異世界の本屋さん 〜お代は日本円で払ってください!〜
「あーっしたー」
ピンポンピンポンと流れる入店音ーー今帰って行ったのだから退店音?どっちでもいいーーがシンとした店内に響き渡る。
私はレジカウンターに用意してあるイスに腰掛けると、サイドテーブルに置いた読みかけの小説を手に取る。
店内に聞こえるのはカチカチと時計の秒針の動く音。たまにペラっとページをめくる音。そして私がお茶を飲む音くらいのものだ。
私はこの時間が好きだ。ゆったりと流れるこの時間が。
私は本屋が好きだ。本屋の作る雰囲気。新刊の匂い。本が並ぶ見た目。
その中で、本を読む。
これ以上の幸せがあるだろうか。いや、ない。
そのために、株やFXで資金を作りーーぶっちゃけ仕事をしなくてもいいくらいの資金を得てーーその金で本屋を作った。私が作り上げた、最強の環境だ。
それなのに、それだというのに。
今日もまた、誰かが邪魔しにやってきた。
ピンポンピンポンと入店音が響く。
その後に、ガッシャガッシャと金属音。鎧を着込み、腰に剣を携えた、現代日本ではありえない格好をした大男が、入り口から堂々と入ってきた。
フルフェイスの鎧の顔の部分を動かし、その中の男は入るなり叫び出す。
「店主!店主はおるか!」
「……いる。いるから大声を出さないで、他のお客様にご迷惑だから」
鎧の男は私を見つけると悪びれもせずにこう言った。
「はっはっは!店主の店はいつも客人などいないであろう!何を寝ぼけておるか!」
あー、煩い。
このコスプレ男はなんなのだ。現代日本でこんな鎧で歩き回って、バカなんじゃなかろうか。
大体こんな格好で剣まで持ってやってきて、強盗だと思われても仕方がないはずなのだが、警察は何をやっているのだろうか。さっさと銃刀法違反で捕まえるべきであろう。
だけれども、この男がこの店にやってくるのはこれが初めてではなかった。
「して、店主。今日は、あの『まんが』なるものの続きは出ているのだろうか」
そう、この男は大体週1で有名な週刊少年誌を買いに来るのだ。
きっかり週1で、毎回あの鎧を着込んで来るのだから、いくらなんでも覚えるというもの。
むしろなんで初回で警察呼ばなかった私。
……その前から、耳を尖らせた特殊メイクの人とか、まるで魔法使いみたいなおじいちゃんとか、やたら流暢にしゃべる偉そうな幼女とか、あきらかに何処かの国の姫っぽい人とか、色々きていたから慣れてしまっていたのか。そうなのか。
まぁそんな彼が1ヶ月ぐらい来ていなかったから、もう来ないだろうと思いつつも、1ヶ月分の週刊誌を取っておいた私は偉いと思う。
「はいはい、用意してございますよ。前に来たのは1ヶ月ぐらい前だっけ?はい、1ヶ月分週刊誌4冊ね」
「いやー、かたじけない。なにせ郊外にグリフォンが出たからと討伐任務に当てられてしまってな。1ヶ月も遠征をしていたものだから、この『まんが』の続きが気になって仕方なかったのだ。これでようやく続きが見られる!」
はいはい、グリフォンねー。今回は随分と練った設定だ事。
しかし、中身は多分イケメンだと思われるのに、残念な人だよなー。
毎週の週刊少年誌が人生の生きがいみたいな感じで。
……もしかしたら映画の俳優とか?グリフォンと戦う映画の撮影で、1ヶ月ぐらいこの近くにいなかったのかも。
「しかし、この『まんが』の主人公の使う『パワースラッシュ』を私が使えなければ、騎士団は壊滅してたかもしれぬな!店主には感謝せねばならん!」
違うわ。こいつはダメな大人だ。拗らせた、ダメな大人だ。
国民的漫画の必殺技とか、真似しちゃうような人に違いない。こう、両手をパーにして、指先を折ったのを2つ合わせて放つアレとか、親指と人差し指だけ立てた状態で銃のようにして放つアレとか。
「あー、はいはい。それはよかったですー」
私は面倒になって適当に返事をする。あんまり危ない人には関わりたくない。
いい加減に私の静かな時間を返して欲しい。
「じゃあお会計ね。250円が4冊で、1000円ね」
「しかし店主よ、その『えん』というお金がどうしても見つからなくてな」
「はぁ!?またですか!またなんですか!これ毎っ回言ってますよね!ちゃんと日本円でお金払ってくださいって!」
そう、この鎧男、お金を払ってくれないのだ。
なんでも円というお金は国中、世界中探しても見つからないと。そんなことあるわけがないというのに。
「うぅ、すまん。そのかわりだな。今日はこれをもってきたぞ!」
鎧男がそう言って取り出したのは、私の手のひらのサイズもありそうな、バカにでかい透明な宝石。
私は宝石に詳しくないから、わからないけれども、これうん千万とか億単位で金が動くレベルなんじゃなかろうか。
「……これって、もしかしなくても」
「うむ、ダイヤモンドである。これほど大きなものはやはり珍しくてな、魔術師どもが触媒にするのにもったいないと嘆いておったが、それよりもこの『まんが』の方が重要な文献であると国王様も言っておるのでな。ここに来られる私が預かってこうして持ってきたというわけだ」
「……どういうわけだー!」
まさか盗品じゃないよね!?そうだったら私は犯罪者の仲間入りを果たしてしまう。たかが週刊誌4冊、1000円の支払いに、そんなことに巻き込まれたくはない。
「……もういいです。それもいらないんで、さっさと週刊誌持って帰ってください」
「しかし、それでは代金は」
「店主の私がいいと言ったらいいんです」
「しかししかし、いつもいつもこうやってタダでもらってばかりで」
「だったらちゃんとしたお金を持ってきてくださいよ……」
私はもはやため息しか出てこなかった。
鎧男はすまんと一言謝って、片手にダイヤモンド、片手に週刊誌を持って帰って行った。
「あーっしたー」
ピンポンピンポンと退店音。
ようやく、私の静かな時間が帰ってきた。
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ディリネイト王国騎士団、騎士団長アルフレード・ロレンツィ。
彼が王国騎士団に与えた功績は凄まじく。
特に、時より彼が騎士団に与える『まんが』なる書物は、騎士団の作法、魔法の概念にとらわれない必殺技の数々を生み出し、その必殺技は、グリフォンやドラゴンといった強力な魔物にも引けを取らない威力を持っていた。
彼が持ち込んだ『まんが』なる書物の出処は不明な点が多く、彼もその出処を明かそうとはしなかったが、1度だけ酒の席で部下の1人に語ったことがあった。
曰く、
「ぶっきらぼうで、マイペースだが、優しい女店主のいる、不思議な書物を扱う店で頂いた」
ということらしい。
もちろん、酒の席での話なので、真相は今をもってしても不明である。
ネタが降りてきたので一気に書き上げてみた。
1話完結系の続き物の予定だけれど、他の作品が落ち着くまでは手が回らないから、とりあえず短編で。