05 冒険の看板娘
05
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そんな冒険者が、遠くで戦っていたとき。
学生寮―――白い街中で、雪化粧に包まれる学生寮では、あるのんびりとした暮らしが続いていた。
「うーーーん」
「うーーーーーん」
仲良し親子のように、学生寮のカウンターで書き物をする二人組。
片方は精霊である。何やら悩みつつ書き物をしていた。今まで溜めてきたらしい〝わずかばかりの金銭〟を集めるように、メモに数字を書き、苦手な(覚えたての)計算をしていた。
悩み、考え、買う一品の計画、絵も描いていく。
…………と、その横で同じく、悩める寮母の姿があった。
『聖誕祭で欲張るメニュー』と書かれた、自分が制覇していく(横取りする)つもりの食事を絵付きで書いていた。…………こっちは絵もそれなりに上手いが、なにか違っていた。その横では『学生寮の業務の報告』と書かれた、本来はこれをするべきである『非常に重要な書類』を投げ出して、書いている。
「…………ねぇ、ミスズちゃん」
「……? は、はい。なんでしょうか」
「学院行事の前って………………長いよね」
『うへへ』と頬を蕩かすように、今から待ち遠しい〝お祭りのメニュー〟のことを思い馳せ、そしてカウンターで頬を押さえるのであった。
「お祭りの前って……なんでこんなに待ち長いのかしら。夜が明けるのなんて待っていられないわ。眠れないもん。…………明日はいっぱい食べるけど、人の胃袋って限度があるじゃない? …………だからね、今からテーブルを制覇する順番を考えているんだぁ」
「………………そ、そうですか」
…………相変わらずの、ダメ人間である。
この精霊――〝ミスズ〟は他の寮生や、主人のように寮母に対しては厳しくしない。だから『えへえへ』と笑み蕩ける寮母に対して、『そもそも、おめえ無銭飲食じゃねえか』とか『酒と食事のことしか考えられんのかい』といったツッコミを入れたりしない。
……それに、彼女なりの〝お悩み〟もあることだし。
「…………ときに、そんなミスズちゃんは何やってんのー?」
「わ、わひゃう!」
のぞき込まれて、赤くなってミスズは『雑記帳』を隠した。
ここで彼女が書き物をしているのは、『計算』を寮母に相談できるように二階から下りてきたためで、覚えたての彼女の数字感覚では…………少しだけ、不安なのだった。
「…………ふーん? それ、今までミスズちゃんがコツコツ貯金した王国硬貨の数?」
「……あ、あわわ」
――しかし、〝残念人間〟のわりに、動体視力ばかりは歴代一流冒険者にも見劣りしない《寮母》は、バッチリそれを見てしまっていた。
だから、観念してミスズは告げる。
「…………ミスズ。お小遣いと、そして少しだけ……《短期依頼》をやって、小銭を集めていまして」
「ほう。そりゃまた、どうして?」
「……お。贈り物をするために……」
ミスズは言った。
〝ナイショの働き〟――そう、この短期依頼は極秘にやっておくものだった。
彼女の悩みは、実は《白竜の季節》にあった。
冒険で得た『経験値』、そして『取得部位』を交換しての資金を使っても―――、結局はそれは『冒険者のお金だ』という思いが彼女の中にはある。…………自分が、なんとか、独自にプレゼントを調達できないものか。
――冒険者が、冒険者なりに準備を整えているように。
――精霊たちも、彼女たちなりに影でこっそり準備を整えていたのだ。
…………『聖誕祭』を前にして、焦りもある。『日頃お世話になっているマスター』に、なんとか恩返しができないものか。
(……そういえば、『マスター』はどこに行ったんでしょう……? あれから、昨日は帰ってきませんでしたが……)
思う。ちょっと心配である。
昨日は、あれから『聖誕祭の準備がある』といって出かけていったマスターは消えてしまっていた。『心配するな、すぐに帰る』という―――見覚えのある殴り書きの文字が学生寮のカウンターにまで届けられたが。
それでも、やはり心配である。冒険者と精霊の主従は一心同体。切っては切り離せない冒険の絆である。
と、
「ふーーん。じゃあ、もう《契約者》への贈り物は決めたの?? ミスズちゃん」
「い、いえ……。品物はまだ。選んでいるんです」
告げる。
…………色々悩んでいた。
休日に宿題したり、神樹図書館に行っていたのは、街中で《短期依頼》をするためだったという。少しばかりの稼ぎ。契約者に隠れて。知られないよう努力をしてきた。
それで、コツコツと資金を集めてきたのだ。
……だけど、買うものを思いつかない。
冒険の《薬草》などは手が届くものの、贈り物と称するには安すぎる。特別感がない。かといって、冒険具や、鎧の装備などを買うにしては高すぎる。そういうのは冒険者が魔物討伐で稼いだお金を、つぎ込むものだ。
「…………あ、じゃあお酒とかは? もう飲めるベ。一緒に飲もうよ」
「ま、マスターは、まだ飲めませんっ!」
ミスズは。寮母に言う。
…………お酒とかは、正直いるとは思えなかったが。
『偉い、偉い』と寮母は子供扱いで頭をなでている。
