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冬花火  作者: 青月クロエ
2/2

『何となく』

(1) 

 Mの屋上駐車場の西側には、花火見物目当てらしきカップルや家族連れの車が何台か止まっていた。車の傍で、簡易式の折り畳み椅子に座って花火が始まるのを待っていたり、フードコートで買ってきたらしき飲食物を口にしながら、車の中から西の空の様子を見つめていたりしているので一目瞭然だ。


 花火が打ち上げられる時間まで少し間があったので、僕は知可子を車で待たせて、車を止めた場所から一番近い入り口の自販機まで飲み物を買いに行った。

「はい」

 小花模様が散ったパッケージが貼り付けられた、ミルクティーのペットボトルを知可子に手渡す。

「ありがと」

 手渡す際に触れた知可子の指先は冷たかった。

「知可子寒いんだろ??暖房でも入れようか??」

 十一月初旬とはいえ、夕方から夜に時間が経つにつれて空気がぐっと冷え込んでくる。

 気の問題かもしれないけど、僕と知可子が住むH市と比べて、北寄りのM市の方が若干気温が低いように感じる。

 知可子はペットボトルを両手で握りしめながら、ゆっくりと頭を振る。

 僕は無言で缶コーヒーのプルトップを空けて一口だけ飲む。生温いコーヒーの味は、僕の苦い気持ちに拍車を掛けていく。



 ――最後くらいは、知可子に気を遣わせたくなかったのに――




(2)


 いつからか、知可子と別れたいという思いが、僕の中で日増しに大きく膨らんでいた。



 知可子に嫌気が差してきた訳でも他に好きな子が出来た訳でもなく、ましてや、仕事を優先したいが為なんかじゃない。そもそも、これといった決定的な原因なんて一つも浮かんでこない。

 長すぎる付き合いによる倦怠期、もしくは単純に飽きてしまった、とも考えたけれど、僕と知可子との間ではもうそんな時期などとっくに過ぎ去ってしまっている。


 

 ただ、『何となく』そう思い始めてしまったのだ。



 思えば知可子を好きになったのだって、『何となく』一緒にいる機会が多くて、『何となく』気になり始めて……、と、これと言った明確な理由などなかった。

 そう言えば付き合い始めの頃に、知可子の友達から付き合おうと思った理由を尋ねられ、『何となく好きになったから』と答えてこっぴどく怒られたことがあったっけ。

 あの時は自分がひどくいい加減な奴のように感じて自己嫌悪に陥ったけど、人を好きになったりするのに、いちいち細かい理由など必要なのだろうか??

 好きか嫌いか、一緒にいたいかそうじゃないか、男女の交際だけじゃなく友人関係だって、突き詰めればたった二つの感情の元で成り立っている。

 同じように、別れる理由だって――


 嫌いになった訳ではない、けど、近頃は知可子と一緒にいると『何となく』苛々することが増えてきている。

 理由なんて、これで充分じゃないか――



「あっ!始まったみたい!!」


 知可子が小さく叫ぶと同時に、ひゅるる、と音を立てながら、無数の細い線状の光が地上から西の空に向かって飛んでいく。

 空高く舞い上がった光は、パン、パンと弾けるようにして、赤、青、緑、ピンク……と様々な色の大輪の華を次々と咲かせていく。


「ねぇ!せっかくだから、外に出て花火見ようよ!」

 えっ、寒いじゃん?!と躊躇う僕を尻目に、幾分はしゃいだ様子で知可子は車のドアを開けて外へ出る。仕方なく、僕も彼女に続いて外へ出て行く。

 空を見ると、向日葵や薔薇の花、ハートの形を模した花火が冬空に彩りを添えている。


「凄いねぇ……。花火は夏の風物詩ってイメージだけど、暗闇が濃くて、澄み切った空気で乾いた冬の空だと、一段と華やかに見える気がするよ」

 駐車場の壁に両手を添え、もたれかかるようにして知可子は空を見つめている。

 僕も彼女と同じように壁際まで移動し、咲いては一瞬で消えていく花火を黙って眺める。

 コンクリートの無機質な冷たさが指先をじんと冷やしていく。


 寒さに震える僕達になどお構いなしに、休む間もなく花火はどんどん打ち上げられていく。

 空高く開花した後、花弁が一枚一枚はらはらと落ちて行く様を表すように、残り火が四方へ飛び散り、やがて霧消していったかと思うと、今度は飛び散った残り火がキラキラと星のように瞬き、その中心にアンドロメダ星雲を模した花火が打ち上げられる。

 花火で作られていく小宇宙に、知可子は光に負けないくらい目を輝かせて一心に見入っている。


 そんな知可子の姿を、彼女に気付かれないように僕は横目で見つめていた。

 いつになく楽しそうな彼女に、僕はこれから、残酷な台詞を突きつけようとしている。


「……あのさ、知可子……」

「あっ、遼平!あれ、見て見て!!」


 すっかり興奮している知可子が指を差した先――、地上から空へと虹を掛けるような、七色の直線の仕掛け花火が川沿いから打ち上げられ、その真上では雪の結晶型や流星が降り注ぐ様を模した花火、更に上空では一際大きな、赤や橙色の菊の花が――


 僕は思わず息を止め、呆けたように空を見上げる。


「綺麗だねぇ……」


 うっとりと目を細め、感嘆の声を漏らす知可子の横顔。

 夜の冷え込みも憂鬱な気分も忘れさせてしまう程に美しい花火の競演。



 『何となく』、僕は今日のことを一生覚えていたい、と思った。




(3)

「そう言えば、さっき遼平、何か言い掛けてたよね??何だった??」

 さっきまでのはしゃぎ振りとは打って変わり、知可子はいつも通りの落ち着いた口調で話し掛けてきた。

「えっ??あぁ……、何だったっけかな……。花火があんまり綺麗だったから忘れた」

 えぇ、何それ、と、唇を尖らせながらも笑う知可子に、僕はこれ以上言葉を続けることが出来ない。


 『何となく』、今はあの言葉を言うべき時じゃない気がする。


「そろそろ花火も終わりだし、何か食べてから帰ろうか。どこで飯食う??」

 頭を切り替える為に、僕はあえて明るく振る舞ってみせる。

「そうだなぁ……、どうしようかな」

 何が食べたいか思案する知可子に「とりあえずさ、寒いから建物の中に入ってから考えようぜ」と急き立て、僕は入口へと歩いて行く。

 ちょっと待ってよ、と、小走りで後に続く知可子に、早くしろよな、と言いながら、僕は自動扉の前で彼女を待ったのだった。


(終)

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