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君と僕等を、繋ぐ線。  作者: 中め
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4/7

新線。



「畑田ー、異動が決まったぞー。希望してた芸能部ー。しかも、音楽部門だぞ‼」


 喜べ‼ とばかりに1年先輩の里中さんが、私の肩をポンと叩いた。


「イヤ、希望してたのって3年前の話でしょうよ。超今更ッス」


 3年前、私はこの上川出版に入社した。


 本当は教師を目指して教育実習まで行っていたというのに、大学4年の時に桜沢悠斗の音楽に出会ってしまったことをきっかけに、桜沢悠斗に会いたい一心で音楽業界への就職に路線変更。超ミーハー。


 4年で進路変更をしてしまった為、当然周りよりも就活に出遅れた。


 更に、音楽の知識もない。


 無謀な私は、桜沢悠斗が所属しているレコード会社、事務所、それと桜沢悠斗が来るだろうラジオ局、音楽雑誌の編集部等々、片っ端から応募して、悉く落とされた。


 親に何度「お前は何をしに大学に行ったんだ」とブチ切れられたか分からない。


 そんな私に唯一、上川出版だけが採用通知をくれた。


 上川出版には音楽部門がある‼ もしかしたら……。


 はみ出しては零れ落ちていただろう希望を胸に、いざ入社してみれば、配属されたのはスポーツ部。


 しかも、任された担当が高校・大学ラグビー。


 ……ラグビーて。


 ワールドカップ以外であまり話題にならないそのスポーツ。


 ルールどころか、最早何人でやるものなのかさえ分からない。

 

 言ってしまえば興味もない。


 辞めたい。やっぱ教師になれば良かった。と頭を過ぎった……というか、それしか考えられないくらいに、この会社に入ったことを後悔した。


 が、『教師になります。だから大学に行きます』と親に高らかと宣言していたくせに、結局教師にならず、更に入社したばかりの会社を辞めるなんて、許されるわけがなかった。

 

仕方なく、先輩に教えてもらったり、本やネットで調べたりしながらラグビーの勉強を始めた。

 

 知れば知るほど奥深いラグビーの世界。


 どんどん仕事が好きになり、『音楽部門に行きたい』などという感情もなくなっていった。


 と言うのも、私が入社した頃から、桜沢悠斗は歌わなくなっていたからだ。


 もともとテレビに出る様な人ではなかったが、ラジオにも雑誌にも全く出なくなっていた。もちろん、ライブ活動もなし。


 そんな彼は、何故かボカロPに戻り、一切表に出なくなった。


 別に仕事が楽しくなってきたからいいけどさ。


 私は、何の為にこの会社に入ったのだろう。


 そして、折角やりがいを感じていたのに、今更異動とか勘弁して下さいよ。


「S高の桑野選手、大学に行ってラグビーをするのか、社会人チームに入るのかで今、揺れていてですね、いい記事が書けそうなんですよ。この前のインタビュー、凄く良かったんですよ。彼の動向を追いたいんですよ。私、ずっと彼を応援してたの、知ってますよね? 里中さん」


 私はスポーツ部に残る‼ と里中さんに強い意思表示をするも、


「知ってますけど、俺に人事の権限はないからねー。ハイ、ざんねーん。桑野選手の今後は俺が責任を持って追うから、畑田は安心して、さっさと荷物を纏めて芸能部へ行ってらっしゃーい」


 里中さんにひらひらと笑顔で手を振られてしまった。


「嫌だ。任せられない」


 本心ではないけれど、嬉しそうに私を追い出そうとする里中さんに腹が立って言い返すと、


「さて、ちゃっちゃと出来損ないの畑田のデスクを掃除して、後任の人を迎え入れる準備しないとねー。あーあ。畑田なんかに『任せられない』とか言われたら、俺も終わりだなー。よりによって畑田なんかにー」


 イライラを全面に満遍なく押し出した笑顔を作りながら、里中さんが私のデスクにある荷物をおもむろにダンボールに入れだした。


「勝手に他人のデスク弄らないで下さいよ‼ しかも、もっと丁寧にダンボールに片して下さいよ‼ もー‼ 嘘ですから‼ 『任せられない』んじゃなくて、『任せたくない』だけですよ。私がやりたい仕事だから」


