01 The beginning of the festival
01
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大陸には〝四竜の季節〟というものがある。
――《新緑の竜》……新緑の若葉が芽吹く季節。
――《黄竜》……もしくは、地竜。暑さが続く季節。
――《枯れ竜》……木々の葉が落ち、作物が実り出す。麦色の黄金絨毯が田畑に広がる季節。
――《白竜》……魔物の一部も深く眠り、白い雪が降り積もる季節。
……以上の季節である。
寒く雪の降り積もる寒波、または茹だるような暑さなど……この大陸がみせる〝感情〟を四の竜に例えたものである。
《剣島都市》の学院では《白竜》の季節などに『なんでこんなに寒いんだ』と愚痴をこぼすクマの形の精霊もいるし、街中が《黄竜》の色づきになると、『うだー。水浴びして遊びたいわねえ』と寮母さんがカウンターで干上がっている光景をよく見ることができる。
北方の山間で切り出された《雪氷》――この《剣島都市》の街中にまで運搬されてくる頃には、その氷もサイズが小さくなり、途中の商人協会を通じての馬車代や、途中の魔物から守る《冒険者》たちの護衛代など、諸々の経費によって破格の値段となっていた。そこから作られた『氷削り菓子』などは―――まさに僕ら《冒険者》にとって憧れであった。
喉から手が出るほどほしい代物でもあり、『クレイトー。買ってきてぇ』と僕にカウンターで手をひらひら、注文してくる寮母さんなども、いわばそんな《四竜の季節》のサイクルの風物詩であった。
(……ちなみに、そんな嗜好品に《高額の王国硬貨》を出せる冒険者など、一部の限られた成功者だけである。《剣島都市》の街中でそれを食べている冒険者は、誰の目からしても〝上級冒険者〟と分かり、〝いいなぁ〟という羨望の瞳が集まる)
…………とまあ、そんな《剣島都市》お約束の風物詩は置いておいて。
「―――《白竜の季節》です。マスター」
「《白竜の季節》だね」
僕らは、ある日の寮の窓。
その外に、ちらほら降りしきる白い粒を見上げながら呟いていた。
《剣島都市》の街中は早い。
具体的に言うと、一年というのがあっという間で、『Eランク』に昇格した僕らは忙しい日々を送っていた。上級冒険者に近づくと《学院》で受ける授業内容や知識も広がり、〝魔物〟についても覚えなければならない種類が広がる。
そして、〝寒い季節〟である。
《剣島都市》全体が寒さへの支度に包まれ、食料の買い置きや、学生寮で焚く薪材などの燃料についても、『寒くなる前に、買い整えなきゃ』という思考が働く。これは当然だった。外の王国にいた時とも、生活の根本自体は変わらない。
薪材や、作物――特に〝麦〟や〝野菜〟などの値段は白竜の季節が高騰する。だから、その前に準備をしなければならないためで、その『皆が準備に入ると、買い占めが流行して値段が高くなる』という現象が引き起こされる。…………特に、〝薪〟なんかがないと、暖炉も調理場も使えず、学生寮の一室で苦しい思いをする。
白い季節に備えることも《島での生存戦略》の中の一つだった。
特に家計の財布に〝多くの王国通貨〟をさけない弱小冒険者たちは、この準備に追われることも立派な冒険だ。だから、僕らは寮の一室で話し合っていた。
「隣室のカトレア様は、すでに『薪材』を必要量は用意されたようです」
「……相変わらず、あの精霊は抜け目ないな」
そして、僕らは話す。
《抜け目ない精霊》というのは、僕らが借りている学生寮の隣室――そこにいる〝Cランク冒険者〟に仕えている〝契約精霊〟である。冒険の戦闘員としての腕前はもちろん、《剣島都市》での《主人》に仕えるための心得え、作法など。全てにおいて見習うべきところが多い。
僕らも『……そろそろ、行動しなければ』と街中を見回していた。準備を進めて行かなければならない。
ならないのだが、
「……ご、ごめんなさい。マスター。ミスズ、《剣島都市》の学院で、〝精霊学〟の宿題がまだ終わっていなくて」
「いいよ。今回は僕に任せて」
頭を下げる部屋着の精霊に、僕は頷いていた。
