終わりと始まり
「さて、ゼファーのお嫁さんとやらはどこかしら? 」
ツークリフトは応急処置を終えると立ち上がり、部屋を見渡す。
あれだけのダメージを受けていながら全くタフな女だ。
とは言え俺の方もかなりのダメージだ。完治にかかる時間は彼女よりも長いだろう。
なるべくなら早めにここを立ち去りたい。
「よし、つ……さっさと探して、こんな所とはサクッとおさらばしようぜ」
我慢はしていても、時折苦痛の色が言葉の端々に滲む。
「痛むの? ゼファーの刀身ってまた生えてくるのよね? 」
「なんだ? 心配してくれているのか? 」
いつもの軽口。2人とも無事だった事、いつもの軽口を叩き合えることが俺は素直に嬉しかった。……のだが。
「ん? ……うん、まあ……凄く、心配……」
「…………は? 」
「…………」
なんだ? この間は。言いようの無い気まずさと言うか、気恥ずかしさと言おうか。
ツークリフトに心配されるだけで、こんなに動揺するとはおれ自身予想だにしていなかった。
彼女が俺に何でも曝け出すようになってから、前以上に扱いにくい時がある。
おい、お前も黙って俯いていないで何か喋ってくれ。ツークリフト。
俺は助け船を求めるような気持ちで彼女を見るが、彼女も俺と同じような気恥ずかしさを感じているようだ。
ツイと視線を逸らされてしまった。
きっと、俺に何か喋ってくれと思っているのだろう……
俺達は結局どちらも口を開かぬまま、この気恥ずかしい雰囲気の中、「彼女」の捜索を始めることとなった。
しかし結論から言えばこの気恥ずかしい空気は、それほど長く続かなかったと言っておこう。
ツークリフトが部屋の奥の小さな扉を開ける。
そこは一応宝物庫なのだろう、殆どガラクタに見えるが、価値のありそうなものも多少見受けられる。
「ここにはいないみたいだね」
軽く見渡しツークリフトは部屋を出ようとする。
「待て、ツークリフト! 」
彼女はそこにいた。
「ささ、さっちゃああああああああん! 」
「え? え? どうしたのゼファー? さっちゃん? 」
部屋の奥の一段高い棚の上。2本掛けの刀掛台に飾られた彼女。
見間違うはずも無い。別れた時そのままの姿。キュッと引き締まった子尻。
黒く輝く肌は、俺達の姿をを映すほどに艶々と艶かしい。
「スラリと滑らかに伸びるボディーは、ツークリフトの凸凹だらけの体など比べようも無く美しい」
「凸凹だらけで悪かったわね」
いかん。どうやら興奮して声に出してしまっていたようだ。
「どうだツークリフト! 俺のお嫁さんのさっちゃんだ! 美人だろう? 」
「……はあ? どれ? 」
「棚の上の刀掛台に飾ってあるだろう? 早く下ろしてやってくれツークリフト」
「飾ってあるって、まさかこの刀のこと? 」
「違う違う、鞘の方だ。お前は本当に何にも知らないんだな? 刀の嫁は鞘に決っているだろう? 」
「知らないわよそんな事! ていうかこの鞘もゼファーみたいに喋ったりするの? 」
「おいおい、我が主人よ。鞘が喋るわけないだろう。全く、しっかりしてくれ」
………………………………
なぜだか俺達の間に深くて長い沈黙が漂う。
「ごめん、ゼファー。ちょっと整理させて。つまり「さっちゃん」はただの、何の変哲も無い鞘なのね? 」
「何の変哲もないと言うのは引っかかるが、そういうことだ」
ツークリフトは、眉をヒクヒクと引き攣らせながら、おかしなことを俺に尋ねる。
「この鞘があると、あなたの力がパワーアップして刃から魔法が撃てたりとか……」
「本当に大丈夫か? 頭でも強く打ったんじゃないか? ……ツークリフト? 」
俺の言葉にツークリフトはそれはそれは深い溜息を吐き、その場にしゃがみこむ。
「おい、大丈夫か? まあ、さっちゃんの美しさに同じ女として落ち込むのは分かるが、ツークリフトも人間としてはなかなかのものだぞ」
「お・な・じ・お・ん・な? 」
「そうさ。特にお前のその唇は俺でも見とれるほど美しいと思っているぞ! 」
「ハア……ありがと、もういいわ。良かったわねゼファー……お嫁さんと再会できて」
彼女の死んだような表情と、棒読みの台詞は気になるが、共に死地を潜り抜けた相棒の祝福の言葉は嬉しいものだ。
「ありがとう。ツークリフト。刀と鞘は一心同体だからな。さあ、早く俺とさっちゃんを再会させてくれ」
「つまり、そのさっちゃんにあなたを差せば良いのね? 」
「おいおい。そうはっきり言われるとテレるが、まあそういうことだ」
「何をどうすればそこで‘テレる’と言う言葉が出てくるのか理解できないわ……」
彼女はもう一度深い溜息を吐き、力なく立ち上がるとさっちゃんを手に取り、さっちゃんに挿入っていた刀をスラリと抜き……
ん?
