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09 灰の老人

 09



  ***




 その戦闘は、一秒間に数十撃が炸裂する攻防戦だった。

 聖剣から火花が散り、あり得ないことに――――ときどき〝消える〟。


 あまりの早さに剣線が消失してしまっているのだ。《魔族羊シプレ・ケローン》が圧倒される。タフな体力を持つ〝洞窟の魔族〟は、それでも立ち上がり、一撃必殺の角を突き出してくるが―――。

 損じられないことに、老人はそれを正面から受け止め、『素の力』で上から叩き伏せてしまった。洞窟を轟音が支配し、『パラパラ……』と天井から砕けた結晶の破片が落ちてくる。


「―――ぬ、うああああああああああああああ!!!」


 切り払った。回転斬りした。

 あれだけの大きさの《魔族羊シプレ・ケローン》を、引きずりながら剣で掬い上げ、洞窟の壁に叩きつけてしまった。


 ―――凄まじい剣技だった。魔物は片方の角を砕かれる。……しかし、魔物も黙っておらず、一瞬で距離を詰めて老人に『反撃』していた。『キュエエエエエエエ――――!!!』と怪鳥のような叫びが響き渡る。


 だが、老人はその一瞬で詰めた距離を、またいとも容易く《大剣》で打ち返していた。洞窟に絶え間ない轟音が響き、魔物が球技ボールのように何度も往復する。あまりの一瞬の出来事だった。


(…………す、っっごい)


 僕は、呆然と目を見開いていた。

 老人のめくれた『冒険者服』の袖のところから、筋肉隆々の腕が見えた。


 …………なんだこれ。

 …………なんなんだ、この戦いは。


 初めて見た。化物同士のぶつかり合いである。《魔族羊シプレ・ケローン》も、ただでは終わらない。爪を伸ばしてくる。吹き飛ばそうとする老人にしがみついた。背中を切りつける。

 ―――が、


「―――甘い、のう」

『!!!』


 ニヤと、その砂煙の下。

 老人が《魔族羊シプレ・ケローン》の爪を、《聖大剣クレイモア》で防いでいた。盾のように挟んでいる。

 いつの間にか剣を後ろに回していた。マントのようになった背中のボロ布の包みが、その存在を巧妙に隠していた。


 それが、一瞬。

 見えたのはそこまでだった。また見えない速度で回転した老人が『ふんぬあああああああああ!!!』と弾き。その大剣で、魔物を洞窟の地面に叩きつける。《魔族羊シプレ・ケローン》が、それで蹴散らされ。そして狙いの矛先が、僕のところに向かっていた。


「―――、分かっておるな? 《冒険者》」

「……っ、」


「キエェェェエェェ―――!!」


 《三者》の呼吸が交差し、そして老人が言い放った。


 僕は、《聖剣》を引き抜いた。


 戦っていた。―――回転し、振りかぶった。動きに完璧に合わせた。

 ……それは冒険者として、僕の体の芯に染みついている本能の部分だった。いや、寮母さんとの修行か。

 魔物が突撃してくる―――その一撃を横からいなし、老人が的確に突いてきた、その急所を狙う。


 ―――魔物を、僕は正面から受ける。

 だが、魔物は今までにないほど――弱っていた!



 ―――一撃。

 僕は叩き込む。〝魔物〟のバランスを崩させ、地面に膝をつかせる。……まだだ、まだ威力を殺し切れていない。さらに踏み込み。もう一度地面を蹴りつけ、そして弾くように切り上げる。


「―――――う、あああ、あああああああああああああああああ――――ッ!!」

「キュエエ、エエエェェェエェェ―――!!」



 そして、影と影が交差した。




「…………うむ。見事」


 …………老人が言ったときには。


 それが、トドメとなって。魔物が崩れ落ちた。

 尋常な相手ではなかった。振り返って見ても、その巨体さに呆然とさせられる。…………こんなの、《魔物の森》で戦った、《グリム・ベアー》以来だった。ぜえ、ぜえ。と肩で息をする僕は、老人を見ていた。