……ミスズも、着替えがままならないくらい忙しく追われていた。主に、『Eランク』へと昇格したことで勉強量が増えたためだ。
それは《冒険者》として、そしてこの島の《ランクシステム》を駆け上るには必要なことだった。楽な道じゃない。学ぶことが多い。僕らはそれを承知で〝塔の最上階〟を目指している。――日頃から家事に掃除にと、学生寮の一室で仕事に追われている〝精霊のミスズ〟にとって、勉強時間などは限られている。
だから、そんな精霊にかわって僕が買い物に行くことにした。
――幸い。
僕らは〝冒険〟が普通にできるようになって、少しずつではあるが、懐に入る《王国通貨》にも余裕が出ていた。
「今年の《白竜の季節》の買い物は、僕が街に行ってくるから。ミスズは少しだけだけど、ここで休憩でもしていてくれ」
「……不甲斐ないです。よろしくお願いします」
しゅん、とうなだれる精霊を残し、僕は布を襟元に巻いて街に向かった。
寮の扉を出ると、すでに次の季節の白に変わっていた。空から降りしきる雪が多くなっている。通りを見回すと、見慣れない馬車が多く止まっていた。
(……? なんだ、ありゃ)
馬車を見る。
足を止めてみれば、大樽を馬車に積み下ろしし、異国の作物や、南国の森で採れる果実などを扱う大男の人たちがいた。売り物を満載の馬車などがガラガラと音を立てて軽快に走っていて、僕の横を通り過ぎていく。一台や二台じゃなかった。
……なんだこれ、と思っていると、
「―――ていっ! 隙あり!」
「…………ぶふっ。……ま、まだ大して積もってない『雪』を固めて投げてきやがる人は……またあなたですね! 寮母さん!?」
振り返ると、『ふっふーん』と悪い笑みを浮かべる人が立っていた。
寮母さん。――寮母・クロイチェフという宿の管理人である。髪色は茶色、パッと見ると美人の修道女に見えるが、よくよく見ると慎ましさが欠如しており、『あれ、何かこの人神に仕える人じゃないな?』という胡散臭さを醸し出している。
その女性は手袋をしていて、一見すると雪支度をした可憐な美人である。襟元に布を巻く姿は完全に《防寒タイプ》の装備だった。僕に寮の前で偶然会ったのか、嬉しそうに、
「お酒が切れて買い出しに行ってみれば、学生寮から逃げていく『弟子』を見つけたんだもの。……ちょっかいかけなくちゃね、せっかく雪なんだもの――ふんっ!」
「ぶふっ! い、意味が分からないし、いきなり雪で襲いかかってくるなんて卑怯でしょう! 反撃だ、食らえ!」
「よっと。当たらないわよー。これも修行よ、行くわ!」
たった一度の不意打ちが成功した寮母さんは、そこから得意げになって僕と次元の低い争いを繰り広げた。僕も大人げなく夢中になった。時間が過ぎる頃には寮母さんに辛うじて一発の当たり、そして僕の姿が真っ白になっていた。
「……というか、クレイトはなんで外に出ていたの?」
「…………今さらですか。寮母さん」
『ぜえ、ぜえ』と一段落して、肩で息をする僕に問いかける。
正直、真っ先に雪を投げる前に疑問をぶつけるくらいの常識を持ってほしかったが、これが寮母さんという人なので素直に答える。というか、『なにやっているの?』という顔が純粋すぎて、妙に反論する気力も失せる。
「街に買い出しにでていたんですよ。見てのとおりね。
――今日は、もう冒険をしに《島の外》に出られる天気でもないし、《白竜の季節》を前にして買い出しに行っていたんです。薪材とかを買いにね」
「ふーん。というか、ちょこっと遅くない?」
「…………ぐ。い、痛いところを。だから慌てて買っているんですよ。……少し値段が高くなるくらい承知の上で。というか寮母さんこそ買い出しとかいいんですか。人一倍寒がるでしょ、あなた」
「いいもん。学生寮の中で皆から奪うから」
「――それを平気で、略奪宣言する大人は《剣島都市》広しといえどアンタだけでしょうよ。寮母さん」
……まさに、『ダメ人間』を見た気がした。
大人が、子供からモノを平気でぶんどってしまおうという宣言である。
