ~、残念」

正直、皆に会えなくて残念がるよりも、私にだけでも会えた事を喜んで欲しいと思ってしまう我儘な私がいる。

「会議が長引いた上、常務との話も長くなっちゃったから」

「・・・朝からいらしてたんですか?」

「いや、昼過ぎ。そうかぁ、先に顔出しておけば良かったのかぁ」

「皆も喜んだと思います」

「いや、ちょっと計算しちゃったんだよね。仕事終わる頃顔出して、どっか飯でも皆で行ければなぁ なんてね。皆明日からお盆休みだもんね。寄り道しないで早く帰るよね」

『竹下さん、この後予定は?』って聞いてくれるのを待っている私がいる。

「まだまだ、残ってるの?」

「いえ・・・もう、終わります」

「そう」

そう答えたまま、浅見は鞄を近くに置いてコーヒーを入れ始めた。私が期待する言葉はなかなか聞こえてはこない。

「イベントは大成功でしたか?」

「いや~、お陰様でね。全日大盛況で。ま、課題はそれぞれにあるけど。竹下さんも来てくれて、その節はありがとうございました。佐々木も喜んでたよ。こっち行ったら皆さんによろしくって言われてたんだ」

言いながら、私のデスクにコーヒーを一つ置く。そしてもう一つに口を付けた。

「コーヒー勝手に貰っちゃった」

「もちろんです。どうぞ」

「俺が居たら、仕事の邪魔かな?」

「いえ、もう終わりましたから」

「おう、じゃ丁度良かった」

ん?何が丁度良かったんだろう?いよいよ『この後・・・』という言葉への期待値が高まる。しかし浅見の口からは違う言葉が漏れる。

「お疲れ様のコーヒーになったかな」

「あ・・・ありがとうございます。いただきます」

なんで今日は食事に誘って来ないのだろう?

「大阪支社では・・・どうでしたか?」

「やりがいあったよ~。でっかいイベントだったしね。ちょっと、やり切った症候群になりそうだけど」

「次は・・・もう決まってるんですよね?」

「うん」

「・・・言えないんですもんね?まだ」

それに あはははという笑い声で答える浅見だ。

「休み明けからですか?」

「うん。それまでに気持ち切り替えないと」

「半年毎って・・・大変ですよね」

「ま、もう慣れたけど」

浅見は手に持ったコーヒーを飲み干すと、カップを捨てて鞄を持った。

「さ、じゃ帰るね。竹下さんも・・・」

そこまで聞いて、私は慌てて椅子から立ち上がった。

「駅まで行かれますか?」

「うん」

「じゃあ、一緒に・・・いいですか?私も丁度帰るところなので」

不思議だ。ほんの15分位前には、課長の一言で涙まで流しそうになっていたのに、今ではほんの少し明るい気持ちになっている。慌ててコーヒーを飲み干して総務課を出る。

 浅見をちょっとだけ待たせて化粧室に寄る。口紅くらい、塗り直したい。エレベーターで一階まで着く間、私は浅見の一歩後ろから背中を眺める。私はどこに惹かれているんだろう。その答えの出ない内に、エレベーターは一階に着いた事を知らせる音を響かせ、私を現実に引き戻してくれる。

「今日、大阪に戻られるんですか?」

「いや。今日はこっちに泊まり」

「ホテル、どちらですか?新宿ですか?それとも・・・東京駅?」

浅見はポケットに片手を入れて、含み笑いを浮かべた。

「こういう仕事してるとね、半年毎に赴任先変わるでしょ?だから、港毎に女がいるもんでね」

「え・・・」

足が止まりかけた私を振り返って、浅見は笑っている。

「引いた?」

「・・・悪い冗談ですね」

「冗談だと思う?そんなにモテそうもないか」

「いえ・・・えっ?」

少し面白がっている様にも見える浅見に、戸惑ってしまう。まるで中学や高校生みたいに、憧れの先輩と一緒に帰る口実を作って、ほんの少しだけ青春を味わっていた私の周りの時間が 一気に何十年も進んでしまった気分だ。返す言葉に躊躇している私を、浅見ははははと笑い飛ばす。

「こういう男には注意しないとね、竹下さん」

浅見の言った“こういう”とは一体“どういう”男の事だろう。

「誰もが『やめときな』って言う様な男にも、フラッといっちゃいそうな位、今の竹下さん ふわふわしてる様に見える」

図星だ。

「そういうのにつけ込んでくる悪い男もいるから、ね?」

「いませんよ、そんなの。私幾つだと思ってるんですか?!」

一人であはははと笑ったその虚しい声が、すぐ近くの地面に落ちて消えた。

すると、浅見が立ち止まって私の方をじっと見つめた。

「もう少し、一緒に居てもいいかなぁ?」

私の心臓が、大きなしゃっくりをしたみたいにどっくんと飛び跳ねた。

「・・・はい」

気付くと、無意識の内にそう答えている私の頭を、浅見は軽くどついた。

「ほらぁ!」

「へ?」

アホみたいにすっとんきょうな声が漏れる。

「こうやってつけ込んでくるんだよ。簡単に『はい』なんて返事しちゃ駄目だよ」

「・・・・・・」

「何があったか知らないけど・・・」

そう言いかけた浅見の声を、私は自分の声を被せて遮った。

「・・・簡単じゃないです」

「・・・え?」

「簡単に返事したんじゃありません」

「何が?」

「だから、さっきの。もう少し一緒に居てもいいかって・・・あれ。あれ・・・部長だから、『はい』って言ったんです。寂しくて、誰でも良くて言ったんじゃありません」

浅見は暫く黙った後で、私の瞳と視線を合わせた。

「そんな事、言うもんじゃないよ」

私の口が勢いづいて、すぐに反論しようと口を開いたところで、浅見は隙間を埋めた。

「さっきのは竹下さんに分かってもらう為だよ。誤解をさせる様な言い方、本当に申し訳ない」

そう言って頭を下げた。

「悪い上司だ」

その一言で、この話題を終わりにしようという空気を感じて、私も喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。私がここで『すみません』と言ったら、きっと雰囲気が一気に重たくなる。そう感じた私は笑顔を作った。

「ほんと、悪い上司です」

あははははと二人で顔を見合わせて笑うと、気まづさが嘘の様に吹っ飛んでいく。

私のこの なんだか一緒にいると嬉しい気持ちは、きっと憧れの先輩を遠巻きに見ている感じに近い。あの人みたいになりたい。こんな時、あの人ならどうするだろうとか、心が折れそうな時には肩をポンと優しく叩いて慰めてくれるだけでいい。そんな青春時代の憧れの先輩を胸に大事に抱き続けるみたいに、私はこれから生きていこう。

一人じゃない。後ろではいつも温かく見守ってくれる家族がいる。隣には友人がいて、少し前には 先を歩く憧れの先輩がいる。

だからもう、今度は決して思わない。恋愛のスイッチを切るなんて。卑屈にも自信過剰にもならない。ありのまま、自然体でいいんだと教えてもらったから。


年甲斐もないと笑われてしまうかもしれないけれど、25年前には無かった 憧れの先輩を胸に秘める中学生や高校生みたいなキラキラした青春が、まるで時代を超えて追いかけてきて、39歳の私をすっぽりと包み込んでいた。


最後までお付き合い頂き、ありがとうございました


主人公の亜弥芽の様に、書いては消し書いては消しを繰り返し、葛藤しながら何とか結末までたどり着けたこの作品です

どうか率直な感想やご意見、お聞かせ下さい

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