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『喉枯し(のどごし)』

作者: 空知 縹

喉の渇きに襲われて立ち寄ったコンビニのドリンクコーナーで、俺は悩んでみる。

このコンビニはバス停の前にあって、帰路十五分の間拘束をされる前に水分を摂取したいと思い立ったわけで入店した。

ドリンクを選ぶ際に思いつく決定打は三つ。

金銭面、爽快感、芳醇なフルーツ。

どれも魅力的で、どれに優先順位をつけることもできない。

元々特別なオンリーワンである。と、なんとなく言ってみたい次第である。

然しながら、俺が愛飲するコカ・コーラはゼロカロリーとそうでないのとで値段が違っている。

具体的には、赤ラベルのコーラの方が二十円近くお高めである。

何故だろう。

素朴な疑問を頭の中で過ぎらせ、また悩む。

やはり爽快感が欲しい。しかし出来ることなら赤ラベルのコーラを飲みたい。あの特有な砂糖の甘ったるさを食道に引っ掛けたい。

だが二十円の違いは小さいようで大きいのは確か。

うむ。

ならばフルーツ炭酸はどうだろうか。

芳醇と爽快感のアジテーションが織り成す完成形。

そうして最初に目に入ったのはクリームレモンソーダ。悪くは無い。しかしだめだ、今の俺には甘すぎる。

次に視線が移ったのは青リンゴサワー。因みにこれはコンビニのプライベートブランド商品であるため比較的値段が安くお買い求めしやすい。非常に魅力的ではある。決定打の三点を難なく通過している。

そこで、俺の中に潜む小さな悪魔が耳元で囁く。

味に保証がないじゃない。

俺の中の悪魔は埒が明かないことを言うものだなあ。

だが確かに、あと二十円出せばゼロカロリーのコーラが買えてしまうのだ。あまりに諸刃すぎる。

なんて阿呆なのか。俺はドリンクコーナーでここまでの考えに耽れるのだ。相当に暇で疲れ知らずだと言える。

時計に目をやる。バスが来るまであと五分。

迫るタイムリミット。急げ。俺は何が飲みたいのだ。

早く決めなければ、と焦るほど人間は驚くほど思考が働かないものだ。

では、申し訳程度の果汁が入った天然水にするか?

117円。

金銭面は悪くない。爽快感もまずまず。芳醇とはいえないがフルーツだ。

しかし、致命的に足りない。何かが!

…。

……ない。俺が今すぐに是が非でも求めるような完全無欠な飲み物が、このコンビニにはない。

そう思って、俺はゼロカロリーのコーラに手を伸ばす。

そうか、やはりこうなるのか。

結局、徒労だ。

最初からこうすれば良かったのだ。寧ろ、ゼロコーラの何が悪かった?

俺はレジに並び、こちらにどうぞと促す若い女性店員の元へ足を運ぶ。

飲み物一つを買うのに三分以上も時間をかけてしまった。こうして俺の人生も無駄遣いされていくのだろう。

お会計は129円になります。

女性店員に百円玉二枚を放り、釣り銭を受け取ってコーラを手に入れる。

本当にこれで良かったのだろうか。いや、もうやめよう。

"これ以上、コーラ相手に思考を巡らすのはやめよう"。

ありがとうございました。

女性店員の爪は紅黒く熟成されたクランベリーのようなネイルカラーだった。

何故かと言われても説明し難いのだが、欠けていたピースが嵌るべき所へぴたりとハマった気分である。

さて。

俺はコンビニを出てバス停に並ぶ。

丁度にもバスが停留所へ到着しそうなシーンであった。

俺はコーラの栓を開けて炭酸が抜けることになんとも言えない優悦感を覚えると、ひとおもいに喉奥へと流し込む。

これだ。この爽快感だ。心地よい喉の痛みが脳に伝わり、瞳に涙が溜まる。

この爽快感はコーラ以外のドリンクが魅せられる代物ではない。

そしてあることに気がつく。

きっと、この喉に流れるのが赤ラベルのコーラであっても同じ台詞を吐いただろうな、と。

間違いなかった。俺が求めていたのは三つの決定打であった(値段、炭酸、果汁)が、結局身体が求めていたのはコーラのように真っ直ぐに力強く繊細で甘味ある炭酸なのだと。

それなら俺は二十円分の得をしたのだろうか。

つまり、赤ではなく黒のコーラを購入したことで同じ感想が述べられるのなら、結局のところ値段に勝る要素はないのだろうか。

と考えて、断じて否と返す。

きっとそうではないのだろう。俺は漆黒とも比喩できるその黒色した液体をもう一口喉へ送るとバスに乗車した。

明日は赤ラベルのコーラが飲みたいな。と、今度は俺の中の天使が囁く。

何の変哲もない、それはただの月曜日の話であった。

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