この人は学生寮を管理している『寮母クロイチェフ』ではあるが、その生活力は低く、修行の時の鬼のような強さからは想像もできないくらい普段は〝生活力ゼロ〟〝ダメダメ管理能力〟の寮母さんである。私生活なら『お酒があればオッケー』と思っているような人で、『学生寮の窓の閉め忘れ』すらも平気で行う変人なので、学生たちはいやに大人びていて、自己管理が徹底している。(というか、諦めている??)寮の窓なども自主的に見回っているくらいだ。
と、そんな『ダメ寮母』と言われて久しい――(というか、本人は気にしておらず、むしろ生徒とはなぜか仲がいい)――人は、
「えへん。私が注文するのは、酒樽の量と度数の強さだけよ」
「威張るな! あんたがそうやって酔っ払って騒ぎばっかり起こすせいで、この学生寮が『変人の集まり』みたいな目で見られていい迷惑を被っているんだぞ!? 最近じゃ、昇格試験のゴタゴタで『爆発騒ぎ』があったし」
「ありゃあ、あんたの連れのお嬢ちゃん。ちびっ子のくせに《聖剣図書》とかいう爆発物の凶器を持った子のせいでしょ」
「…………その原因の片割れが、アンタでしょうが」
そして、口笛を吹きながら襟巻きの上でそっぽ向く寮母さん。
胡乱げな目で見ていた僕だったが、ふと気を取り直して、
「……というか、街中でのこの騒ぎってなんなんですか? 見たこともない《馬車》も止まってますし。なんだか見慣れない荷物が運ばれていて、歩く人たちもどこかソワソワしているような……」
「ありゃ? クレイト、知らないの?」
「? 知らないって、何を」
「これはね、《剣島都市》のお祭りなんだよ」
それを、姉が、弟に教えるように。
指を立てる寮母さんに、僕は目を丸くする。
……《剣島都市》の、お祭り……?
確かに、僕を包むこの島の状況は《お祭り》的な雰囲気を感じる。
他国―――つまり周辺諸国から搬入されてくる《馬車》の列などを見ても、この騒ぎのためだけに何か食料を仕入れているようにも見える。(最初は、寒さの支度だと思ったけど)
だが、僕がいた田舎王国セルアニアには、この時期にこんな祭りなんてなかったはずだが……。
考えていた僕に、
「英雄ロイスの聖誕祭―――。はるか、数百年も昔、この島が生まれたときに活躍した『始祖冒険者』を祭ったものだね」
「!」
隣を見ると、同じく寮から《雪支度》をして出てきた別の人影―――《片眼鏡》の紳士。その冒険者が現われた。
名前は〝ガフ・ドラベル〟。緑と黄色を基調とした冒険者服を身につけ、雪で白くなりつつある街中に顔を出していた。ちなみに、上級冒険者。僕の部屋の隣人で、立っていても見栄えのする名家出身の冒険者である。
その色白の容姿が出てきただけで、街中を厚着して歩く女の子たちは『キャー』と騒ぎ、遠巻きにこちらを眺めていた。めったに人目に出ない上級冒険者……というより、この〝ガフ・ドラベル〟という冒険者自体の人気だ。偶然目にしたことで、『ガフ様だわ』というウキウキした華やぐ声が聞こえてきたのだった。
…………同じ男で、しかも冒険者の僕としては、ずっと寒空の下突っ立っていても騒ぎ一つ起こされないので、かなり腑に落ちないものを感じる。
若干落ち込む僕に、『きゃー、クレイト。お酒買ってー。貢いでー』と少女のように窮屈そうに体を曲げた寮母を、僕はとりあえず蹴っておく。当然、くるくる遊びながら雪を滑って回避された。
「…………で、ガフ。なんなんだ、その聖誕祭って?」
「いいけど、本当に知らないのかい?」
「知らん。だいたい、僕は田舎者。辺境のセルアニア王国の生まれで、目指す冒険者のいる《剣島都市》という島と、〝ララさん〟という故郷の英雄の人しか知らなかったんだ」
「…………そうか。君はその人に憧れて、故郷を出てきたんだからね」
チラと。何か想いがあるように寮の二階……ミスズが勉強しているであろう一室の窓を見上げてから、ガフは僕に向き直る。
「―――コホン。英雄ロイスの伝説は、君も知っているね。
この都市を築いた開祖にして、『七人の弟子』たちと当時世界に蔓延っていた強大な魔物を駆逐していき、戦争に明け暮れていた周辺諸国を調整した。――新たな時代を築いた人だ」
「ああ」
「そして、大陸の中央で《剣島都市》は生まれた」
「……? なにを、分かりきったことを」
僕は思った。ガフが言っているのは、基本知識だ。