 里中さんによって、乱雑に入れられてしまった自分の荷物を、とりあえず自分のデスクに取り出す。


「入社当初はラグビーなんか全ッ然興味なかったくせになー。成長したなぁ、畑田。あっちにも畑田のやりたい仕事はあるから。俺が畑田を推したんだよ、部長と人事に」


 里中さんが私の頭を軽く撫でた。


 その手を握って睨みつける。


「……余計なことを」


「やっぱ知らないんだ、畑田。桜沢悠斗、今度新人バンドのプロデュースするんだってよ。3年ぶりに雑誌取材受けるらしい。あっちに俺の同期がいるから、畑田を桜沢悠斗の取材担当にしてくれって頼んでおいたから。だから、畑田はあっちで頑張りなさい」


 里中さんが、私に握られていた手を振り払い、その手で私のオデコをペシっと叩いた。


 スポーツ部に配属になった当初、「何で私がスポーツなんだ‼ 私は桜沢悠斗の取材をする為に入社したのに‼」と、学生気分の抜け切れない、仕事を舐めきった文句を、里中さんに3ヶ月くらいしつこく愚痴り散らしていた。


 聞かれてもいないのに、いかに桜沢悠斗が天才かを熱弁したり。


 桜沢悠斗が歌わなくなった昨今、桜沢悠斗の『サ』の字も発していなかったのに、里中さんは覚えていてくれたんだ。


「……里中さん。何、男前なことしてくれてるんですか。結婚して下さいよ」


 里中さんの腕に絡みつきながら求婚すると、


「気安く触るなよ。知っての通り、俺は新婚ラブラブだ。更に日本が一夫多妻制の国になったとしても、お前なんかお断りじゃ」


 先月式を挙げたばかりの里中さんが、絡まる私を引き剥がしながら、左手薬指に輝く指輪を私の目の前に翳した。


 どうでもいいけど、冗談に対する返しが酷すぎる。


 なんで好きでもない男(人としては大好きだけれど)に、こんなにバッサリ振られなければいけないんだ。


「念願の桜沢悠斗の取材レポ、どんだけ素晴らしいものを書くのか見モノだねー」


 軽い嫌味まで浴びせると、里中さんは自分のデスクに戻って行った。


 振られて良かったわ。


 この人と生涯を共にするのは、まじで無理だ。


「見とけ‼ 仰天するくらい凄い記事を書いてやる‼」


 里中さんの背中に向かって言い返すも、里中さんは「何か騒がしいなぁ」と白々しく辺りを見渡しては何事もなかったかの様にパソコンを開いた。


 くっそー。絶対見返してやる‼


 里中さんにより活気づけられて、何故か【打倒里中】を胸にスポーツ部から芸能部に異動する準備を進めた。



 暫くは、後任の方にしぶしぶ自分がやりたかった桑野選手に関する仕事等々の引継ぎをしながら、自分も芸能部に行って前任の方から引継ぎを受ける日々。


 前任の方……は、同期の菊池だった。


 菊池は入社当時、社会部を希望していたが、願い叶わず。彼もまた、3年で念願の社会部に異動が決まり、意気揚々としていた。


「畑田、桜沢悠斗の取材担当になるんだって?」


 引継ぎなんかしてないで、一刻も早く社会部に行きたい気持ちを隠せない様子の菊池が、『これ』と言いながら、入社したての時に取材したという、自殺したネット小説家の秋の資料をワタシに手渡してきた。


 秋は桜沢悠斗と付き合っていたと噂されていた女性。


 彼女は、私たちが入社する前日に命を絶った。


『桜沢悠斗の彼女だったかもしれない』というネタはあったが、事実かどうかは分からない、スランプに陥った売れないネット小説家の自殺は、大きな記事にはならない。


 だから当時新人だった菊池は、入社早々にこのディープな割りには小さな仕事を押し付けられてしまい、お互い自分のやりたいことが出来ないもどかしさを、酒を酌み交わしながら嘆いた日々を思い出す。


「この、秋さんって人と桜沢悠斗って、本当に付き合っていたのかな」


 菊池から受け取った資料をパラパラ捲りながら尋ねる。


「俺、秋の葬式にも行ったんだけどさ、桜沢悠斗の姿は押さえられなかったんだよね。会場、裏口が複数あったし、桜沢悠斗ってその頃人気ヤバかったじゃん。もしいたとしても、桜沢悠斗の関係者がしっかりガードしただろうし。とりあえず、秋と桜沢悠斗の繋がりを証明するものは何一つ見つけられなかった」


