08 迷宮の怪物
08
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「ぬおおおお―――っ」
「キュエエエエエ!!」
冷たい洞窟で、僕は叫んでいた。
《魔族羊》と斬り結んでいた。
僕は老人に言いはなっていた。答えた。『そんな冒険―――精霊は喜ばない』と。
剣を握りしめる。
誰かを陥れる冒険なんて―――〝僕ら〟の冒険じゃない。
断言できる。
誰かを出し抜き、格上の魔物を押しつけ…………たとえ、こちらに《原石を手に入れられる恩恵》があったとしても、それはしない。
洞窟の奥の地形を利用して、誰かが貶め。罠にかけたりしない。たとえ見捨てられたとしても。それで、僕までが染まったりしない。
だから、拳を握りしめる。
―――愚かだろうが。なんと呼ばれようが。正々堂々と戦う。
魔物を倒す。それでこそ――手に入れた『原石』なんだ。
……それが、僕の冒険なんだ。
「…………………………、ほう」
「僕は戦います。……ご老人。
だから、今のうちに逃げてください。
――正直。僕なんて冒険のことがちっとも分かっていない若造です。『駆け引き』なんて、知らない。……だけど、そんな駆け出しの冒険者が、譲りたくないものが一つだけあるんです」
「…………」
「掴みたい冒険があるから。手に入れたい、『景色』があるから――僕は戦うんです。あの子を学生寮から連れ出して、―――今まで見てなかった『景色』を見せてやる義務が、《冒険者》にはある」
―――《聖誕祭》だからこそ。
いや、こんな特別な刻だからこそ。
僕は思えるのだった。
冒険者つかみ取る景色。それは、この先も、もっと、もっと鮮やかに存在している。
…………きっと、見せてやる。
汚い手段ではなく。正々堂々と―――《上級冒険者》になって。だッ!
「…………………………………………………………、ふむ」
老人は、静かに瞳を閉じていた。
わずか一瞬。―――ほんの、呼吸一つ分の戦場で。その衝撃に耐えるように息を漏らすと、『……なるほど』と。呟いた。
瞳を、開く。
今まで細められ、眠そうだった瞳が―――〝覚醒〟する。
「………………見事なり」
「え」
「誇るといい。どの冒険者にも負けぬ―――それが、お主の立派な冒険じゃ。セルアニアの〝英雄〟に肩を並べる――強い子じゃ」
老人は言った。
そして、何かが吹き荒れた。
「……………………、え?」
一瞬。
僕の横で、何かが吹き抜けていった。
そして、目の前。《魔族羊》の――――右腕が飛んでいた。
(……え?)
経験値の放流――――そう、魔力の光が結晶の洞窟に渦巻き、そして次々と吸い込まれていく。そう、ここは〝魔力・無効〟の力場が渦巻いているダンジョン。その洞窟。魔物の切り落とされた部位からこぼれる魔力すら、容赦なく吸収してゆく。
…………だが、これは?
…………この現象を、引き起こしたものは、なんだ……?
「―――『その聖剣の業は、風のように。しなやかな剣技は水のように。心は、麗しき緑のように』――」
「…………な、」
老人が。
老人が、――その『剣法』を――口ずさんでいた。
回転斬りをする。剣の暴風が吹き荒れ、洞窟ですれ違いながら『掬い上げた』―――。僕の目で追えたのは、そこまでだった。
直後。『――――キュエエエエエエエエエエ―――ッッ!!』と魔物の声が洞窟に反響している。《魔族羊》が、地に屈服した。無数に切り傷を受けて。
…………なんだ。
いったい、なんだったか。それは。
戦いが迫る緊張の瞬間で。まるで歌うように―――そっと老人は口ずさむ。驚くほど、優しく、荒々しい剣技を披見しながら。
……誰かが言っていた。誰だ。……そうだ。思い出す。
(―――確か、寮母さんに。前に聞いた、《外の王国で活躍したときの、ある聖剣使い口癖》―――)
老人は洞窟を移動し、それを振り上げる。
背中の『布』が、遅れてこぼれ落ちるようにとれていた。背負っていたものの正体が明らかになる。豪華な装飾がされたそれは―――《大聖剣》であった。青色の装飾、《剣島都市》の竜の紋章。―――金色の縁。
ボロボロの衣服の上には、はるかに不釣り合いなほどの、荘厳な聖剣が現われていた。老人は解放する。かがみ込み、振り上げながら使う。《魔物》の反撃と切り結ぶ。自身が回転しながら、洞窟を渡ゆく。
(……た、大剣だと……?)
僕は驚く。
それを持っている冒険者は多くはない。なにせ、扱いの難しさと。決定打に『魔物』との相性が悪い。なにせ―――〝使い回し〟と〝回転の速さ〟が普通の剣と違うからだ。
だが、当てれば。それこそ―――最強の武器となる。
絶対に外さない、一撃必殺の〝英雄の武器〟となる。
老人は、静かに構えていた。
「我が名は、冒険者ハザード。〝灰の老兵〟―――ハザードなり。駆け出しの冒険者よ、―――オヌシの前途、わしが切り開こう」