この世界の――下手したら他の周辺諸国に住んでいる人ですら、知っているような常識だった。僕の場合は『王国歴史学』の授業で深く習った。だから、それなりの知識はあると思う。
「――そして。〝彼〟が平和をもたらしたことによって、作物は実り、この土地は豊かになった。
豊かになれば、行われるのは〝お祭り〟だ。
だが、ここで重要なのは『何を祭るのか』だ。もちろん、僕らは《熾火の生命樹》の神々しい恵みによって守られている。それは忘れてはいけない。だけど、そのお祭りとは別に――〝平和の証〟を再確認する、そんなお祭りがあるのさ」
「……それが、今回の祭りだと?」
「そう。平和の象徴は二つ。―――《剣島都市》というこの島そのものと、それを創りたまいし〝英雄〟の名さ。そして、この時期こそが彼が最初に契約したという日。――つまり、〝英雄が生まれた日〟だ」
「……だから。英雄の『聖誕祭』。か」
僕は街中を見回した。
華やぎ、どこか働く荷物運びの人たちすらも浮かれているように見えたのは、この準備だったのか。『いつもとは違う雰囲気』の賑やかさだったが、不思議と、僕はそれが嫌いじゃなかった。
たぶん、お祭りが始まる前は、常にこんな空気に包まれるのだろう。
「そんなお祭りには、《冒険者たち》も参加して楽しむのが習わしだよ。この日ばかりは《冒険》もお休みさ。島外に出ている冒険者たちも帰還してくる」
「……へえ。参加って、何をするんだ?」
「英雄ロイスの生誕を祝って、みんなで食事をするんだ。そして、日頃から頑張ってくれているだろう、冒険を支えてくれる人たちに『贈り物』だね。この贈り物にも、いくつか場所と中身によって、種類があるんだけど」
「ふむ」
「まず、無難なのは食事会を開いて、招いた仲間に渡すことだろう。冒険に役立つ逸品でも、なんでもいいよ」
『値段』や『形』は、問わないという。
そんなことを聞いて僕はちょっぴり面白そうだ、と思った。
もともと《剣島都市》の街中で薪材などを買うことは予定に入っていた。いわば、そのついでに何かを見て回ればいいのだ。話しによれば、《冒険者》としての形を作ってくれた『始祖冒険者』や、その七人の弟子たちがいたという。
だから、それを含めて、仲間ともども感謝する。
だから食事の前の挨拶では、『ロイスに感謝を』『英雄に祝福を』だそうである。ちょっぴり、普段とは違う一日になりそうだった。祭りの主体となるのは、僕ら《冒険者》の絆だった。
「じゃあ、用意しないとな」
「だね。こちらも、日頃からよくやってくれている『契約精霊』のカトレアを労うため、ちょっとした食事会を催したい。……なるべく、温もりのこもっているやつをね。クレイトも一緒にどうかな。君の招きたい《冒険者》を交えてもいい」
ガフは、『《聖誕祭の催し》をしたいと思うが』といって僕を《片眼鏡》ごしに見てきた。――〝パーティ〟である。
僕は驚き、同時にそれは願ってもない機会だと思った。
ガフの話しでは、あちこちの寮で同じことをするらしいのである。他の冒険者たちは《一緒に魔物討伐をする》というギルドともいうべき集まりを小規模に抱えている場合もあって、酒場や、食事屋を借りることも多いらしい。……だが、こちらはあいにくと、『単独』の冒険者である。
そんな身分も王国硬貨もへったくれもない、下級の冒険者の集まりだ。自宅上等である。
であれば、弱小冒険者は冒険者なりに、集まって盛大にお祭りを楽しもう。という気構えで行くべきなのかもしれない。僕は何度も頷いていた。準備に考えをめぐらせる。
「――よしっ。ミスズと、後で話し合おう」
「学生寮の許可は――まあ、問題ないね」
ガフがチラリと見ると、寮母さんは『もっちろん、オッケーよ!』と頼もしい大人の顔で、大きな胸を反らせていた。こういうときだけは掛け値なしに頼りになる〝大人〟であったが、どうもその口元のにやつき具合から、それだけではないらしい。と察した。
……満面の笑みには『酒』、『酒』の文字が浮かんでいる。
……ええ、分かっていますよ。寮母さん。
学生寮で賑やかに料理を作ったり、それを食べたり、飲んだりする輪に自分も招けというのでしょう。聖誕祭を祝うぶんには構わないから、一口加えろと。
「寮母さんも招きますよ。約束です」
