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モノクロの世界に色が差した日  作者: 長谷川るり
11/22

第11話

11.


 デートの別れ際、行き当たりばったりに、

『夜、お返事します』

そんな返事をしてしまったけれど、私ったら どうするつもりなんだろう。お隣さんと反対の電車に乗ったはいいけれど、どこまで行って引き返したらいいんだろう。電車に揺られながら、迷走している自分の心と重なって溜め息をついた。


 ぐるっと遠回りをして帰る事にして、乗り換えの駅でハンバーガーをぱくつく。紅愛に一言報告をする事にした。

『さっき駅で別れました。色々あって、別々に帰る事にして。今一人で気楽にハンバーガー食べてま~す』

すると、すぐに既読になったかと思ったら、着信がある。やはり内容が気になるのだろう。

「何?『色々あって』って。喧嘩でもしちゃった?それとも、一緒に帰りたくない位 最低な男だった?」

私は食べ終わったゴミを捨て、店の外に出た。

「そんなんじゃないよ。まあまあ楽しかったし、悪い人でもなさそうだった」

「じゃ、何でよ?」

私の話のテンポじゃ待ちきれないらしい。紅愛は話の先を急ぐ。

「彼の大学時代の友達ってのにバッタリ会っちゃって・・・」

「何か言われたの?あっ、それとも紹介してもらえなかった・・・とか?」

「そうじゃない」

「じゃあ、何よ!」

「私が・・・申し訳ないなって思っちゃって・・・」

「・・・は?」

「だからぁ、彼が後で友達に何か悪く言われたら可哀想だなって思って」

「そこまで卑屈になる事ある?逆に年上のいい女連れてたら、彼だって男として鼻が高いかもしれないじゃない」

私は力なく鼻で笑った。

「“年上の良い女”だったらね。ただの冴えないおばさんだし」

「そんな事ないでしょう?少なくとも、20代半ばの男が一人、恋人にしたいって選んだ女なのよ。もっと自信持ちなさいよ!」

今喝を入れられても、あまり響かない。私の声が上がって来ないから、紅愛が質問を変えた。

「で、どうだったの?その龍君って男は。ダメ男?それとも見込みアリ?」

「う~ん・・・。色々考えてたら、訳わかんなくなっちゃった」

電話の向こうで、紅愛が指をパチンと鳴らした。

「よし!じゃ、一個ずつ確認してこう」

私は駅前の雑踏から少し離れて、人気の少ない角に寄り掛かった。

「まず肝心なのは、二股疑惑だよね?どうだった?」

「それは・・・別れたらしい」

「理由も聞いた?」

「うん」

「納得できた?それとも、嘘っぽい?」

「・・・嘘では・・・ないと思う」

「ふ~ん・・・」

紅愛の相槌から、それを鵜呑みにしてないのが分かる。でもきっと、その位慎重にならないといけないんだとも思うから、その反応も理解は出来る。

「じゃ、一緒に居て、他に気になった事あった?」

「・・・・・・」

「あ~やさぁ、好きな人と久々のデートで浮かれちゃって、若い男にぽわ~んとしちゃってたんじゃないでしょうねぇ」

「違うって!そんなんじゃないから」

「じゃ、冷静に彼を判断できたって言える?」

「常に冷静では居たけど、考えすぎて もう良くわからなくなっちゃったの」

少し考えた挙句、紅愛が別の質問をする。

「分かった!じゃ、直感で決めよう。彼と一緒にいて楽しかった?それとも疲れた?」

私の頭の中で、朝からのお隣さんとのデートが再生される。

「楽しかったけどさぁ・・・彼女と別れたからって、そんなに気持ちすぐに切り替えられるもの?それにさ・・・彼長男なの。兄弟男一人だから跡継ぎだろうし・・・出産の事考えたら、私だって段々可能性低いし・・・。跡継ぎの嫁には相応しくないと思うんだよね。それに、こんな歳上の私、ご両親が認めてくれるとは思えない。ま、それ以前に彼にも申し訳ないし。だって彼が仕事でステップアップしたい40代、私いくつだと思う?」