「桜沢悠斗との繋がりがないんじゃ、この資料もらっても使い道ないんですけど」


 新人だった菊池がしゃかりきに掻き集めた秋の資料は結構膨大な量だった。とりあえず、引き出しの奥の方で眠ってもらうことに。


「そう言うなよ。そこにない資料は共有フォルダに入れといてやったからさ」


 菊池がパソコンを開き、デスクトップに貼り付けてある共有フォルダにカーソルを持っていくと、その中にある【桜沢ファイル】を指差した。


 彼の資料はまだまだあるらしい。


 なんだかんだ、菊池は仕事熱心なのだ。


 だがしかし申し訳ないが、菊池がパソコンに入れた資料はゴミ箱行きになるだろう。


「俺、社会部の引継ぎ行ってくるわ」


 と菊池が私の傍から離れると、


「お疲れ様です、畑田さん。俺、里中の同期の北村です。畑田さんと組んで仕事することになるから、よろしくね」


 普通な男の人が話しかけてきた。


 ドラマなら、少女マンガなら、キラッキラな先輩が登場して恋に堕ちるシチュエーションのはずなのに、可もなく不可もなく。取立て優しそうでも意地悪そうでもない。至って普通の健康優良男子がそこにいた。


 仕事をしに来ているのだから、嫌な奴じゃなければそれで良いのだけれど、私は社会人になってから彼氏がいたことがない。


 つまり、3年間彼氏がいない。


 さっきの菊池でさえ彼女がいるのに。里中さんに至っては、結婚までしてるというのに。


 私もそろそろ彼氏が欲しいのです。


 が、今回も彼氏が出来る気配なし。


「あ、よろしくお願いします」


 勝手に残念がるという失礼極まりない思考を働かせながら軽く頭を下げると、


「良かった。気を遣わなくても良さげ系のコで」


 北村さんが、安堵した様に微笑んだ。


 どうやら北村さんの目にも、私のことは健康優良女子にしか見えなかったらしい。




 ---------完全に引継ぎをし終わって、晴れて芸能部に。


「早速だけど、明日、桜沢悠斗の取材があるから、これに目通しておいて」


 デスクに着くやいなや、隣の席の北村さんに明日の取材での注意事項を手渡された。


 桜沢悠斗の事務所から出された、その注意事項は2つ。


 ひとつ目は、『過去に噂になったネット小説家の秋さんと桜沢悠斗は、友人関係にあったがそれ以上ではない。桜沢悠斗が歌を歌わなくなった理由は秋さんにはない。故人を巻き込む質問には答えない』というもの。


 2つ目は、『桜沢悠斗が歌を歌わなくなった理由は、自分で歌うよりもプロデューサーとしての活動に興味を持ったからであって、それ以外の理由はない。歌を歌わない理由を本人に聞くことも控えて欲しい』との事だった。


 ……自分で歌うよりもって。何それ。


 嘘だ。だって彼は……。



 注意事項を睨みつける様に凝視をしていると、


「里中から聞いたよ。畑田さん、桜沢悠斗の大ファンなんだってね。詳しいんでしょ? 明日、頼んだよ。期待してるから」


 注意事項に何の疑問も抱いていないであろう北村さんが、優しく笑いかけた。


「あ、あの」『プルルルル』


 注意事項について北村さんに相談しようとした時、タイミング悪く内線が鳴った。


「はい。芸能部、畑田です」


 仕方なく電話に出ると、


『芸能部の畑田じゃん。あ、スポーツ部の里中ですー。お疲れさまですー』


 電話の主は、完全にふざけた里中さんだった。


「何スカ? 今、明日の取材の打ち合わせで忙しいんですけど」


 別に忙しくはないが、里中さんのテンションがウザかった為、早々に切ってやろうとすると、


『桜沢悠斗の取材だろ? 北村から聞いた。お前、桜沢悠斗のファンだから、色々想う所もあるだろうとは思うけどさ、俺は、誰かの迷惑になるような仕事の仕方は違うと思う。俺はこの3年間、お前にそんな仕事の仕方は教えてないよな? ルールは守れ。以上。』


 里中先輩は言うだけ言うと、一方的に電話を切りやがった。


『ルールは守れ』と言う里中さんは、注意事項の存在を北村さんから聞いていたのだろう。


 ファンでなくとも突っ込んで聞きたいだろうことを、『質問するな』と書かれた注意事項。


 だけど、でも……。


 

