02 悩めるお買い物
02
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「…………と、いってもなぁ」
僕は、腕を組みながら街中を歩く。
あれから数刻。準備と言っても、何をしたらいいかまったく見当のつかなかった僕に、ただ時間だけがイタズラに過ぎ去っていた。気がつけば白い雪がかぶった自分の肩があり、ある店の前で『じいっ』として動かずに見ていたことに気づく。
(…………ミスズって、なにがいいんだろう……?)
店の路地で考える。
あの精霊のことだ。贈れば、顔をほころばせて『ありがとうございますっ、マスター!』と幸せそうに微笑むだろう。とは、思う。
だけど。ミスズの好みとは。
ここにきて、僕は痛恨の事実を知る。ミスズって、実は欲の少ない精霊だということに。
……そりゃ、彼女の趣味が『お掃除』とかで、いつも寮の部屋をパタパタ動いて回っているから、お掃除関連のグッズを買い与えると喜ぶのは分かる。…………でも、それってこの特別な日に贈るものか? と思うとすこぶる疑問が残る。何よりも《精霊》としてのお仕事の一環としてやっている掃除を、『ほら、新しいお掃除グッズだぞ。励め』とばかりに渡すのはどうなんだろう。
最悪なマスターな気がする。というか、結局それって、『書類を書いている人に、さらに仕事をせよとばかりに〝筆〟を上司が贈る』ようなものじゃないのか。本人は『わあ、便利!』なんて表情では喜ぶが、裏では『特別感もへったくれもないよ。ケッ』で終わりの消耗品な気がする。
(……同じ理由で、冒険道具も微妙……と。というか、こういうのはピンキリ、値段の高い道具ほど魔物との戦闘で有利になったりするし、明らかに『値段=気持ち』みたいなモノがありありと伝わって嫌だな……)
店先で、『うーーーん』と唸る。
そんな僕を店主さんが不思議そうに見ていたが、注目を浴びると、すぐに退散して別の店に行った。もともと、何を買うと決めていないのだ。流木のように流され、転々とした。
《剣島都市》の表通りの売り物は多い。さすが、冒険と経済が熱を帯びて沸騰する島である。大陸で一番の商会―――《商天秤評議会》を筆頭に、賑やかなこの通りで揃わないモノはないだろうと思う。
だけど、それはあくまで『買うものが、決まっているなら』である。
僕は見る。
(…………〝お料理〟の器具……か)
ミスズのもう一つの趣味は、料理である。
彼女は料理が好きで、それこそ《剣島都市》の数ある精霊たちのうちでも上位に入るほど上手だと思っていた。
本人も暇さえあれば作っていて、特に年上の精霊の〝カトレア〟という隣室の完璧精霊に教えを聞きに行き、さらに上達しようと向上心が旺盛である。……僕は普段から助けられているが、
(それも、どうなんだろう。料理の器具なんてそれこそ『素人』の僕なんかが見ても分かるか怪しいし、ミスズが自分で選んだほうがはるかにいい買い物ができるんじゃないか……? 必要なモノが揃うんだし。というか、そもそも、こんなの別の何でもない日に買うことができるよな……??)
今買うべきものじゃない、と思うと、なかなか手が出ない。
僕にとって痛恨だったのは、精霊のミスズとあんなに長い時間を一緒に過ごしたり《冒険》をしたりしながら、彼女の本当に欲しいモノをまったく把握していないということだった。
それって、どうなんだ。『契約主』失格なんじゃないか、と軽い自己嫌悪に陥りそうになる。賑やかな売り声の飛び交う通りで、頭を抱えてしまっていた。ふと、何か鼻腔をくすぐる食べものの匂いがしたから見ると、街の食事屋が美味そうな匂いを出していた。
……こんなの、外の冒険エリアやダンジョン迷宮などを歩いていたら、めったに口にはできないが。
試しに看板メニューなどを見てみると、『魔物のチョップ肉!』『豪快・ドラゴの実スパイス鉄板焼き!』なんてカラフルなメニューが並んでいて、食べるぶんには食欲をそそられるが、実際に自分が作って精霊のミスズに労いを振る舞う……にしては、手に負えない料理だった。
招待客としては『あり』でも、もてなす側だと、とたんに『なし』になる。自分のスキル不足が恨めしい。あと、買わねばならないのは飾り付けに。寮での食材……考えるほど、頭が痛かった。
すると、
「おいおい、お兄ちゃん。さっきから市場をぐるぐる回っているが……あんた《冒険者》だろ?」
「え……?」
情けない、と思うほどの声を上げてしまった。
僕が顔を上げると、あまり飾りっ気のない『武器鎧の骨董屋』で、店主の人らしき男の人が不思議そうにのぞき込んでいた。この島に出てきた商売の人の一人で、お客さんがあまりいない。
不思議そうに僕も店を見ると、『この時期だ。仕方ねえさ』と苦笑気味に応じてくれていた。
「おおかた、精霊に何を贈ろうか悩んでんだろ。違うか?」
「分かるんですか」
「おうよ。何年商売やってると思ってるんでえ。商売的には暇だが、この街中では長毎年、この《白竜の季節》ともなると数多の冒険者が精霊への『贈り物』を求めて行き交うからな」
そう言って店主さんは活気づく街中を見回していた。
……確かに、気づくと同じように聖剣を腰に下げた人たちが、悩むように店先の物品や飾りを物色している。
「おおかた、悩みすぎてドツボにハマったって感じだろ。ガッハッハ! 聖誕祭まで間もないからなぁ」