不安に思っていた事を一気に吐き出したら、紅愛が電話の向こうで暫く黙っているから、余計に不安が募ってくる。

「もしもし?紅愛?聞こえてる?」

すると紅愛は、薄ら笑いしながら返事をした。

「随分先の事まで想像しちゃってんだ?」

その一言で、ふと我に返る。急に顔が熱くなるのが分かる。

「ねぇ、今って、プロポーズされて返事迷ってるんだっけ?」

私は頭を掻きむしりたい思いでいっぱいになる。

「あ~、違う違う!そうそう。私の勝手な妄想だけど、だけど・・・っ」

言い訳をしたい気持ちはいっぱいある。いっぱいあるけれど、自分を弁護して恥ずかしさを紛らわす言葉は何一つ浮かんではこない。すると、紅愛の方がなだめる様な声を出してくる。

「わかるよ~。わかるわかる。私達位の歳になるとさぁ、好きだからってだけで付き合ったり別れたりってしにくくなるもんね。あ~やの言う通り、先の事まで考えて、この恋に踏み出していいのかって慎重になるの、わかるよ。当然だよ」

そんな風に言われると、余計に恥ずかしいものだ。しかもお隣さんは、付き合う事を前提にこれからもデートして下さい、としか言ってない。むしろ、今日はそのイエスかノーかの答えを出せばいいだけだ。結婚の“け”の字も出されていない。それなのに私は勝手に先走って、あれこれ悩んでいるんだ。きっと前の時もそうやって、勝手に結婚に向けて自分のイメージを膨らませて相手に重くのしかかっていったんだ。私は後悔や反省ばかりして、何も学んでいないんだな・・・。

「またやっちゃうとこだった。ありがと、紅愛」

今にも用事が済んで電話を切りそうな雰囲気を察知した紅愛が、電話の向こうで大きな声を出した。

「ちょ~っ!ちょっと待って!あ~や。で?どうすんの?返事」

「断るよ」

「どうして?!」

あまりの大きな声に、思わず私は電話を耳から少し離した。

「だって・・・。また同じ失敗するとこだったんだよ、私」

「同じじゃない!全然、同じじゃない!世の中、同じ様な考え方の男ばっかりじゃないでしょ?束縛を嫌う男もいれば、束縛したがる男もいる。ね?!」

最後の『ね?!』が『それくらい理解できるでしょ?』と言われてる様に聞こえる。私が大きな溜め息を一つ吐くと、紅愛が再び元気な声を出す。

「よし!じゃ、答えは私が決める。それで失敗したら、ぜ~んぶ私のせいにしていいから」

「は?!」

「お付き合いする事を前提に、これからもまた一緒に出掛けて下さいって、今日必ず返事する事!いい?分かった?」

「・・・・・・」

「まだスタートしてないんだよ。いくらでも途中でやめられるの。わかる?」

「・・・・・・」

「何でも“一週間無料お試し”とかってあるでしょ?あれと同じよ。あれには皆軽い気持ちで飛びつくでしょ?使ってみて納得いかなかった場合返品可能!とかさ。まずは使ってみて下さいって、よくCMでやってるじゃない。あれよ、あれ」

通販の商品と同じ様にお隣さんとの事を考えるのは少し抵抗があるが、例えが正直分かりやすい。その上説得されつつある自分がいる。


 お隣さんと駅で別れてから、本当なら一時間程で帰宅できるところ、寄り道して時間を潰しながら3時間遅れでマンションに帰る。紅愛に言われた返事を、自分から連絡をして言わなくてはならない。分かっているのに、正直気持ちが重たい。自分からお願いをするみたいで、正直気が引ける。でもそれも、あの場で答えを出し渋った私自身のせいだ。何度も携帯を手に取るが、なかなか指が動かない。しかも、夕方『先に帰ります』と送ろうとしたメッセージがそのまま残っていたから、あの時の逃げ出したい気持ちまで蘇ってきて、私の心に必死でブレーキを掛けてくる。葛藤している内に、無情にも時計の針は12時を回ってしまう。