「内線、里中だろ? 何て?」


 私が受話器を置くのを確認して、北村さんが話しかけてきた。


「誰かに迷惑を掛けて仕事するなって」


「お父さんみたいだな、アイツ。里中、畑田さんのこと、相当可愛がってたからねー。『畑田のやりたい仕事をさせてやりたいけど、自分の目の届かない所に行かせるのは心配』とか言っててさ。自分で畑田さんを芸能部に推しておいて、俺に自分の子を嫁に出すかの様に『くれぐれも宜しく』って電話してきたかと思えば、菓子折り持って芸能部に挨拶に来たりさー」


 北村さんが、自分の口に拳を当てながら「クックックッ」と思い出し笑いをし出した。


 ……知らなかった。


 里中さんが、私のことをそんな風に思っていてくれていたとは……。


 自分の意見を押し通して、北村さんに迷惑をかけて、里中さんをガッカリさせたくない。


 ルールは、守る。



「あ、これ。明日の取材の為に聞いておいて。桜沢悠斗プロデュースの新人バンドの音源」


 そう言って発売前のサンプルCDを私の机に置くと、北村さんは自分のデスクに戻り、違う仕事をし出した。


 ので、イヤフォンをしてそのCDを聞くことに。


 前奏で、鳥肌が立った。


 ボカロではない桜沢悠斗の音源を聞いたのは、3年ぶりだったから。


 曲は最高だった。


 歌詞も、桜沢悠斗らしい素敵な文章。


 ボーカルの声も良かったし、歌も上手かった。



 だけど、桜沢悠斗が歌った方が絶対良い曲だった。





 -------------翌日、遂に桜沢悠斗の取材の日が来た。


 北村さんと、指定されたスタジオに向かう。


 今日の取材は合同ではなく、各出版社個別インタビュー形式だった。


 取材時間は10分。


 夢にまで見た、憧れの桜沢悠斗と話が出来る。


 否応なしに高鳴る心臓は、もうどうしたって収まらない。


 ルールを守りつつ、彼から言葉を引き出せるだろうか。


 そわそわして待っていると、私たちの番が回ってきた。


 待ちに待った、桜沢悠斗との対面。


 既に何社かの取材を受け終わっていた彼は、少し疲れている様子だった。


「上川出版の北村です」


「畑田です。よろしくお願い致します」


 北村さんに続き、挨拶をしながら桜沢悠斗に名刺を差し出すと、彼はそれに目を通すことなく、北村さんと私の名刺を重ね合わせてテーブルに置いた。


「……よろしくお願いします」


 桜沢悠斗に、笑顔はない。


 取材にノリ気ではないことが、誰の目から見ても分かる。


 スタジオのソファに、3人で腰を掛ける。


 私の隣には北村さんが。テーブルを挟んで正面に桜沢悠斗がいる。


「早速ですが……」


 北村さんが何とも当たり障りのない質問を桜沢悠斗に尋ねる形で、インタビューはスタートした。


 何を聞いても新人バンドのことにすり替え、自分の話は一切喋ろうとしない桜沢悠斗。


 そんな桜沢悠斗の態度に、イライラが募る。


 私たちはアンタにインタビューしてるんだよ。新人バンドの話が聞きたい時は、そのバンドに聞きに行くっつーの。


『ルールは守れ』


 頭の中で里中さんの言葉が回る。


 分かってる。だから、ギリギリの線を。


 だって私は、桜沢悠斗の取材がしたくて出版社に入ったのだから。


「あの、桜沢さんがプロデュースされた曲、聞きました。物凄くノリが良くて素敵な曲でした。……ただ、自分で歌った方が良いな。とは思いませんでしたか?」


 私の質問に、桜沢悠斗が一瞬顔を顰めた。


「それは、ボーカルの声が良くないって言いたいの? それとも歌が下手だって言いたいの?」


「いえ。声も歌も凄く良いと思いましたよ。ただ、桜沢さんが歌った方が良かったなっていう個人的な感想です」


 天才とまで崇めていた桜沢悠斗に、謎にケンカ腰のインタビュー。


 だって、私の態度も大概だけど、桜沢悠斗の対応も失礼だ。


「……僕は、自分で歌うよりアイツらに歌わせた方がいいと思った。自分で歌いたいとも思わない」


 桜沢悠斗は、一貫して態度を変えない。


 桜沢悠斗は、失礼な上に嘘つきだ。



「私は、桜沢さんが作る音楽が大好きで、桜沢さんの歌う歌が本当に好きで、桜沢さんが活動休止する直前のツアーの最終日にも行きました。まだ入社前でお金なくて、新幹線使えなくて東京から高速バスで行ったんです。そのライブのMCで、桜沢さん言ったじゃないですか。『ずっと歌い続けていたい』って。『またすぐにでもツアーがしたい』って。あれ、嘘だったんですか⁉ 何なんですか⁉ 『歌いたいとも思わない』って。何でそんな嘘吐くんですか⁉」


