04 失敗と店と老人
04
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その洞窟を歩くとき、松明がボンヤリと浮かぶ下で、水音が滴っていた。
数刻後。
『…………ふう』と通路を抜けて、薄暗い照明の下で服についた埃を払った僕は、『もっと先へ……』と水脈の洞窟を進む。
目的の『特大の緑原石』は、どうやらこの短い洞窟の先にあるらしい。
(……ええと。季節によって魔鉱石が生まれる。『花』のように実をつける……んだっけ。島の中の《熾火の生命樹》が光の実をつけるのと同じ感じなのかな)
思う。
その岩肌は、湿気った水脈の洞窟だった。
松明の炎が進むと、確かに『通路のところどころ』や『天井』、または『地下水脈』のようになった水のせせらぎの中に『緑色にボウッと光る粒』がある。―――あれが、この洞窟特有の石なのだろう。
小さな粒は、突如として発生した『魔力』の干渉を遮断する力があるらしい。(――ただ、洞窟特有のもので、外へと持ち出して外界の空気にさらすと、効力は消えるらしいが)
(そういえば、この場所って《魔物》はいるのかな?)
僕が思った直後だった。
松明で照らして、何度目かの『分岐路』を渡ってきたとき。その通路の先でばったりと《魔物》に出会った。
―――〝二つ足歩行の、羊のような角〟
―――〝顔は猛々しく、狼のような顔〟
(……げ。)
僕はその魔物に目をみはった。
――《魔族羊》。
それは洞窟内限定の魔物。―――決して、分布は広くない、上位の敵であった。
系統でいうと洞窟の番人《魔族牛》に近い。だが、武器を持ち戦闘に特化したその魔物とは違い、こちらは〝狼〟などに生態系は似ている。二足歩行で迷宮内を歩き、そして侵入者に襲いかかる。
――曰く、獰猛さが尋常ではなく。
――曰く、一度獲物を見つけたら、目が赤く輝き、不気味な悲鳴を上げる。
「…………あ、あは。こんにちは」
「キュエエエエエエエエエエエエエエエエエ――――!!!」
―――そうなるよな!?
僕は思い、戦う。
冒険者の剣を引き抜いた。
まずはやったのは、冒険者の荷物……(念のために持ってきていた)から赤い鉱石を取り出して、弾けさせる。小爆発だ。目をくらまし―――僕は、後ろから鋭く踏み込んだが、
「―――キュエ?」
「…………あ、あれ」
『コツン』と。
その獣の皮膚に当たった聖剣が、ポンコツな音を立てる。
僕は固まった。
魔物は、『虫にでも刺されたか?』みたいな動きで、停止している。
そして、補足であるが。
―――《魔族羊》は、〝推奨レベル10〟であった。
「うぎゃわああああああああああああああああ―――っっ!!!?」
「キュエエエエエ!! キュエエエ――!!!」
僕は一目散に逃げ出した。そりゃそうだった。戦って勝てないなら、僕は逃げ出すしかない。敵はこんな無防備状態の《人間》を相手に見逃す理由なんかないのだ。
怪鳥のような不気味な鳴き声を発する《洞窟の羊》に追いたくられながら、そのまま麓の村へと引き返してゆく。
*
「…………なんてこった」
僕は冒険者の荷物を背負い直しながら、洞窟の『麓の村』を歩いていた。
…………あんな化物がいるなんて。
思う。洞窟には《魔族羊》がうろついていた。
ただの冒険なら、そこまで苦労はしなかったかもしれない。聖剣の《ステータス》があれば戦う手段はあっただろう。
だが今回は《ステータス》に制限を受けている。己の肉弾戦、その逃げ足の速さや、道具を使っての戦いがキモになる。
…………こうなってくると、先ほどの冒険者たちの『ぎゃあああ!』という洞窟内の悲鳴も分かってきたような気がした。というか、《剣島都市》の運営は、あんな危険な洞窟があるなら、いっそ永久に封印しておくべきではないのか、とも思う。
《単独》冒険者の僕は――麓の村の中を見る。
そこでは他にも冒険者たちがいた。食事店のテーブルなどに座り、狙うお宝は一緒みたいだった。他の連れたちと《洞窟》について話し合っているみたいだ。『……おい、どうする』『……どうって。あんな魔物がいたんじゃ、厳しいだろ』など。口々に言うのだ。
…………やはりというか。全員が〝精霊〟は連れていない。
無効になり、力を発揮できないと知っているからだ。
僕は歩きながら、それとなく聞き耳を立ててみる。
