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06 老人と迷宮

 06




  ***



 ……そして、そんな『マスター』たちは。

 ―――とぼとぼ、情けない足取りで洞窟の通路を歩いていた。


 僕らはずっと逃げ惑っていて、ようやく魔物『ゴブリン』たちを振り切っていた。もう追いかけてくる気配はない。老人の案内で、洞窟を進んでいた。



(…………いやぁ、しかし。どうなんだろう?)


 ……そして、考える。

 …………ものすご~く。考えてしまう。


 僕の冒険は、少しでもマシになっただろうか。

 肩を落として歩く。僕の予想する『知恵の出し合い、協力し合い』とはこんなはずじゃあなかったが……。むしろ、もっと泥沼になったような。


 しかし。

 洞窟の最奥部にも近づいているのは事実だったし、《魔物》を倒せてはいないとはいえ、《二人》いることで狙いは分散できている。着実に奥には進めているのである。老人の道案内のおかげだった。

 …………作戦は、一応は効果がある……のかな。

 そう思うには、少し疑問ではあったが。


「……おかしいのぅ。おかしいですのう」

「………………何がですか、ご老人」


 隣でブツブツ呟いている老人に、僕は《燭台灯カンテラ》越しに見上げる。


「冒険の剣ですじゃ。――《聖剣》が使えませんから、こうやって《鉄の剣》で戦っていましたがのう。失敗しましたかのう。どうも、使い勝手が悪いようじゃ。……大雑把に買いすぎたせいかのう」

「し、しっかりしてくださいよ……」


 ……そりゃあ、使い勝手も悪いというものである。

 僕は思う。

 冒険は剣の強さが命。大雑把に買っては苦労もするのである。


 もし《魔物》に囲まれたとき、その剣一本が突破口になる。《魔物》は待ってくれないし……そもそも、こんな洞窟の最奥部から、老人はどうやって単身で帰還したのだろう。


(…………まぁ、それでもこのお爺さんが、一人で突き進んで大けがするよりもいいけどさ)


 僕は思う。

 この調子で『ほい、ほい』と老人が洞窟を突き進んだ光景を想像する。……ちょっと楽観的みたいだし、《魔物》に囲まれる光景を思い浮かべて、身震いした。……こんなところで、冒険者が命を落とすなんて。


 ……だったら、まあ。

 僕がこうやって一緒に冒険して、《冒険の囮》になるくらい、いいのかぁ。なんて思ったりして歩く。


「ちなみに、お爺さん。その背中のボロ布の包みは……?」

「む。万一の時の、お守りですじゃ。任せて欲しいのですのう。『ぴんち』には助けますわいのう。大船に乗ったつもりで」


「………そ。それは、それは」


 ……頼もしい話である。

 僕は肩を落とす。


 ……幸い、今のところ《冒険者》として魔物に絶望的な戦いはしていない。立ち回れているほうだと思う。

 〝勝ち〟はしていないけど、負けもしていない、といったところだ。《魔族羊シプレ・ケローン》が出てくるまで、この調子でなら進めるだろう。あの魔物は、さらに強い。


(……まぁ、それも《最奥部》。この入り組んだ迷路みたいな結晶洞穴で、最深部まで迷わずに進めたらの話しなんだけどね)


 そう思い、ちょっと肩を落とすのである。

 すると、


「ときに。冒険者。あなた様は、どんな目的があっての《洞窟探索》をしておられるのですかのう?」

「……え?」


「何か、譲れない目標がありそうですのう。横顔を見ていたら分かりますのう」


 老人が横で肩を並べて歩き、問いかけてくる。

『……それは』と。僕が一瞬言葉に詰まり。考えて、再び口を開こうとした。精霊の顔がちらついた。なんだか、長い間、暗い洞窟にばかり潜っていた気もするが、ふと持ち帰りたいあの子の顔が浮かび、それから《白竜の季節》にかけた想いを思いだした。

 ……そうだ。

 僕には、戦う目的があったのだ。


 それを。感情とともに、思い出した。


 と。その時。急に前に目の前の景色が開けた。――《燭台灯カンテラ》が青、緑といった結晶の原石を照らす。そのキラキラが一層強くなる。


 ―――到着したのだ。

 僕は目を瞠る。――《ダンジョン洞窟》の最奥部であった。



「…………え? まさか……こんなに早く」

「着きましたのう」


 老人が、《燭台灯カンテラ》を持ち上げる。

 それは…………この短くも、入り組んだ《ステータス無強化》の洞窟の最奥部だった。

 あり得ない。そんな早さである。

 《魔物》との〝遭遇率エンカウント〟、ほぼ一度。それも運悪くゴブリンに見つかっただけであり、厄介だったけど、それ以上の魔物とは出会わなかった。…………でも、なんで?