 怒り余って桜沢悠斗に詰め寄る私の腕を、

 

「やめろ、畑田さん。その質問はギリアウト」


 北村さんがグっと掴んで引いた。


 ギリギリの線を、踏み越えてしまった。


「……それは申し訳ないことをしたね。でも、急に気が変わることだってあるでしょ?」


 謝りながらも嘘を認めない桜沢悠斗に、良く分からない怒りが込み上げる。


 だって、歌上手いのに。声綺麗なのに。才能あるのに。


 それを使わないのはもったいなさ過ぎる。


 彼の歌で、たくさんの人が感動するというのに。


「……確かに急に気が変わる事はある。私、教師になりたくて大学行ったのに、教職まで取ったのに、桜沢さんの歌に出会って、桜沢さんと仕事がしたくて出版社に入りましたもん。……でも、桜沢さんは気が変わったわけじゃないですよね? だって、あんなに良い声を持っていて上手に歌える人が、『曲は作りたいけど歌は歌いたくない』なんて思いますかね? 『音楽が嫌いになって音楽ごと辞める』ならまだ解る気がしますが……どうも解せないんですよね」


 ギリギリの線を越えても尚、北村さんに制止されても尚、じりじりと桜沢悠斗を攻める。


 どうしても、彼が歌を歌わない理由が納得出来ない。


 どうしても、彼に歌を歌って欲しい。


「……」


 桜沢悠斗は何も応えず、自分の腕に巻きつけられた時計に目を落とし、取材終了時間を確認した。


 ……何なんだよ、その態度。



「御社が提示した注意事項、2つ目のヤツは嘘ですよね? 『自分が歌うよりもプロデューサー業に興味を持った』ってヤツ。じゃあ、1つ目だって嘘なんじゃないですか? ……なんか可哀想ですね、彼女。死んだ後にこんなに見縊られるなんて。彼女は、アナタを恨んで死ぬような陰険な女だったんですか⁉」


 腹が立って勢い余ってしまった。


 今の言葉は、アウトでしかない。完全なる、ルール違反。


「失礼なことを言ってしまい、申し訳ありません‼ ほら‼ 畑田も頭を下げろ‼」


 隣に座っていた北村さんが90度に腰を曲げながら、慌てて私の後頭部に手をやると、圧をかけながら私の頭を押し下ろした。



「……何にも知らないくせに分かった様な口利いてんじゃねぇよ」


 怒りの篭った声でそう言うと、桜沢悠斗は再度腕時計の時間を確認し「取材の時間は終了です」とテーブルに置きっぱなしにしていた私たちの名刺に手を伸ばした。


「上川出版……ね。今後NGで」


 言い捨てて、桜沢悠斗は席を立った。




 ------------完全にやらかしてしまった。



「すみません‼ すみません‼ 本当に申し訳ありませんでした‼」


 帰社途中の車の中で、北村さんに猛烈に謝罪。


「里中が心配してたわけが理解出来たわ。畑田さん、危なっかしいを通り越して最早危険人物」


 北村さんは、怒っているというより呆れ果てている様だった。


「今日の仕事の仕方は良くないよ。桜沢悠斗が秋っていうネット小説家と付き合っていたかどうかは分からないけど、友人関係だったって言っている以上、関わりがあったことは間違いない。関係者の死で心に傷がつくのは当たり前。そこを抉るやり方は、俺は好きじゃない。ていうか、大嫌い」