「……いや、ガッハッハ、じゃなくて」
「まぁ、無理もねえ話しだわな。
日頃の精霊を労っての品だ。《主人》にとっちゃ、精霊にいい顔ができる数少ねえ機会だからな。そりゃいい品物が欲しいよな。だが、忘れちゃならねえのはこの街全体に冒険者がいて、みんな《競争者》だってことなんだな。いい品物は、すぐ奪われちまう」
「ふ、ふむ」
「ただ、冒険の《装飾具》とか、真鉱石、微弱な力の宿っている原石がいいらしい……ってのは、街の隠れた定番だわな。残念ながら、ウチでは取り扱っていないが」
「そうなんですか?」
「うむ。この地には伝説があってな」
腕組みする武器屋は、時間が余っているのか、その《剣島都市》にまつわる物語を語ってくれた。『いいか。若者よ、よく聞くように』と軽く咳払い。学校で教鞭を執る教師のようにして、
「この地には、『聖誕祭』の仮装会と、そして『奇跡の丘』の伝説がある」
「……? きせきの丘?」
「ん。まあ、商売人たちにとって有名というか、縁起をかつぐ職種の奴らにはけっこうもてはやされている伝説だな。
この地では英雄の誕生の他に、《熾火の生命樹》が光をつけるっていう伝説があるのさ。で、これがあいにくと事実なんで、その光を一番よく見えるという《輝きの丘》というところに詰めかける人々が多いって話しだ」
店主さんはシンミリと頷きながら話しているが、僕にとっては初耳だった。島の『裏の伝説』らしい。
「なんでも、この島の最初の精霊だった《精霊王》とかいう御仁が、英雄ロイスに〝恋〟をしていたらしい。……どんだけカッコよかったのか、甲斐性があった御仁だったのかは知らねえが――。
ともかく、英雄ロイスはこの世から消えた。
そこで、《熾火の生命樹》の恵みを独占していた精霊王の感情にこたえるように、神樹は年に一度―――《最初の契約の日》を祝して、〝光の花〟をつけるようになったという。
まあ、絶大な力だわな。《熾火の生命樹》の恵みを存分に受ける精霊王さまだからこそ、できた恵みとも言えるが」
「……。へえ」
「後にも先にも、そんな精霊はいないだろう。で、だからこそ、そんな究極の『不器用な恋の物語』が見える丘を人々は祝し。愛し。
――その丘を、『奇跡の丘』と呼んだ。
そこから見える神樹の景色は、まさに格別だという。……んで、伝説によれば、そこで見た《二人》は、永遠を誓えるという。まるで光が花のように紡がれ、花吹雪が舞うように祝福するという、その素晴らしい光景をだ」
腕組みし、武器店の店主はウィンクする。下手くそな片目つぶりの後、『人生の最良の日になること、請け合いだぜ』と笑うのだった。
僕は、しばらく呆然とした。
……そんな丘があるなんて。
だが、それこそ。今の僕にとって必要な場所だった。そう思えた。
店主さんの話では『精霊たちにも有名』な話しらしい。だったら、僕が伝えたいこの誠意、感謝の気持ちを一番にミスズに伝えることができるかもしれない。
「……そんな場所があるなんて」
「どうだい。お前さんに、そこに行きたいっていう気持ちはあるのかい。一緒に過ごす。《二人》を、永遠に続けていけるという」
「……。はい」
もちろん、僕は迷わなかった。
強い目で頷いた。契約を交わしたときから、僕らの冒険は《一心同体》だった。苦しいときも、森の奥深くで竜に追われたときも、ずっと一緒だった。だから、今のミスズにこそその景色を見せたい。
――それが、今の僕にとっての《契約》だ。
「……おろ。こいつぁ、意外な」
「? 何がです」
「いや。精霊をどこか蔑んでいる冒険者も多い昨今で――。こりゃ、驚きだ。精霊にそこまで……。コホン、こいつぁ、野暮だったな」
「……??」
「ともかく。オッサンが言えるのはここまでだ。
頼りにならない人生の先輩からのアドバイスでごめんな。だが、オッサンももうちょっと若けりゃあ、君を手伝ってやれたんだが……。まあ、それでも、精霊の気持ちを考えれば、自分が動かなくちゃかもな」
「……? そ、そうですね」
「だから、そんな人生の先輩から、助言だ」
武器屋の店主は、身を乗り出していた。
なぜだか、剣と鎧や装備を売っている店先から出てくると、熱の入った力強い声で拳を握り、
「――じゃあ。目標が決まりだ。
あとは、冒険道具に使える『アクセサリ』か『原石』の確保だ。……特に、ダンジョン迷宮の奥部から採れるという、魔物に対して魔除けの効果のある『原石』は高く取引きがされる。
特に大きな緑原石ともなると、見た目も美しく、冒険者ならずとも周辺諸国の金持ちもヨダレを垂らして欲しがる逸品だろう。贈答品として贈る価値は高いはずだ」
「…………は、はい。だけど、僕にはその『元手』もないわけですが……?」
僕は思う。
アテなんてないし、そもそも貧乏人の僕には『その原石』とやらを買うお金なんてない。だから季節がら売り値が高騰する《白竜の季節》において、商人を『良し、売った!』と納得させて声を出させる《王国硬貨》なんて、提示できないわけだが―――?
そんな悩める僕に、店主さんはニヤリと笑って、
「…………なぁに、心配するな。《冒険》にはいつも抜け道が存在する。だろ?」
「へ?」
「急場でダンジョンに潜って採ってくることもできる。手頃で、穴場を知っていればな。……ときに、冒険者。あんた、腕っ節に自信は?」
王国硬貨の残りの寂しさに震える僕に、その頼もしい大人の顔で店主さんは告げるのである。