「たまたま、運が良かったみたいですじゃのう。普段から、コツコツ善いことはしておくものですじゃのう。《熾火の生命樹フレア・ユグドラシル》の神様は、見ていてくれたのですじゃろうのう」


 …………ほ、本当に……だろうか?

 僕は思う。唖然とする。出来過ぎなくらい順調である。老人の案内。足取りに従って、ただ夢中で魔物から逃げていたのに。なんだか、無理矢理にでも最短できたような……そんな違和感すらある。

 だが、老人が言うのだから、それが事実……なのだろう。


 そして僕らは、洞窟の奥の《緑原石マラカイト》を探すため。さらに濃い緑色の結晶に彩られた通路を抜けようとして―――


「兄貴ィ! なんか、先を越した冒険者がいますぜ」


「なぬ! この、勝負師の先を越すとは愚か~な! どうして、なぜに、どうやってこの《洞窟》の道を先回りしたのか―――? 今まで、探索していたこのアルバドゥよりも早いとは!」


「……え?」


 そして、二人の冒険者が現われる。

 片方はヒラヒラの服装を着た、嫌に豪奢な冒険者。…………この洞窟の結晶よりもはるかに目立って見える。そして、その後ろで追従する、目つきの悪い冒険者。


 ―――こいつらは。

 僕は思い出す。食事店で酒を飲み、悪癖を出していた冒険者だった。


「――どうして、なぜに? こ~の冒険者アルバドゥを出し抜こうとするなどと、笑止千万! この洞窟の緑原石マラカイトは全てこの、冒険者アルバトゥのモノなので~す! 奪おうなどと! ああ、卑しい、恐ろしい!」


「ケッ、そうだ。……兄貴、俺たちが《魔物》と戦っているあいだ、コイツら〝ズル〟して横を通ってきたに違いないですよ。こんな―――よぼよぼの老いぼれた爺と、クソ弱そうな冒険者なんて。――おい、お前。ていうか、ジジイ! お前さっきの食事店のジジイじゃねえか!」


 そして、《冒険者》たちは先回りする。

 通路の先に回り込み、僕らが入ってこないよう剣を抜き、『許されることと、許されねえことがあるよなぁ? ましてや、こんな皿洗いの薄汚れた労働者のジジイが俺たちの先を行くなんてよ』と、剣をちらつかせながら凄む。老人は考え、


「…………では、そうならないよう。《魔物》との戦闘をさけ、逃げるように先にきたらよかったのではないですかのう?」


「なにっ」


「おおかた、全ての魔物を〝殲滅〟せぬと気が済まない。……そのような血気盛んな冒険にお見受けしましたが。のう」


『この爺でも、魔物を避けたら進めたくらいですじゃからのう』と老人はオットリと、しかし核心に迫ることを言う。そののんびりとした口調に、冒険者たちは気圧される。一瞬だけ言葉を失った。


「冒険で倒す魔物は、最低限――それが冒険者だと思っておりましたがのう」


「う、うるせえ! 薄汚えジジイのくせに、説教こいてんじゃねえ」


 そして、叫ぶ子分の横で、『……そうだ』と。先に道をふさいでいたヒラヒラ冒険者服の男が、思いついたようにする。

 仲間に言い、下卑た笑いを漏らす。お互いに三日月のような湾曲した目で、目配らせをしていた。

 ……なんだ? 僕は眉を寄せる。


「…………一つ。面白いことを思いつきましたよ。くっくっ、この洞窟を悩ます最大の障壁を、愚か者たちに肩代わりしてもらいましょう」


「兄貴、『いつもの手』ですね」


 直後。その冒険者たちの手元からこぼれた『赤い小石』――冒険道具の、ある一種が落ちたことで、状況が変わる。薄く熱を帯び――そして、僕らとの間にある結晶の通路で弾けた。

 洞窟を、音が響き渡った。


 そして、


『……え?』と呆然と止まった僕の耳に、洞窟をさく悲鳴が聞こえてきた。


「……!? まさか」

「キュエエエエエエエエエエ――――ッッ!!」


 ―――《魔族羊シプレ・ケローン》。


 僕は唖然とする。

 怪鳥の鳴き声のような甲高い声が響き、その洞窟の避けてきた通路から、ドスドスと音を響かせながらやってきたのだ。まるで獲物を探して徘徊しているようだった。僕は息を呑む。それは――音の発生源に近い、僕らに標的が向かっていた。


 ―――〝なすり付けられた〟。


 そう気づいたときには、手遅れだった。

 《魔族羊シプレ・ケローン》は洞窟への侵入者を許さない。

 猛然とした突撃が始まっていた。最奥部への侵入者への怒りで結晶を吹き飛ばしながら、見えている、〝僕ら〟にしか標的が向いていない。襲いかかってくる。

 二人の冒険者は、すでに洞窟の奥へと向かっていた。


「…………ま、マズい……っ」

「…………来ます、のう」


 そして、僕らが剣を引き抜き、魔物が襲ってきた。





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