 顔を顰めながらハンドルを握る北村さんに、正論でしかないお叱りを受ける。


「はい。すみませんでした」


 ついカッとして暴言を吐いてしまったことを、スカートを握りしめながら深く頭を下げる。


『ルールは守る』とあんなに胸に誓っていたのに、アッサリ破る自分が情けない。 


 里中さんの助言を無視し、北村さんに迷惑を掛けて、私は何てことをしてしまったのだろう。


「俺に謝っても仕方ないでしょ。でも、先方への謝罪は後日アポを取って俺一人で行く。畑田さんを連れて行くのはちょっと危険な気がするから。今日のことは、とりあえず口外しないように。上長にも、もちろん里中にも」


「でも、ウチの出版社、私のせいでNG出されちゃったんですよ?」


 半泣き状態で北村さんを見上げる。


 私、クビになってしまうかもしれない。


「俺、物事を丸く収めるの得意な方だから。なんとかするから、異動早々周りの人に心配かけるなよ」


 北村さんが「泣くな泣くな」と左手で私の頭をポンポンと撫でた。


「優しすぎますよ、北村さん。何で怒らないんですか?」


「まぁ、怒ってなくはないんだけどね。ただ、俺には出来ないインタビューだったなぁと思って。桜沢悠斗がツアー最終日で言った言葉なんて、ツアー後に発売されたライブDVDでカットされてたから、行った人しか分からないことじゃん? きっと他の出版社の記者の中にもライブレポの仕事でその会場にいた人間はいたと思うけど、桜沢悠斗の言葉を覚えてる記者なんていないんじゃないかなーと。だって、その記者は他にもたくさんのバンドのライブに行ってレポ書いてるはずだから、ピンポイントで桜沢悠斗の話を記憶していることはないだろうと思うんだ。アレは、畑田さんだから出来たインタビューだったなーって思う。だから、俺が向こうに行って頭下げてる間に、畑田さんにしか書けない記事を書いてよ。それに、里中に畑田さんの事頼まれちゃってるしねー。出来る限り守るから」


 男前な発言をする北村さんを、【至って普通な健康優良男子】なんて目で見てしまっていたことを深く反省。


 私に彼氏が出来ないのは、単に男を見る目がないからだ。


 北村さんの優しさに涙しつつ、絶対にどこの出版社よりも目を引く良い記事を書かなければ‼ と奮起した。



 社に戻り、早速桜沢悠斗の記事に手を掛ける。


 取材時に録音していたレコーダーを再生し、もう1度聞き直す。


 注意深く聞き続けていると、


『何も知らないくせに、分かった様な口利いてんじゃねぇよ』


 取材終了間際に桜沢悠斗が放った言葉が流れた。


 その通りだと思った。


 私は桜沢悠斗の友達でも親族でもない。


 桜沢悠斗のついて知っていることは、桜沢悠斗がメディアに発言したことだけだ。


 秋についてはもっと知らない。


 秋の小説を読んだこともない。


 何の関係もない私が、2人の深い部分を知ることは不可能だ。


 だけど、浅くさえも知らない秋について、あんな風に桜沢悠斗を責めたのは、やっぱり違うと思う。


 秋の小説を読もう。秋を知ろう。秋を……。



 ------------あ‼

 


