別れ
頭が真っ白になった。この人は何を言っているのだろう。小さい子をあやすように微笑む凜さん。最初に出逢ったときに見た、あの優しい笑顔。
「ど、どういうことですか!」
叫んだ。こんなにも大きい声が出るなんて、自分でも知らなかった。こぶしを握り締めて、「どうして」と力ない声が口から零れた。
凜さんは固まっている愛莉から離れて、私に一歩近付いた。冷たい瞳で見下ろされて、頭の底に沈めていた記憶が私を揺さぶる。
「君も本当はわかってるんでしょ? 恋は必ずしも人を幸せにする訳じゃない。落ちていく恋もあるんだよ」
「でも……今、愛莉に恋したって……」
「あぁ、それを真に受けちゃったか。確かに俺は愛莉に惚れたよ? でも、これからずっと彼女が好きかって言われれば、そうじゃない。恋というのは一時的な感情だから良いんだよ。少しの間だけ夢を魅せてくれる、言わば魔法のようなものなんだよ」
「そんな……」
「愛にも近い情熱的な感情。君も味わったんじゃないかな?」
心拍数が一気に上がる。鈍器で殴られたような痛みが襲ってきて、まともに立てなくなる。
駄目。誰かが囁いた。心の内側から聞こえる綺麗な歌声。どこか懐かしい気もするけど、思い出せない。
息が、苦しい。
倒れそうになった私を支えたのは、零の細いけどしっかりとした腕。
「なんなんですか、さっきから。言ってる事がわかんないんですけど」
「わからなくて良いよ。こんなこと」
切なそうに笑う凜さんを思いっきり睨んで、零は放心している愛莉を引っ張って走り去っていった。私はまだ足に力が入らない。
ショックだった。愛莉を笑顔に出来なかったこと。私は結局なにも出来なかったこと。自分勝手な理由で愛莉をさらに傷つけてしまった。
そして、知ったのだ。
恋の残酷さを。
「その様子じゃ、まだ思い出せていないようだね」
「……何のことですか」
「はは、何にもないよ? じゃ、またいつか」
凜さんはゆっくりと歩き出す。私一人を屋上に残して。




