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秋風の中で

 ――風が、強い。


 その日の放課後。屋上の扉を開けた瞬間、秋の香りが私の体に一気に流れ込んできた。少し寂しげに聞こえるその音色に少し聴き入ってから、ゆっくりと目を開けた。


「はは、まさか今日のうちに呼び出されるとは思わなかったな」

 先輩は柵にもたれかかって力なく笑う。こっちにくるかい? と言うように右手を軽く挙げるが、あいにく友達の元彼と仲良くランデブーする気にはなれないので首を振って断る。

「先輩、突然お呼び立てしてすみません。少し話がしたくて」

「全然いいよ。どうせ暇だし。あ、それと俺のことは凜って呼んで。先輩面とかしたくないしさ」


 先輩と呼ぶことすら躊躇うくらいなのにわざわざ下の名前で呼ぶというのも変な話なんだけど、幸薄そうな笑顔の彼を見るとどうしても断れない雰囲気になってくる。隣に立つのは嫌だけど、名前くらいはいいだろう。大人しく頷くことにする。

「じゃあ凜さん。どうして愛莉をフったんですか」

「それ、いきなり聞いちゃう?」

「手っ取り早く終わらせたいので。答えてください」 


 沈着冷静な私の言葉に凜さんも軽く溜息をつき、しばらく空を眺める。

 どうもさっきからこの人の態度は私を苛立たせる。いかにも不幸せそうな力ない微笑みを浮かべたり、だるそうな溜息をついたり。最初に会ったときのあの優しそうな笑顔はどこへ行ったのよ。理由があるならはっきり言いなさいよ。寝癖は付いてるし、第三ボタンまで開いてる。なんだか、私の知っている先輩ではないような気がした。




 ……いつまで空見てるのよ。こっち向きなさいよ。

 心の中が荒れまくって、私の理性がそろそろブチ切れそうになったときだった。何かを覚悟したように凜さんの口が開いた。

「俺さ、留学するんだよな」

「は……?」

「だから愛莉と別れた――じゃ駄目?」


「……まだあるでしょう? そうやって別れようとしたにもかかわらず、あなたを最後まで悩ませた理由」

 確信している訳じゃない。だけど、飽きたと言っておきながら最後に彼女を抱き締めるという行動を起こさせたのが留学というものだけではなかったはずだ。ただの勘だが。


 だけど凜さんはまた薄く笑う。

「まいったな、見抜かれてたのか。……ま、君も俺と同じだとは思ってたけどね」

「同じ……? 私とあなたが?」



「あぁ。俺は恋が知りたい。たくさんの女子に愛されて、恋がどんなものなのか経験をしてみたいんだ。君だってそうだろ? 愛莉から聞いたよ。それだったら話が早い。俺は愛莉を恋を知るための道具としか見ていなかった。だから留学をきっかけに捨てようと思ってたんだ。でも……できなかった。俺は愛莉に恋をしてしまってた。別れるのが惜しくなって、今まで以上に愛しいと思うようになった。でも留学してしまったらもう会えなくなる。そしたら俺も愛莉も辛くなるんだ。だったらここで踏ん切りをつけてすっぱり諦めようって思ったんだ。愛莉のことも、恋に対する興味にも」


 愛莉は今も凜さんのことが好き。と、いうことは両想い。何も問題はないように思えるんだけど……。

「自分で質問しておいてわからないのですが、どうして留学すると別れなければならないのですか?」

「相手が寂しくないように、かな。いつ帰ってくるかわからないのに待たせたままなんて可哀想じゃないか。俺を待つよりも、新しい恋をして欲しいよ」




「アタシはっ! 先輩と別れるほうが嫌だし、可哀想です!」




 愛莉が、叫んだ。彼女は知る権利がある。だから扉の影で隠れてもらっていたんだ。

「今までのが軽い気持ちだったとしても、惚れてたって言ってもらえて……嬉しかった。私は、今も先輩の事が大好きなんです! 好きな人ともう離れたくない……」


 愛莉の目から大粒の涙が冷たいコンクリートの上にぽたぽたと落ちる。さっきも泣いてたのにまだ体に水分があるみたいだ。私は何もせず、ただじっと愛莉を見ていた。凜さんは自分が慰めていいのか、とおろおろしている。だが、最後にはやっぱり彼女に近寄り、愛おしそうにその頭を撫でた。こちらには聞こえないけど、耳元で「ありがとう」と囁いている。


 ……よかった。


 厄介そうな問題が二ページ半で終わってしまい、これから何をしようか考えていたときだった。希望が、絶望に変わった。



「でもな? やっぱ別れよ?」


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