『―――どうもな、特大の緑原石―――今回の目玉は、洞窟の奥に眠っているらしい』
『《魔族羊》が守っているんだろ? そりゃ、容易には近づけやしねえさ。あんなの初期レベルの冒険者が太刀打ちできる魔物なんかじゃねえ。……なんとか、隙を見て、洞窟の奥に行きたいが』
『うぐぐ。ウチに帰れば可愛い精霊が待っているんだが』
『――《剣島都市》は、なんのためにこの季節のみ洞窟を限定解放するんだろうな?』
『……そりゃ、競わせるためだろうよ。〝優秀な冒険者〟が欲しいんだから、ヤツらは俺たちが死のうが知ったこっちゃねえ。一説には、〝英雄ロイス〟はそのレベル無効のダンジョンにも潜れたらしいが』
『がうがうがうがう!』
『ばうばうばうばう!』
『ミャー!(メシ奪うな!)』
『シャーッ!(手前こそ!)』
…………など。
一部、聞き取れない獣人の言語なんか聞こえた気もするが、僕が村中を回って拾い集めた情報はそんな感じだった。
何より、感じたのは『手詰まり感』である。
誰しもがこの―――本来は他の冒険エリアへと続く《冒険者たち》を見送るための、店や、食事店が並んでいる―――この村で、その先の洞窟へと進もうとしない。そりゃ、『特大の緑原石』が欲しい、というのが本音だろうが。
誰もが―――命が惜しいのである。
いくら精霊のためとはいえ、なかなか命を賭けられない。
一度は《始まりの洞窟》へと潜ってから、《魔族羊》を経験し、なかなかもう一度洞窟へと進もうとしない。打開策がないからだ。
『――〝仲間〟を募るか?』なんて声も聞こえた。確かに合理的だと僕は思ったが、ある疑問ぶつかって僕は首を傾げる。その反応と同じように、疑問を感じた冒険者が、『でも、緑原石を分け合うわけにはいかないだろ。取り分が減るんじゃないか?』なんて口にしている。
(…………ふーーーむ。どうしたものか……)
悩んでいるのは、どの冒険者も一緒みたいだった。
ここは思い切って、突撃してみるのも手だが……。
僕がそう考え、食事店のテーブルについていると、
「ヒャッヒャ! 兄貴! しみったれた冒険者たちが、しみったれた作戦会議をしてやがるようですね。こいつぁ愉快だ!」
「ふむ。この、勝負師にチャンスを与えるとは愚か~な! 緑原石はこのアルバドゥが奪うというに!」
『……ん?』と。
僕の背後に座った冒険者たちの声が聞こえてきた。
二人連れらしい。ぺちゃくちゃと咀嚼音で食い散らかし、その皿の上にのった豪華な料理を平らげていた。…………どの冒険者だったら、この肉や野菜山盛りの豪奢なメニューを頼めるんだろう、と不思議で見ていると。
片方の冒険者は、『さっすが、Dランク冒険者の兄貴!』と周囲にも聞こえる大声で褒めそやしていた。呼ばれた冒険者は気をよくして、『ククク、今宵の聖誕祭の獲物は、まさにこのアルバドゥに相応しいと言えるだろゥ!』と高級酒のグラスを傾け、食い散らかしている。
…………どうやら、かなり冒険に自信を持っているらしい。上のクラスの冒険者だという。
僕の後ろにいるフリフリの襟元の冒険者は、『洞窟の魔物は厄介だが』とグラスを傾け。前置き。それから『しかーし。我にかかれば秘策あり! 聖霊に与えるなどもったいない、そのような貴重な原石ならば〝我〟のコレクションにこそ相応しいだろゥ』と語っている。その所作は優雅に―――というより、我が儘で育ったみたいだった。
周囲の冒険者たちは彼らが席を大きく陣取ってしまっているので迷惑そうな視線を向けていたが、表だって注意する人間はいない。
すると、子分らしき冒険者が『――オゥ、アルバドゥ様が、料理の皿が空いていると仰っている! 皿を空にしてんじゃねえぞ、ジジイ!』と。厨房から料理を運んでくる、この店の雇われらしき老人に当たっていた。
その様子は、まるで自分たちの下男のようである。
だが、
「はい、はい。すまんですのぅ。老人とは、行動が常に遅いものですじゃ」
背を丸くし、白髪を後ろでむすんだ老人がのんびりといっていた。
テーブル席で浴びせられる罵声にも、おっとりとした顔で応じる。…………おや? とその姿で思ったのは、旅慣れたちょっと上品そうな(言い換えれば、島の冒険者の服装)をしていることと、その腰に錆びついた剣を帯びていることだ。
(…………冒険者なのかな?)