 …………きっと僕単独で挑んでも勝てなかった。たぶん、逃げ切ることすら―――怪しかったに違いない。そんな強大で、恐ろしい魔物は、老人によって『角』すら切断されていた。



 ―――〝無強化〟である。

 確認したいが、その老人には精霊なんてついていない。ただの聖剣一本だけで行ったことだ。

 魔物が倒れた後に、『ごろり』と何かが転がる。見る。

 それは、



「―――美しき、緑原石マラカイトの鉱石。伝説通り、《魔族羊シプレ・ケローン》が所有していたか」


「…………え?」


 老人が膝をかがめ、拾っていた。僕に見せてくる。


「魔物が守りし。緑原石マラカイト――この洞窟の主が、好むのじゃよ。一説には、それを守るために、侵入者を撃退すると言われておるが」


「……そ、そうなんですか?」


「うむ。これは、お主が持つとよい。相応しい主が持ってこそ、価値のあるものじゃろう」


 そう老人は語っていた。

 洞窟の奥では、そうと知らずに向かった冒険者一行が『ぎゃあああああー――っっ』『ま、まだ魔物がいやがったあああ!』と。群れに襲われた声が響いてくる。絶叫が遠く、『まあ、手痛い勉強料になるじゃろうが』と老人は肩をすくめていた。別人の顔で微笑む。


「…………あの。あなたは」

「ああ。わしか。わしはな」


 老人が初めて気づいたように、『そうじゃのう』と頷いたときだった。洞窟の入口から足音が響いてくる。不釣り合いなほど綺麗な服の上級冒険者が現われた。


「ご老―――ハザード様!! ここにおられましたか!」


「……え?」


「なぜ。学院の上層にいらっしゃりながら、このような下のほうまで下りてこられるのですか!!? 皆、心配しておりましたぞ。なにゆえ、《灰の冒険者》―――〝第九位〟様ともあろうお方が、このような場所に身を投じられるのですか!」


(………………げ。)


 その言葉を聞いて、僕の肌が粟立った。

 ……だ、だい九位……??? 魔物どころではない。目の前にいた《怪物》の正体が、分かったからである。



 …………『最上位冒険者ランカー』じゃないか。


 しかも、《Aランク》。いや、ただのAランクではない。―――『最上位ランカーの一角』なのである。


 この島には、序列というものがある。

 はるか雲の上の話。《剣島都市サルヴァス》の定められたシステムで―――《ランクの塔》と呼ばれるその人物の中に、『第一位』から始まる冒険者たちがいた。誰しもが周辺諸国で『伝説の戦い』の主人公となっており、伝承話、物語は、僕のような底辺冒険者でも聞かされてきた。


 ―――この人物は、〝第九位のハザード〟。


 たった一人で某王国に押し寄せた魔物の〝最上位ゴブリン集団〟を一夜で壊滅させた伝説を持つ。

 その感謝と、そして同じ年の国王との親交で、国王の〝外戚扱い〟〝一生の親友〟となった老人である。

 …………《剣島都市サルヴァス》の内部でも、その影響力は大きい。

 その資金源は豊かで、冒険者たちの人脈は広く、そして何より―――〝慧眼けいがん〟を備え合わせており、独自の人物評価によって多くの後継者たちを育て上げてきた。中でも、有名なのが、


「上位陣――《第五位》のララ様も心配されております。至急、《剣島都市サルヴァス》の上層階へとお戻りください」


「…………むう。面倒くさいですのう」


 老人は、ボリボリ。

 それをとても嫌そうにして、白い髪をかきむしっていた。その動きに合わせて、後ろのテール髪が揺れる。


「あ、あの……お爺さん」

「む。黙っていて、すまなかったのう。冒険者。――しかし、一緒に《魔族羊シプレ・ケローン》と戦えたことは良かったわい」


 紛れもなく―――絶対の《強者》に君臨する、一人であり。

 僕の憧れる、通称・〝第六位様〟―――あのセルアニア王国の剣の英雄・ララさんの師匠と呼ばれるその人だった。唖然としている僕に老人は『うむ』と微笑み、『楽しかったのう』と。弟子を諭すように、優しく語っていたのだった。