「やったー! クレイト大好き!」
空気を読んだ僕に、寮母さんは抱きついてくる。……重い。ずっしりとした大人の圧迫感を感じつつ、その人は子犬のように頬ずりをしてくる。僕は寮母さんにのしかかるように抱きつかれたまま、
「…………で、ガフ。その他の準備は?」
「そうだね。まずは料理の食材を揃えなければならない。……これは君のほうが詳しいと思う。なにせ、僕は〝厨房は料理人に任せっきり〟の生活だったからね」
「…………そういや、何気に貴族だったな。お前の実家」
「何気には余計さ。《剣島都市》で冒険者になった以上は、関係ない。他に考えるべきものとして、渡すべきプレゼントとか。部屋の飾り付けとかかな」
「さけ!」
「……聖誕祭って言うんだ。なんか、特別なことはないの?」
「あるね。
もともと、英雄の聖誕祭とは言うけど、この街中では招く側、招かれる側ともに仮装をしなくちゃいけない習わしなんだ。――〝獣のかぶり物〟、〝英雄の仮装〟、〝ゴーレムの着ぐるみ〟、それこそ伝説の英雄ロイスの物語になぞらえて、出てくる魔物とか、英雄、賢者のね」
「酒っ!」
「……へえ。なるほどね」
若干一名、ウキウキして口を挟んでいるのは置いておいて。
僕は後ろで抱きついている寮母さんを引きずるようにして、悩む。〝仮装をする〟と一口に言っても、いろいろ種類があるようだ。中でもありふれたのは、冒険者たちに人気の〝仮面〟というものだ。
これは賢者の一人がやっていたものらしく、それ一枚で、お手軽に《主人》の風格も醸し出せ、賢者の仮装もできるという優れものだ。お手軽に『聖誕祭』に参加するならこれが一番の手だろう。……ちなみに、精霊たちにはなぜか〝獣っぽい格好〟が人気らしい。相反する存在だからか?
「寮母さんは、ゴーレムですね」
「ええええ、ひどぅい」
そして僕がいうと、後ろで『何にしよーかなー』と頬に指をついていた寮母さんが叫ぶ。ついでに、『わたしだって、女の子なんだよー? カワイイもふもふの仮装とか期待しないの? 襲いかかってみたい女の子とかにならなくていいのー!?』と口を尖らせているが、もちろん、そんなもん最初から僕らは求めていない。僕は『襲うのは、アンタだろ』の一言でスルーする。
そんな騒ぎの横で、珍しく口ごもるガフが複雑な顔で『………というか、サルヴァス創成の賢者の一人、『酒豪のエリス』本人……』と自信なさげに、こちらを見ていた。
「……? なんか言ったか?」
「いや。なんでもない。
気を取り直して。クレイト。注意点としては、招待客には直前まで〝プレゼント〟を渡すことも、中身も秘密にして隠し通すことだ。相手が《冒険の仲間》ならば、なおさらだ」
「……えっ? そうなのか?」
「この『聖誕祭』は、あくまで―――『神話の再現』。
それぞれが英雄、豪傑、賢者、魔物に扮する――この《島》の秘密と仮装だらけの祭りの習わしさ。だから、当然ながら仲間には、事前にその内容を伝えずに気持ちを込めて贈る」
「そ、そっか。ミスズに、ほしいモノを聞こうと思ってたけど」
「それも含めて、考えてあげるのもお祭りの演出さ。心がこもっていれば喜んでくれると思うよ。なにせ、《冒険者》は《精霊》がいなくちゃ、冒険が成立しないんだから」
―――冒険者は、精霊がいなくちゃ冒険が成立しない。
その言葉は、なんだか僕の胸に妙に刺さった。
……そうだ。
忘れていたわけではない。だが、忘れちゃいけない、……何よりも大切なこと。
僕は寮の二階の窓を振り返っていた。この日まで、『Eランクになった』とか浮かれていたけど。考えてみたら、ミスズと出会ったことでこの島の〝冒険がスタート〟だったんだ。
目の前のことで忙しくしていたけど。あの時に《寮の中の迷い精霊》の顔を見たときから、僕らの冒険が始まっていた。
…………だから。今がある。
普段だったら言えないようなことも、このお祭りの中でなら……。
「そっか。頑張る」
「ああ。頑張ってね。クレイト。街中で〝贈り物〟を選んで、特別な舞台で渡すことも日頃からの〝精霊〟の助けに、ぼくら《冒険者》ができることさ」
そうして。妙に緊張してしまう僕の顔を見て、ガフは白い息を吐きながら微笑ましそうにするのだった。