そう思って横目に見ていると、老人は厨房まで食べ終えて汚れた皿を運びながら歩いて行った。冒険者たちが立ち去った後のテーブルを拭き、それから空になって酒のついであった器などを片付ける。
立ち振る舞いは慣れている―――とは言いにくく、なにか事情がありそうに働いていた。動くたび、その苦労に応じるように、後ろの頭のテールが揺れる。
「――おい、ジジイ! 遅えぞ!」
「…………はい、はい。今運びますですじゃから、のう」
「――爺さん、こっちのテーブルも注文が遅れてるぜっ。よろしく頼む」
「はい、はい。ですじゃ。老人は、歩くのもゆっくりですじゃ。もう少し待ってくれると嬉しいですのう」
そんなやり取り。
老人は、そう語りながら瞳を閉じ。のんびりと皿運びをしていた。
……精霊のミスズのほうが、慣れていて上手だな、なんて思うが。僕は特に催促せずに『ダンジョン洞窟の攻略法』を考えていた。……あーでもない。こーでもない、と《魔物》との立ち回り、工夫を、寮母さんの剣技に見立てて考えていたのだが。すると、店内で怒声が響き渡った。
「まーだ、分からねえのか、ジジイ!
アルバドゥ様が皿が空いて不愉快でおられる! さっさと食い終わって食物と油のついた『ヨゴレ皿』を下げろつってんだろうがよ! アルバドゥ様の前の皿は、常に清潔で綺麗なヤツじゃねえといけねえんだよ!」
そして、皿が店を飛ぶ。
暴挙に出た冒険者が投げつけたのだ。さらば飛び散り、床の汚れも生み、床の上を転がってきた。……割れはしなかったが、僕を含め、店内にいた冒険者の全てが会話をやめ、驚いて振り向いた。
……それで、多少は酒気を帯びた冒険者も我に返ったのか、『……ふん』と赤い顔で鼻を鳴らした。
店内は、また静かになる。
老人は――まだ、『……はい、はい』と言いながら皿を拾っていた。そんな姿を見て、足元にも皿が落ちているのに気づいた僕は、歩いて行って拾い上げる。
「はい。どうぞ、お爺さん」
「これは。……お優しい冒険者も、おるものですのう」
『ありがたや』と。老人が顔を上げる。
眠ったように瞳を閉じている老人だったが。ふと、僕が差し出した皿を受取ろうとして、『ピタ』と動きを止めた。
……つかの間、その糸目が、少しだけ開かれた気がした。
「………………ふむ」
「? どうしたんですか?」
「手の剣ダコ…………多いです、のう」
見た。
それは、僕の皿を掴んだ指だった。
…………今でこそ痛みもなくなり、皮膚も部分的に硬くなっていたが、僕は今までの〝冒険〟からそうなっていた。最弱の剣士、〝レベル1〟に過ぎない僕が冒険者としているためには、必要だった。
他の冒険者と違って、〝初期ステータス〟が極端に低い僕は、《魔物》とやり合うために無理をした。ボロボロの手は、それでも〝魔物と普通にやり合うため〟に訓練したことを示している。
具体的には――あの寮母さんと繰り返した、厳しい修行と、そして自己鍛錬を詰め込んだ結果である。普通の手を失っていた。
それを、老人が言ったのだ。
「…………まぁ、色々ありまして」
「ふむ。色々あったのですじゃろう、のう」
引っ込めると、老人は頷く。
僕らがそんな、毒にも、薬にもならない会話をしているとき、また奥から『おい、ジジイ酒が足りてねえぞ!』と貴族の冒険者のテーブルから聞こえてきた。『はい、はい』とまた老人は穏やかに頷いて、向かっていく。皿は全部拾い終えていた。
と、
「………冒険者さんは、《単独》の冒険者ですかのう?」
「へ?」
僕が顔を上げると、また老人が立っていた。
厨房からようやく運ばれてきたパスタ料理(……と、いうかこればっかりは老人が悪いのではなく、店内の客の多さと、注文に追いついていないせいだろうが)を置きながらの質問に、僕は『ん。まあ、そうっす』と答えていた。差し出されたフォークを受取る。
「……まあ。冒険の連れはいるんですけど。精霊も、他の仲間の子も付き合わせるには忍びなくて」
「そのお気持ち、よく分かりますのう」