 老人を迎えにきた冒険者が差し出す、某王国の『外戚の羽織り』に袖を通していた。それだけで、言いようのない荘厳な威容をたたえる。


「……なんで。あんな食事店に……?」


「うむ。いつも同じメンバーで旅をしているよりも。よほど刺激的なことが溢れているからのう。

 わしはこの大陸。冒険が好きじゃ。世界で、〝宝〟を探すのも好きじゃ。色んな宝がある。もっと複雑なダンジョン迷宮がある。…………じゃが、いくつになっても、何十年経っても『それ』は愛おしい。まだ、未知なる発見がある。驚きに満ちておる」


「…………」


「――じゃから、ワシは――この《島》が好きじゃ。そして《冒険》も好きじゃ。《冒険者》。お前さんは、どうかのう?」


 そう、老人が問いかける。

 《《剣島都市サルヴァス》上層階》に相応しい威厳を備えた姿だったが、しかし、その顔はいつまでたっても童心を忘れない、子供のようだった。瞳を輝かせ、僕に問いかけてくる。

 ……だから。


「…………はいっ。大好きです」


「カッカーッ! そう言ってくれると思ったわい。

 また会おう。《冒険者》。…………お主の冒険が、いずれ実を結ばんことを。もし念願叶ったら、この〝灰の老兵〟を訪ねてくるといい。いずれ、昔話に花を咲かせようぞ。――なに、老人は、昔語りが好きじゃからな」


 その老人が外の王国のマントを翻し、去る。そして一礼した騎士のような冒険者も続く。…………僕は、圧倒されてそれらを見送っていた。

 もらった『緑原石マラカイト』を握りしめ。その姿と。白色の髪が消えるのを、いつまでも、いつまでも、見送っていた。




 ―――《冒険者》とは。


 それを、思う。

 ――最上位の階層。《剣島都市サルヴァス》の最上位ランカーなんて、手が届かないと思っていた。いや、実際にその戦いを現実の目で見て、そして過ごし、『これに上位精霊の力が加わったら……』と戦慄する思いもある。


 しかし。

 その、はるかに雲の上の存在も、〝人〟であるのだ。


 …………どんな、冒険者でも。

 …………たとえ、伝説上の、偉人であったとしても。


 それは現実に存在し、物語の中だけの存在ではない。触れれば、触れられる存在としている。『聖誕祭』――遙か昔の英雄は確かに、伝承物語の本の中の〝おとぎ話〟の人物である。だが。《剣島都市サルヴァス》の、その上位ランカーたちは……。


 …………いる。

 そこにいる。絵本の中だけの人物ではない。


 確かに、そこに存在し、僕らと同じ空気を吸っている。《洞窟》などを探索しているのだ。冒険を面白いとも感じるし、喜怒哀楽だってあるし、話しもするし、食事だってとる。


 だから。

 ………だから、僕は。


 胸が熱くなる。

 今まで、幻想だとしか思えなかったものに、近づく。

 …………。僕にとっての理想の冒険者・師匠の寮母さんの姿があるように。《剣島都市サルヴァス》の街中でも。また、多くの理想が渦巻いている。―――それぞれの運命を託す《冒険者》たちがいるのだ。



 ―――ランク構造の《塔》。《剣島都市サルヴァス》。

 その中にいる冒険者たち。上級ランカーたちがいる。あんなにもすごい。あんなにも、熱い。


 だったら、いつか。僕も――。

 手の中で、鉱石を握りしめた。



 ……原石は、熱く脈打っているような気がした。





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