 デスクの引き出しの奥底に眠らせた、菊池が新人時代に取材して集めた秋に関する資料を掘り起こす。


 まさか使える時が来るとは。ナイス‼ 菊池‼


『そこにない資料は、共有フォルダに入れといてやったからさ』


 ふと、菊池の言葉が頭を過った。


 そうだ‼ 菊池から引き継いだ資料、まだあるじゃん‼


 パソコンにかぶりつき、共有フォルダを開く。



 ……ない。


 ないじゃん‼ 何で⁉


 あ‼ そうじゃん。使わないと思ってごみ箱に捨てたじゃん‼


 やばいやばい。ごみ箱にまだ残ってるかな? この前空にした様な……。


 一縷の望みをかけ、ごみ箱を開くと、


「……あったし。良かったー」


 秋の資料は、削除されずに残っていた。


 思わずノートパソコンを抱きしめる。


 自分で自分を褒めてあげたい。よくぞ抹消しなかった、私‼



 パソコンのファイルに保存されているデータと、ファイリングされた紙の資料と、秋の書いた小説を隅々まで読み漁る。


 そうしている間に、仕事を終えた社の人間が次々と帰って行く。


 北村さんに「そんなに根詰めなくていいから。畑田さんも帰りな」と言われたが、残業を決め込んだ。


 だっていくら読んでも、私が知りたい情報がどこにも書かれていなかったから。


 逆におかしい。


 桜沢悠斗と秋が友人関係だったとしたら、ブログか何かでなんらかの書き込みがあっても良さそうなのに、何も出て来なかった。


 それはやはり、【恋人関係にあった】からなのではないだろうか。


 友人関係なら、ひた隠す必要はないはずだ。


 こんなにも何も出てこないなんて、不自然だ。


 仮に桜沢悠斗と秋が本当に付き合ってたとして、私が秋の立場だったら、黙っていられるだろうか。


 女子なんて、彼氏が出来たら嬉しくて、聞かれてもないのに彼氏自慢してノロけたい生き物だ。


 それが、普通の男じゃなくて桜沢悠斗だったら、それこそ自慢したくて仕方なくなったりしないだろうか。


 秘密にしなければならない関係だったとしても、お揃いの何かを身につけたり、どうにかして誰かに気付いて欲しいとは思わないだろうか。


 何で何も出てこない?


 秋は最期に、桜沢悠斗に何を言って去ったのだろう。


 何も言わなかったのだろうか。


 どうして桜沢悠斗は歌わなくなってしまったの?


 秋の事を探れば探るほど、疑問が増える。



 頭を掻き毟りながら、何となく秋と桜沢悠斗の対談記事に再度目を通す。


 …………。


 秋の何気ない言葉に、何故か目が止まった。


 ……もしも、私が秋だったなら。


 パソコンのキーボードを叩き、頭に浮かぶありとあらゆる可能性を試す。


 違う。これでもない。これも違う。


 これでもかとキーボードに文字を打ち込んでいると、


「……あった」


 それらしいものを見つけた時には、すっかり夜は明けていて、なんなら早出の社員が出社してくる時間になっていた。


「おはよーございまーす」


 程なく北村さんも出勤して来た。


「おはようございます、北村さん‼ あの、桜沢悠斗の事務所に謝罪に行く日って、決まりました?」


 待ってました‼ とばかりに北村さんに駆け寄る。


「早速今日行く約束だけど……畑田さん、昨日帰らなかったでしょ。昨日と洋服一緒じゃん」


 北村さんが「もー。女のコなんだから毎日お風呂に入りなさいよ」と、近くに置かれていた芳香スプレーを手に取り、私の洋服に振りかけた。


 ……何。私、そんなに臭いの? すごいショックだけど、そんな場合ではない。


「あの‼ 今日、桜沢悠斗に伝えて欲しいことがあるんです‼」


 くんくんと袖や髪の毛の臭いを嗅ぎ、自分から放たれる体臭を気にしつつ、北村さんの腕を引っ張りながら自分のデスクに連れて行くと、パソコンの中のさっき見つけたものを北村さんに見せた。


「もー、出社した途端に何だよー」


 と若干面倒臭そうにパソコン画面を覗いた北村さんが、


「……」


 無言になり、まじまじとパソコン画面に並ぶ文字を熟読し出した。


 暫く読んだ後、


「……これ、本物っぽいね」


 北村さんが、真顔で私に同意を求めた。


「ですよね。だから、桜沢悠斗に知らせて下さい。彼、この存在を知らないんだと思います。だから歌わないんだと思います」


 北村さんに「よろしくお願いします」と頭を下げると、


「……やっぱり一緒に行こうか、畑田さん。これは畑田さんが寝ないで見つけたものでしょ? 畑田さんが伝えた方が、桜沢悠斗ファンの畑田さんの方が、桜沢悠斗の心に刺さるんじゃないかな」


 北村さんが、私の肩を掴んで身体を起こさせた。


 私が行ったら、拒否反応で聞き入れてもらえないかもしれない」


 ふるふると頭を左右に振ると、再度「お願いします」と北村さんに頭を下げた。


「これを見る限り、桜沢悠斗と秋は確実に恋人同士だったと思う。恋人に関することだよ。どんなに嫌いな相手からの情報だったとしても、聞きたいと思うでしょ。普通。万が一何かあったら、頭下げて丸く収めるから。北村先輩に任せなさい。だから、畑田さんも一緒に行こう」


 と、そよ風程度の先輩風を吹かせながら私の頭を撫でると、北村さんは目覚ましのコーヒーを買うべく、自販機コーナーに行ってしまった。


 私は、上手くこのことを桜沢悠斗に伝えることが出来るだろうか。


 勝手に首を突っ込む私を、桜沢悠斗は拒絶したりしないだろうか。


 それでもいいや。それでも彼に伝えたい。

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