私が閻魔様じゃ。
「なんじゃ、お主そんな理由で死んだのか。」
五人くらい座れそうなソファーにあぐらをかいて乗っかっている少女は、楓の死に際を一通り見ながら呆れたように言った。
「10階から落ちたら、普通に死ぬことくらい分からんのか。」
はあ、っと溜息をつく。
馬鹿馬鹿しい、最近こんな理由で自殺する人が大勢いる。
失恋しただの受験に失敗しただの、死ななきゃやり直せるのにそれをしようとしない。
そこで終わりにする。最近の人間はどうも弱っちいらしい。
「…で?死んだ感想は?」
楓はずっと下を向いていた。
泣いているわけではない。どうやらまだこの状況が読み込めていないらしい。
「あの…私、もう生き返ったりしないんですか?」
「勿論。」
「お母さんとお父さんには、会えないんですか?」
「死んだ人間が生きてる人間に会えるわけないだろ。」
そっか…と呟くと、ようやく死んだことを理解し始めたのか泣き出す。
後悔してももう遅いのに。全く最近の人間界は何がどうなってるんだ。
「私…私、死にたくなかった…。本当は、死にたくなかった…うわあぁぁあ…お母さん…お母さん、お母さん!!!」
ほうら。そうやって、普通に幸せな生活を送っていたのに自分の身勝手な行動で、一つも元に戻らなくなる。バカだな。どうせ死ぬなら、お母さんに受験落ちましたって言ってから考えればいいのに。
「ま、そういうことだ。それで、お前の魂はこれから…」
「ひっく…え、閻魔様のところに、ひっく、連れていかれちゃうんですよね…。」
少し落ち着いた楓が少女を見上げると、少女は目をパチパチさせながら楓を見つめていた。
「なにを言っておる、閻魔は私じゃ。」
「…えっ。」
「まさかこんな私と同い年くらいの女の子が閻魔様なわけないわ!オーラもないしちっとも怖くない!もしかして私を励まそうと冗談を言ってくれてるのかしら…って顔をしてますね?」
ずっと少女の横で黙っていた男性が和かに言い放つ。
「うっさいぞシエル!お前はいつも私にオーラがないだの地味だの暗いだの根暗だのチビだのなんだの言いよって、私を誰だと思ってるんじゃ!」
「まあまあ落ち着いてください、ヨルハ様がそう怒られてもちっとも怖くないので体力の無駄ですよ。さあ、楓さんに魂の審判を。」
シエルは楓に笑いかける。
整った顔立ち、思わず先輩を思い出してしまう。
何やら分からないが、この女の子は閻魔様で、私は死んでしまって、今からどうなるか決まるらしい。
どうなるって、痛いこと?辛いこと?
ああ、お母さんお父さん、ごめんなさい。
焼肉行きたかった。行けなくてごめんなさい。お母さん、やっぱ電話かけ直せばよかった。友達みんなに励ましパーティでもしてもらえばよかった。先輩よりもっとかっこいい人、見つけたかったな。
「楓、お前はこれから…」
ああ、怖いよ。ここにくる途中にいた沢山の鬼に、食べられたりするのかな。ごめんなさいお母さん、お父さん。こんな私でごめんなさい。
楓が居た場所に敷いていたラグは、まだ少し温もりが残っている。
「ふう、こう女の子は必ず髪の毛を置き土産にしていくからいかん…。」
ガムテープをペタペタとラグにくっつけ、残っていた髪の毛を拾い集める。
「シエル、このラグそろそろ洗濯しよう…って何やっとんのじゃ。」
ヨルハが振り返ると、シエルは一面スパンコールで装飾された派手なドレスを持っていた。
「なんじゃ、その安っぽいドレスは。」
「ヨルハ様の見た目だとスパンコールが一番似合うかと?」
遠目でヨルハにドレスを合わせながらニコニコと笑う。
「それを、着ろと?」
「だってさっき楓さんも、ヨルハ様が閻魔様だって聞いて驚いてましたよ。」
「わっ、私だってオーラぐらいあるわ!!!皆が見る目がないだけじゃろ!!!」
ラグを持って立ち上がると、ヨルハはずかずかとシエルの方に歩いていく。
「絶対にそんなドレス着ないからな!」
自分より遥かに背の高いシエルを見上げる。
「そうですか…。ヨルハ様に似合うかと思って作ってもらったんですけどダメですか…。」
シエルは肩を落とすと、ドレスをテーブルに置く。
「結構頑張ってデザインしたんですけど…。」
「あーーーわかったわかった着る!!!!着るから落ち込むのをやめろ!!!!」
ドレスを掴み、ラグを引きずりながら、ヨルハは部屋の奥へ消えて行った。
「…嘘ですけどね。」
ニコニコと笑いながら、シエルは新しいラグを引いた。