モグモグ僕は食べながら。咀嚼し、飲み込みながら話していた。
……ミスズを連れてくるには、この『魔力・無効』の石がある結晶洞穴は辛すぎるだろうし。――そもそも、これは彼女への贈り物だ。同じ理由で心当たりのメメアにも相談するのは悪かったし、彼女も《聖剣図書》が無効になるとむしろ腕っ節だけの世界では辛いだろう。
そう考えている僕の内心に、老人も『そうですのう。わざわざ、普段の仲間に付き合わせるのが申し訳ないですのう』と同意していた。この老人も、そういう相手がいるのか。
「見たところ。先ほどから、ずいぶん悩んでおられる様子。――《洞窟》に挑まれたのですかのう? 《魔族羊》は見ましたかのう」
「え、ええ」
当然だ。
僕は言った。あの恐ろしい《魔物》によって押し戻されたのだ。この食事店でたむろす他の冒険者たちも同じだろう。全員がテーブルで考えている。
すると、
「どうですじゃ。少しばかり。この爺と冒険を共にするというのは」
「……え? お爺さんとですか?」
老人の提案に、僕は驚いていた。
「そうですじゃ。ワシも悩んでおりましてのう。協力するのも名案と思いますがのう」
その老人は、嬉しそうに提案してくるのだった。
その腰には、エプロンの下からの《剣》が覗いていたが――それが聖剣というわけではないらしい。『今回は、《聖剣》が意味がないということで、使いませんからのう』と語っていた。確かに、切れ味を追求した別の〝鉄の剣〟のほうがいいのかもしれない。
じゃあ、どうして店に雇われているかというと、
「雇われておらず。ただ、こうやって相棒を探しておりましてのう。
老人にひとりの冒険は厳しい。…………一度、洞窟の最奥部で《魔族羊》を見ましてのう。それで蹴散らされて、あなたのような冒険者様や、他のお客人と同じく、こうして《酒場》や《食事処》で働いておったのですのう」
「…………そりゃあ、またどうして? 仲間を探すだけなら、洞窟の入口でだって声をかけられそうなものだと思いますけど。…………むしろ、そっちのほうが効率がいい気が……」
「ごもっとも。しかし、冒険には相性がありますからのう。
こうして《酒場》や《食事処》で観察したほうが、人の本心が見えやすいのですじゃ。……隠れた本心。とくに、人の奥底にひそむ魔性というのは、外側だけではなかなか見えないものですからのう」
……確かに。
僕は思った。
その《冒険者》が。どういう冒険をして、どういう育ちをしてきたか―――たとえばテーブルの奥で傲慢に座って、皿の料理を食べ散らかしている〝金持ち〟などを見ても分かるだろう。あれだって、冒険で役に立つとは限らない。
…………冒険者としてみるべきは、もっと奥底。
僕は考える。テーブルで、じっと思いをめぐらせる。…………確かに、周囲にいる獣人や、賑やかな冒険者、お酒に強い冒険者、周囲を気配りして『酒も食事も、ほどほどにしなよ』などと語る冒険者など、この食卓では性格が何となく見える気がする。
――庶民育ちの冒険者は豪快に卓上の肉に食らいつくし、明るく闊達に話す冒険者は、きっと普段から洞窟の中でも明るいのだろう。
僕がそう思い、顔を上げると老人は、
「冒険は、志こそが肝心。―――ワシが、長らく世話になっていた師匠のお言葉ですじゃ。
長らく《単独》でやってきた冒険者様には、分かって頂けるものではないですかのう。このダンジョンに挑むには―――一つ、大きな壁がありましてな。それはご存じの通り」
「…………《魔族羊》ですね」
その洞窟の魔物の名前を、僕は口にする。
……あの洞窟に挑むには、それをなんとかするしかない。だが、何も方法がない中では、知恵も、冒険の戦力面でも、もう一人いたほうがいいかもしれない。
老人は、
「なんでも、珍しい鉱石があると聞きましてのう。緑原石は洞窟の奥部で生まれるという。見つけたいものですじゃ」
「……そりゃまた、どうして?」
「うちには孫娘のように可愛い精霊がおりましてのう。
