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冬花火  作者: 青月クロエ
1/2

『仕方ないよね』

(1)


『今年はN川の花火大会観に行きたいな。冬の花火なんて珍しいしさ』



 知可子が何気なく漏らしていた言葉を、僕がふと思い出したのは、花火大会の一週間前。



『あのさ、今週の土曜にN川の花火大会やるだろ??一緒に行こっか』


 いつもより仕事を早く終えた僕が、電話で知可子を誘ったのは花火大会の三日前。


『えぇっ、また急な誘いだねぇ』

 知可子は電話越しでけらけらと笑うと、『勿論、行くに決まってるわよ。その日の仕事は午前中までだし、万が一残業したとしても三時までには終わるから、花火が始まる時間までには充分間に合うもの』と、僕の誘いを受けてくれた。

『よっしゃ、了解。じゃ、四時に知可子のアパートまで車で迎えに行くから、着いたら連絡入れるよ』

『おっけー。じゃ、よろしく』

 約束を取り付けた僕は他愛のない内容の会話を数分続けた後、電話を切る。


 N川の花火大会は、M市とO町の間に流れるN川に掛かる、Y橋上流で行われる花火大会で、一昨年までは他の花火大会同様夏に開催されていた。

 けれど、昨年は台風のせいで中止となり、その振替日がなぜか初冬の十一月に設定されたのだ。そして今年も、十一月に開催されることが決まっていた――




(2)

「……知可子、本当にごめん……」

 花火大会の当日、僕は約束の時間から大幅に遅れて、知可子を迎えに行った。

「いいよ、いいよ、私は気にしてないから。だって、急に休日出勤が決まったんでしょ??何なら、私との約束なんてキャンセルしても良かったのに」

 車の助手席でシートベルトに手を掛けながら、知可子は気遣う素振りを見せる。

「うーん……、でも、俺から言い出したことだし。仕事も、まぁ、ギリギリ何とかなるかな、と思ったから……」

「そっか。無理してないならいいけど」

「いや、もう、本当にすみません」

 拗ねたり怒ったりしてくれさえすれば、僕の気まずい気持ちも多少は楽になるというのに、今の知可子がそういう態度を見せることはほとんどない。

「だって、仕事じゃ仕方ないよね」

 僕はその言葉には返事をせずに、黙って車を発進させる。


 『仕方ないよね』というのは、知可子と付き合い始めた頃――、高校生の頃からの彼女の口癖だった。


 知可子と僕は高校の同級生で高二の時に同じクラスになり、日直当番が一緒だったことがきっかけで『何となく』交際を始め、かれこれ八年の付き合いになる。

 当然、お互いの両親からも友人達からも公認の中だし、特に、今年に入ってからは周囲の「そろそろ結婚でも……」という声もちらほら聞こえてくる。

 なぜ今年に入ってからか――、それは、知可子は高校卒業後すぐに地元の印刷会社に就職し、事務員として働いていたが、僕は大学に進学、地元ではそこそこ有名な中小企業で営業職につき、ようやく社会に出たのが昨年だったからだ。

 年こそ同じだけれど、社会人としては知可子の方が四年も先輩であり、一足先に社会に出ているせいか、学生の僕の考えや行動に思うところを感じては知可子と僕とでよく諍いを起こし、何度も別れの危機を迎えた時期があった。

 でも、ある時から、知可子は僕に対して不満をぶつけたりしなくなり、その代わりに『仕方ないよね』という口癖を言う回数が徐々に増えていった――



(3)

 知可子を迎えに行く時間に遅れてしまったせいで、僕達と同じく、N川花火大会を観に行くであろう車による渋滞に巻き込まれた。

 カーナビの液晶画面を確認すると、右端のデジタル時計はもうすぐ十八時だと報せてくる。

 確か、花火の打ち上げが開始されるのは十八時半からだ。


「遼平。少しくらい遅れても、私は大丈夫だから」

「でもさぁ、花火の打ち上げ時間は十八時半から十九時までだぞ??駐車場に車を入れる時間も考えたら……」

 たった三十分の間に約六千発もの花火を一気に打ち上げ、初冬の寒空を光と音とで彩る――、それがこの花火大会の見どころなのだ。

 楽しみにしている知可子のためにも、最初から見せてやりたいのに。


「この渋滞じゃ仕方ないよ」


 まただ。

 僕の苛立ちは益々募っていく。


 口を開いたらひどいことを言ってしまいそうだ、と思った僕は、また知可子の言葉を無視することにした。

 隣からは、知可子が少し疲れたように小さく息を吐く。

 元々、お互いにお喋りが得意な質じゃないので、車内がしんと静まり返ったまま、少しずつ車は前へと進み出す。


「ねぇ、遼平。提案があるんだけど」

「何??」

 僕は前を向いたまま、ぶっきらぼうに答える。

「時間が遅れるのが気になるなら、何も会場まで行かなくてもいいよ。例えば、Mの屋上に車止めて花火見物してもいいし……」

「…………」


 Mとは、この国道沿いの途中にある、巨大なショッピングモールだ。


「N川の近くで花火を眺められるのに越したことはないけど……。でも、Mからの眺めも中々のものだって会社の先輩も言ってたんだ!だから……」

 知可子は僕の機嫌を窺ってか、わざとらしい程の明るい声色で話を続ける。

 その様はいじらしいと言うよりも、いっそ痛々しい。

 僕は逡巡しながら、ひたすら前を見続ける。


 僕達の前に並ぶ白いキューブはKナンバー、一〇年前に万博が開催された街の名前。隣の県から、わざわざこんな田舎まで来ているようだ。

 ご苦労様だなぁ、これで間に合わなかったら悲劇だよな、などと、他人事ながら心配になってくる。

 しかし人様の心配ではなく、自分達のことを考えなくてはいけない。

 予定通り会場に向かうのならば、二つ先の信号で左折しなければいけないし、Mに向かうのならばこのまま直進しなければならない。


 時間に遅れてでも間近で花火を見るか、遠目でも最初からゆっくり見るのか――、考えた末、僕は次の信号で結論を出したのだった。

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