03 迷路*ラビリンス
03
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僕は緑の洞窟を、見上げる。
「…………けっこー、立派な洞穴だな……。圧倒されちゃうよ」
……そこは、《始まりの洞窟》と呼ばれる場所であった。
冒険者の島――その湖を出て、隣に位置する巨大な森・〝魔物の森〟へと分け入って、少しばかり奥に入ったところである。
そこはまだ《精霊》を連れておらずとも探索ができるほど《島》の湖に近い場所で、モンスターのレベルも初級。――せいぜい、〝推奨レベル3〟未満のスライムたちしか出現しない場所であった。
冒険者たちの――憩いの《休息地》。
中央には小さな泉が流れており、それは山の上の洞窟から流れてきているらしい。冒険者の島へと続く『第二の拠点』として栄えていて、《剣島都市》の中で店を出せなかった〝料理店〟〝道具屋〟や、旅先で、道具が欲しくなって立ち寄ったりする店などがある。
―――そして、僕が立って見上げているのは、そんな村から少しばかり離れた《始まりの洞窟》であった。
「…………ははぁ。ここが……」
……噂には聞いていたが。
僕は思い出す。呆然とする。《レベル》が一切通じず、精霊を連れていても〝無効化〟されるダンジョン迷宮が存在すると。
それは、ロイス聖誕祭の時にのみ――解放される『迷宮』だという。
《剣島都市》の運営がそうしているらしい。
―――《レベル》も意味なし。
―――《ステータス》も意味なし。
この土地には《原石》という結晶があり、ダンジョン迷宮などの深い洞窟の最奥部で手に入る。だからこぞって冒険者たちは手に入れようとするが、それが容易には手に入らない。
――ただ、唯一。
この『魔力』を無効化にし、洞窟中の石が『精霊や魔物の噴流などを反発する』という力場に溢れている、この最奥部にて『特に大きな緑原石』という見た目も美しい、鉱石の花が咲くらしい。
『―――いいか、《冒険者》。その最奥部にいって、獲ってくるんだ』
それは、先ほどの武器屋の店主さんの言葉だった。
彼は下手くそなウィンクを決めながら、『――いいか。魔物の森へと向かう手前、《始まりの洞窟》と呼ばれる場所にそれはあるという』と語り、『冒険者たちはこぞって参加。……だけど、なかなか持ち帰った冒険者は少ないらしい』という。
―――なにせ〝レベル無効〟〝ステータス無効〟だ。
ステータスに自信がある冒険者ほど躓きやすく、また、ステータスを鍛えていない〝素の低レベル〟の冒険者の場合、冒険の経験が少ないからますます難しいらしい。頼りになるのは〝腕っ節〟と、〝冒険の知恵〟である。
――僕の目的は、『原石』を持ち帰ること。
それが、武器屋の店主さんと誓った、唯一無二の『達成条件』であった。
だが、その道のりは厳しい。洞窟中にゴロゴロ転がっている『原石』は粒も小さく、商品的価値はない。…………持って帰ったところで、《装飾具》として魔力すら帯びないだろう。
目指すは、もっと奥部の、特大の鉱石。
―――特に大きな緑原石ともなると、『見た目も美しく、冒険者ならずとも周辺諸国の金持ちもヨダレを垂らして欲しがる逸品だ』と武器屋の店主は語る。
『―――贈答品ならずとも、価値は高いはずだ』とも。
だから、僕は挑もうとしていた。
精霊の力が発揮されないからこそ、普段の修行の成果が出るというものである。…………それに、ミスズに内緒にして調達するのにも都合がいいし。ともかく、挑んでみようと、緑の洞窟の前まで来たわけである。
気合いを入れる。
……すると、その《ダンジョン迷宮》の中から、にわかに先に潜ったと思われる冒険者たちの騒ぎや、『ぐあああああああ―――っ!』『にぎゃあああああ!?』という断末魔が聞こえてくる。
…………僕は、一瞬だけ。ほんの少しだけ怯んだ。
「……な、なんだか。危ない匂いしかしないけど……」
戦慄に震える。
聖剣など持ち出してくる意味などほとんどない。『結合』をしていない状態だと、ただの鉛色の武器である。…………だが、これが昔から。《剣島都市》で冒険を始めた頃からの、僕の持ち物だ。
それを、握りしめ。
それから、『―――行くしかない』と一歩を踏み出した。
歩いてみれば島の外まで見送ってくれた武器屋の店主さんの『―――精霊を守る冒険者なら、ダンジョンで運試しもいいだろ』なんて言っていた言葉を思い出す。……で、あれば一般人と同じ。信じるのは己の肉体のみで冒険するしかない。
そう思い、覚悟を決めて。僕は洞窟へと向かうのだった。