――こんな髪の白いジジイに、長年ついてきてくれた精霊ですじゃ。素直ではない性格ですが、いつもの冒険の労いに、是非贈りたいと思っておりますのじゃ」
(………………、ふむ)
僕は、食卓でフォークをくわえ、その提案を吟味する。
……大丈夫だろうか。という懸念もあったが、それ以上に手数が増えるのはありがたいかもしれない。普段はなかった冒険だ。僕が考えながらパスタをすくっていると、奥でまた『――おう、ジジイ。スープが足りてねえぞ』と乱暴に叫ぶ怒声が聞こえていた。老人が穏やかに対応する中で、考える。
そして、
「――分かりました。今回の《冒険》、よろしくお願いします」
「ほう。商談、成立ですじゃのぅ」
それから戻ってくる老人をつかまえ、僕はそう告げるのだった。
ホクホクとした穏やかな笑みを浮かべる老人は、『――業務を終えてから。合流しましょうぞ。手伝うと申した手前ですからのう。ただ、祭りまでの時間がありますでな、もう少しだけですじゃ』と告げる。エプロンで手を拭きながら、そう提案してくれた。
***
そして、洞窟で。
『のわああああああああ―――っ』と悲鳴が響き渡っていた。
僕は全力で駆けまわっていた。追っ手は『ウギィ――!』と小さな魔物特有の甲高い声を上げて追いかけており、二足歩行、そして独特の粗末な剣を握って、洞窟の中をバタバタ走っている。
老人を中心に、ぐるぐる回っていた。
「…………おやおや……。これは…………《ゴブリン》ですのう」
「んなもの、言われなくても知ってますよっ!」
僕は、ひたすら標的に鳴りながら叫ぶ。
こんな洞窟で、ばったり遭遇した《魔物》であった。
ゴブリン―――別名、〝森の小さな住人〟とも言う魔物で、金目のものを持った旅人を好んで襲う。…………今回は、僕の腰の聖剣の鞘が光ったためで、そのため粗末で聖剣でも何でもない『地味な剣』を握った老人は、相手にされなかった。
というか、なかなか手強い相手である。
僕は剣を握っていた。〝無強化〟状態のそれを振り上げる。
―――通常、《ステータス強化》の恩恵のほかに、聖剣は〝魔力を帯びた風〟が吹き荒れているため、接触した魔物は吹き飛ばされる。剣の力を増大させる。…………だが、今回は、無強化だ。
ゴブリンの剣と打ち合っても、平気で次の攻撃が飛んでくるし、『うおぉ』と僕が剣を引っ込めて立ち回っても、すぐに次の増援が来る。―――こんな聖剣禁止の《祭り》中は、出会いたくない相手だった。
それから攻防をし、さらに、
「ほい、ほい。――助太刀しますわいのう。これでも、冒険者の中では、『ゴブリン退治』の専門家の自負があるですじゃ、からのう」
「――だったら、さっさと殲滅してくださいよ!?」
僕は叫んだ。
どこにゴブリン殲滅の専門家がいるというのか。老人も確かに《ゴブリン》を牽制し、『ほいっ、ほいっ。ですじゃ』と剣を振ってくれているが、数匹しかそちらに向かっていない。ドドドド―――と僕の後ろを追いかける群れとは違う。
逃げ回りながら。僕は回転斬り。撃退してみる。…………しかし、やはり手応えが違う。本来の聖剣の殲滅力に比べれば、はるかに及ぶべくもない。
……しかも、最悪なことに。
(…………げっ、『盾持ち』まで現われやがった!?)
僕は目を瞠る。
………くっそ、ゴブリンのくせになんていい盾を! それは『集団戦術』としても優位に立ち回られる盾だった。ただでさえ、僕らは『見慣れない洞窟の奥』で不利な地形で戦っている。…………岩場にも、ときどき壁から生えている〝原石〟の小粒も、足が引っかからずに戦うのは至難の業だった。
これは勝負が長引くと、マズい。
――僕は直感し、さすがに、
「て、撤退撤退―――! ご老人、奥に逃げ込んでください。僕が殿をしますから!」
「…………ほい?」
そう口をのんびりと開く老人をまくるように、洞窟の先へと逃げる。
…………案内は、とりあえず〝この老人〟がしてくれている。が、僕らはそのままけたたましく《ゴブリン》の群れから撤退した。