その時手に持っていた携帯が着信を知らせて鳴った。・・・お隣さんだ。出るかすら迷う。だけど『夜、お返事します』と自分から言った約束を破る訳にはいかないと心で囁く律儀な自分が、その背中を押した。

「ごめんなさい。私から連絡しなくちゃいけなかったのに」

「いえ。・・・まだ起きてました?」

「・・・はい」

一瞬変な空気が二人の間を通り過ぎるが、それが立ち込める前にお隣さんが会話を繋いだ。

「今日は、楽しかったです。ありがとうございました」

「あ・・・はい。こちらこそ」

「お友達・・・大丈夫でした?」

「あ・・・はい。全然」

私がついたあの嘘を、お隣さんは信じたのだろうか?それとも騙されたふりをしてくれてるのだろうか・・・。

「もう遅いので・・・用件だけ簡潔に聞きます」

私の心臓が縮こまっていくのが分かる。

「帰り際にも言った様に、これからも又一緒にデートしてもらえませんか?その中から僕って人間を判断して、亜弥さんにとって僕が男としてアリか無しか決めて下さい」

「・・・はい」

「・・・・・・」

『はい』のタイミングが悪すぎて、相槌みたいになってしまった。だから当然、明らかに返事待ちをしているであろう沈黙が二人の間に現れた。

「・・・え?」

私が戸惑い気味に そう声を漏らして、お隣さんの無反応の意味を確認する。

「あ、だから、亜弥さんの返事を聞かせて下さい」

「はい」

「・・・・・・」

あれ?また訪れる無言の間に、急に不安が押し寄せてくる。

「え?もしかして、その『はい』って、イエスの『はい』ですか?それとも相槌の『はい』ですか?」

「あ、いえ・・・。『はい』の『はい』です」

可笑しい。日本語まで変になっている。だけどお隣さんには ようやく伝わった様で、明るい声が返ってくる。

「又デートしてくれるんですね。ありがとうございます!」

お隣さんなりに緊張していたんだろうか。電話の向こうで小さく安堵の溜め息が漏れたのを、私の耳がキャッチした。

「じゃ、今度の週末、どっちか空けといて下さい」

「・・・はい」

「あっ!あと、朝一緒に行きませんか?」

お友達としてだけど、またデート位ならしてもいいと言っただけなのに、グイグイ押してくる。確か元カノにベランダで告白してOKもらった時も、この人こうだったなぁと頭の片隅で考える。だけど、こうやってグイグイ押される感じ、嫌いじゃない。むしろ・・・嬉しい。私の中のここ最近分泌されていなかったドーパミンが、急に活性化している。脳は単純だ。いや、私が単純な生き物なんだ。


 こういう流れになると、一つ大きな疑問が生まれてくる。果たして私は、引っ越す必要があるんだろうか?だけど、もう契約書も交わしてしまったし、引っ越し業者も頼んでしまっている。後戻りは出来ないのだ。ついこの間まで、早く出なくちゃと慌てていたのに、今となっては引っ越し自体気乗りしない状況だ。つくづく間の悪い自分を恨むのだった


 心晴れやか 快晴!とはいかない気持ちで、朝の駅までの道をお隣さんとご一緒する。そして改札を入った所で、いつもの爽やかな笑顔をこちらに向けて手を振るお隣さん。彼の人懐っこい笑顔には 人の懐に自然と入れる力が備わっている様に思う。

「じゃ お互い、今日も仕事頑張りましょう」

そう言われて別々の電車に乗る。何故か満員電車が苦にならない。そんな朝だった。

 

 会社ではいつも通りの日常が待っているが、この間から妙な視線を感じてならない。浅見との関係を疑われる様な事何一つないのに、若い子達は、会社で楽しい話題に飢えているからだろうか?会社の上司との飲み会等という義理の付き合いは一切しないくせに、他人のゴシップには飛びつくなんて・・・変なものだ。周りなんて興味ない“我関せず”って訳でもないらしい。