他の精霊だったら、もっと自分のために費用を費やすものあった。〝精霊契約〟というのはそういうものである。仲間でもあるが、いざというときは袂を分かつほどの――『仕事仲間』にしている主従もあった。だから寮母は『偉いわ~』と微笑ましそうにしているが。
…………だが、それほどか? とも思う。
この精霊にとって、『彼』は兄であり《家族》のようである。
だから、贈り物も特別に。そう思っていたが。
「贈り物ねぇー。手のこもった手料理に、お酒に。笑顔とか。それだけで冒険者だったら何もいらない、贅沢モノ! って幸福感満載なんだけどねー」
「う。で、でも……」
「あ。分かった、じゃあ『チュー』とかは?」
「な、なななな、なんてことを言うんですかっ!」
それを聞き、精霊の頬は真っ赤になる。
動揺する。…………そんな関係じゃない。ミスズは《契約者》のために抗弁しておかねばならなかった。ミスズにとっての主人というのは、こう、柔らかくて優しいものであり。一緒にいると胸が温かくなってくるものであり。一緒に《剣島都市》の学院からの帰り道を歩いていると、とても嬉しくなって。それで、寮で料理を作って、『美味しい。ありがとう』と微笑まれると、その日の夜は眠れなくなるほど――頬がにやけてしまう存在である。
だが、それを言うと、
「…………それって、ますます『恋人』に聞こえるなあ?? っていうか、むしろそれ以外に聞こえなかった関係性なんだけど」
「と、とと、とにかくっ。違います!」
……苦楽を乗り越えた仲なのだ。
いつも、冒険に失敗したとき。苦しいときも、知っていた《関係》なのだ。
もっというと、ミスズは、自分の主人をそう見てしまうことを、他の精霊の『一流のお姉様たち』に比べても、出来損ないで、恐れ多い……と感じていた。ミスズは、主を尊敬している。
その慌てた様子に、『あっはっは』と愉快そうに、そして豪快に寮母は笑って。『冗談だよ』と言ってから、
「……………………ねぇ。ミスズちゃん。そういえば、聖誕祭の伝説って知ってる?」
「え。……なんです?」
「希望の丘って言うんだけどさ」
寮母は、唐突に話題を変えた。
ミスズはキョトンとする。ある伝説の精霊を話し出したのだ。
そのイベントは、その精霊に縁あるものだった。
『精霊の王がいて――。そして、赤髪の冒険者がいて――』と。寮母は言う。
一見すると、何でもない伝説である。ロマンというか。この手の話しなら《剣島都市》ならずとも、王国都市ならばどこでもありふれた伝承として城下町に伝わっているだろう、と普通の《冒険者》なら言うだろう。ミスズはじっと聞いていた。―――そんな、〝おとぎ話〟を。
しかし。続きがあった。
ロマンチックな話しの主人公は《冒険者》であり。実在する人物。もう一人の精霊とともに巨大な島を築き上げた人物なのだ。その島が、彼女や、彼女の主人、そして寮母クロイチェフも立っている――この《剣島都市》。
その地には伝説があり、《熾火の生命樹》が実らせるその光の景色を見ると、精霊と主人は、幸せになれ。永遠を誓えるという。
「――その丘にいってみるといいんじゃないかしら? 大事なのは、その『贈り物』がどうこうではなく。中身。それにこもった想い…………情熱と心が大事じゃないのかな、って寮母のお姉ちゃんは思うの。
辛いこと。苦しいこと……たくさんあったと思うわ。乗り越えてきたんでしょ? だったら、強い気持ちで想いを伝えられると思うから」
「…………う。で、でも!」
「その『トクベツ』だと……ミスズちゃんに、主人は思っていると思うわよ。この寮母のお姉ちゃんが保証する。保証したげる」
ドンと。
ミスズにとって、羨ましい豊満な胸を叩いて、勇ましく頷いている。頼もしい顔だ。…………いつもはあんなに怠けて、だらしない飲んだくれなのに、こういう時だけすました《上級冒険者》の大人になる。
寮母は、微笑んでみせていた。
「たぶん。クレイトは、なんでも喜んでくれると思うよ。
あとは、勇気。ミスズちゃんが連れ添う《冒険者》を、自分が選んでついてきて正解だったって思う心なんじゃないかな。精霊が仕える冒険者は、生涯一人だけ。そうでしょ? だったら、迷っている場合じゃない」
「……!」
「――さぁ、街に贈り物を買いにいきなさいな」
――ちなみに、寮母さんのオススメはこれ。と。
珍しく真面目に、《冒険者》としての自分の経験則に基づいたアドバイスと、買い物リストを渡してくる寮母。…………そこには、驚いたことに、本当にミスズの予算でも買えて、《冒険者》が喜びそうな品物が並んでいた。
もう一度目を上げると、
「頑張りたまえ! 若き弟子の、それを支える精霊ちゃん! アンタたちの冒険、おねーちゃんは応援してるんだから」
と。背中を押し出してくれた。白い玄関は雪が積もっていて。それから寒気が肌を包む。
仕事終えたとばかりに酒をカウンターの下から取りだした寮母に、精霊は振り返り。――また、手を振る顔に一礼してから、外の街角に出た。
そとは、雪がちらほらチラつき。
街角は、《聖誕祭》を前にして賑わっていた。
(…………待っていてくださいっ。『マスター』!)
精霊は勇気を出して。勇ましく、雪の街を見上げるのだった。