07 迷宮の罠
07
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「のわああああああ――――っっ!?」
僕らは、洞窟を絶賛・逃げ回っていた。
まさかこんな事態になるとは思わない。全力で振り切るように走って――それから、待ち伏せして魔物を相手に斬り結んでいた。老人を逃がす時間を稼ぐためだ。回転斬りを加えた。
だが、
「――っっ、き、きいてねえ!?」
「ギュエエエエエエエ!!!」
《魔族羊》は、とんでもない強さだった。
……これ、ひょっとしてヤバくない? 冒険者として《聖剣強化》した状態でも、ひょっとして負けがありえたんじゃない? そんな予感を覚えてしまう魔物であった。
僕は〝ダメージ〟を与えられない一撃を叩き込んでから、離脱する。
「―――お爺さん! しっかり、つかまっていてください! 逃げますよ!」
「ほい、ほい」
ぬおおおおお―――っ。と咆吼して駆け抜ける。
結晶の洞窟には、他にも《魔物》がいるはずだった。――だが、《魔族羊》の不気味な悲鳴が響くと、影をひそめて出てこなかった。魔物は僕の後ろを『爪』を振りかぶって追いかけてくる。
僕はお爺ちゃんをつかんで逃げていた。…………というか、風圧と勢いに浮くように老人がつかまっていた。
…………だが、その逃走劇も、もう終わろうとしている。
僕らの目の前に、洞窟の『壁』が現われたのだ。
ピタリと足を止め、周囲を見渡す。…………壁、壁、壁。どうやら、行き止まりにきてしまったらしい。
「……くそ」
―――まずい。
吐き捨てる。『原石』を求めて奥まできたが、もうこれ以上は…………限界みたいだった。
かくなる上は、この老人だけでも逃がし。僕だけが、この場に踏みとどまって戦うしかない。呼吸を落ち着け、考える。―――《魔族羊》の攻撃は……耐えられて、三回。
僕は、構えを取る。
「ふむう。魔物は―――上位の攻撃力を持つ、《魔族羊》。
こちらは精霊のステータス強化を封じられており、そして地形は――彼らの得意な洞窟の内部。ワシらは知らぬのに、彼らは熟知しておる。……む、これはひょっとして!」
「な、何か分かったんですか……!? お爺さん!」
「絶体絶命、というやつではないですかのう!!?」
「―――んなこと、言われなくても分かってますよ!!!!」
僕は手をわななかせて、告げる。
…………言われなくても分かっている! だからこそ、こうやって僕が頑張って踏みとどまろうとして。戦う決心をつけたのではないか。
正直、僕だって怖い。《魔族羊》なんて強い魔物と戦いたくない。《剣島都市》学院の授業でも、『出会ったら、逃げるように』なんて教えられていた魔物だった。
…………だが。
「お爺さん。このままでは、終わってしまいます。…………僕が時間を稼ぎます。なんとか、ここから逃げ延びてください」
「ほう。…………やはり、厳しいですかのう?」
―――厳しいだろう。
僕はチラと、追いかけてきている《魔族羊》を見る。……この状況は、最悪と言わねばならない。
僕は真剣な顔に戻っていた。
――押しつけられた。
それだけが、この状況に相応しい言葉だった。あの冒険者たちは先に向かっている。うかつだった。言い訳のしようがない。
《魔族羊》のいる洞窟で、もっと慎重に行動していたら、この事態は避けられたかもしれないのに。
―――剣が通じない。
この洞窟から、生き延びれることから考えねばならなかった。
そして、
「ほう、ほう。……じゃが、なんで。どうして……冒険者様は、こんなよぼよぼの薄汚いジジを助けるので? 見捨てて、餌に、さっさと逃げてしまえばいいものを」
「…………それは。僕の冒険があるから」
僕は思った。
―――もともと。この結晶の洞穴には、『精霊』への贈り物を求めてきた。
……それが、冒険することしかできない〝僕〟にやれる、唯一だと思ったから。先ほどの洞窟での老人の言葉で思い出していた。…………だが、それでも、麓の食事店で見たような冒険者たちや、相手を出し抜くために競う冒険者もいる。
――そうだ。冒険者たちは、〝競争相手〟なのだから。
間違っちゃいない。
……何も、間違っちゃいないんだ。
………………でも。
だからこそ、『やる』か『やらない』かを決める権利は僕にある。
僕は思い出していた。精霊の顔が浮かんだ。……そんな冒険をして、喜ぶわけがない。
悲しむだろう。その顔が見えた気がした。
……だったら。
僕は、剣を握りしめた。