 まぁだけど、私はそんな噂に翻弄されるのだけはやめよう。きっとこれもあと少しの間だけの事だ。浅見がここから居なくなれば、嘘みたいに皆忘れてくれるに違いない。

 それにしても、浅見と食事に行った回数よりも遥かに 課長に誘われて付き合った回数の方が圧倒的に多いのに、誰も私と課長の仲は疑わなかった。それは単に、課長と浅見部長の醸し出す雰囲気や見た目で判断しているんだ。そう考えると、何という浅はかな先入観だ。可笑しくて笑ってしまいそうな程滑稽なものだ。


 書類を持って経理部に向かう為エレベーター待ちをしていると、そこへ噂の浅見が登場する。

「おう!お疲れ」

「お疲れ様です」

浅見はにっこり微笑んで質問してくる。

「マンション購入の方は、順調に進んでる?」

「あ・・・はい。まぁ」

「あれ?なんだか弱気な声だねぇ」

「又迷いが出ちゃって・・・。私優柔不断で、嫌になっちゃいますね」

「一人でする、おっきな買い物だもんね」

私は周りに誰もいない事を確認してから、質問をした。

「部長の方は・・・少し落ち着かれましたか?」

浅見はそれを聞いてはははと笑ってみせた。

「寂しさと後悔は仕方ないね、今更。あとは いつか時間が解決してくれるのかな・・・」

ここで分かった様な相槌は失礼だ。だからって労うのもなんか違う気がする。こんな時にどんな言葉を掛けたらいいかも分からない自分が、つくづく嫌になる。

「竹下さんまで暗い顔しないでよ~。ね?あっ、そうだ。今夜予定空いてる?良かったら飯行こうよ」

「無理なさらないで下さい」

浅見は再びはははと笑った。

「そうじゃないよ。一人で食う晩飯なんて慣れてる筈なのに、最近ね。妙にわびしく感じちゃって」

後ろに気配を感じて振り向くと、そこには同じ総務課の小林が立っていた。先日から一番二人の仲を疑っている人物だ。しかし、浅見はそんな事お構いなしだ。

「じゃ、今日も慰めてよ」

少し小声で言った浅見の言葉に、私はどう答えていいか分からずにいると、エレベーターが開く。

「どうぞ」

浅見がにっこり笑ってレディファーストに私を扱う。

「あ、いえ、部長先にどうぞ」

すると浅見が後ろで待っていた小林の存在に気付き、同じ笑顔を向けた。

「さぁさ、小林さんもどうぞ」

当然三人で乗り込んだエレベーターは気まずい。しかし、そう思っているのは私と小林だけだ。浅見は一階下で止まったエレベーターを、爽やかに降りて行ったのだった。

再び閉まったドアの中に残った小林が私に小声で言った。

「すみません。変なところに相乗りしちゃって・・・」

「え?!なんで?そんな事全然ないって・・・」

また し~んと沈黙の時間だ。溜め息もつけぬ空気に ひたすら時間が過ぎるのを待っていると、小林が少しからかう様に笑いながら言った。

「今夜はどんな風に慰めるんですか?」

「え?!」

「いえいえ、すみません。つい・・・」

「・・・あのさっ」

その時、タイムアウトとなる。開いたドアから颯爽と降りて行く小林の後ろ姿を見ながら、私は言いそびれた誤解を解く言葉達を、口の中で持て余して 飲み込んだ。


 5時を回ると、気のせいか小林の視線を感じる。だから私は誰よりも先に荷物を持って立ち上がった。

「お先、失礼します。お疲れ様でした」

こんな事したって、浅見と時間差で会社を出て待ち合わせしてるって疑おうと思えば、幾らでも疑えてしまう。だから本当なら、面と向かってきっぱり否定しておかないと、きっと意味はない。だけど・・・他人と気持ちがぶつかり合うのが苦手な私は、つい向き合うのを避ける悪い癖がある。嫌な事を先延ばしにする・・・それはまるで、夏休みの宿題を最後まで残している小学生と同じだ。今ほど、思った事をポンポンと言える潔さが欲しいと思った事はない。私は会社を出ると同時に、鉛の様なずっしりと重たい溜め息を吐いた。


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