……挿入っていた刀……?
……さっちゃんに……
…挿入っていた…
刀?
「あああああああああああああああ!!!!!! 」
俺の慟哭にツークリフトはビクンとその体を震わせる。
「な、なに? ど、どうしたのよ? 」
「とんだ寝取られ展開だ! こんな事あっていいのかよ畜生! 畜生! 」
ツークリフトは興奮する俺をなだめようと、訳も分からずその刀を一旦さっちゃんに納める。
チン、とさっちゃんの鯉口と見知らぬ刀の鍔がぶつかる音が聞こえる。
「うああああああ! やめてくれええ! 」
「一体どうしちゃったのよゼファー! 」
俺の慟哭はダンジョンにこだまし、ツークリフトはその意味が理解できず、俺の目の前で何度も刀を抜いたり挿入たりしていた。
俺の愛する鞘は、他の刀と新しい生活を始めていた。
さようならさっちゃん……そいつと幸せになってくれ……
知っているか? 刀は涙を流さないんだぜ……
ツークリフトは、全く状況が飲み込めないながらも俺を慰めてくれたのだった……
・・・・
・・・
・・
あれから一月ほど過ぎたのだが……俺は最近どうも面白くない。
それが何に起因するのかが皆目検討がつかない事も、その思いに拍車を掛ける。
なんとなくツークリフトのせいだという事は分かるが、なぜ彼女のせいだと思うのかはサッパリだ。
その原因であろう女がしげしげと俺を見つめる。
「うん、もうすったり元通りだね」
俺の刀身は朝日を反射して、ツークリフトのその顔に光の化粧を施す。
人目、と言っても俺と2人きりだが憚ることなく白い肌を曝け出し、肩の傷ももう問題ないらしく、剣の稽古で流した汗を拭っている。
なんと彼女はミノタウロスの迷宮で見つけた剣と鞘を持ち帰り、それで剣の修行を始めていたのだ。
「なあ、ツークリフト。どうして急に剣の修行なんか始めたんだよ? 」
「んん~、もっとゼファーと呼吸を合わせる為だって前も言わなかった? 」
「聞いたさ、でもなんか面白くないというか、気分悪いんだよ。お前が、その鞘を腰に下げて、その剣を握っているのが」
「なに? ゼファーってばまださっちゃんに未練あるの? 」
なんと言うか、それも違う気がする。素直にその気持ちを彼女に吐露する。
ツークリフトは暫らくひとさし指を顎にあて、なにやら考えていたが、唐突に地面に突きたてられた俺にその顔を近づけ、「教えてあげようか? 」といいながら更にその顔を俺に近づける。
「ゼファーは初めて出来た友達に戸惑っているんだよ」
彼女は俺と自身を指差しながら、満面に笑みを浮かべて言い放った。
奴隷と主が友達。
あまりに荒唐無稽な話に俺は声を上げて笑ってしまった。
ツークリフトも俺に釣られて笑い出す。
全く、俺の主人は退屈しない。偶にとんでもない事を言い出す。
しかし、ツークリフトの理に適っていないその言葉は、妙にすんなりと俺の心に落ちていく。
友達。
耳慣れない言葉だが妙に気持ちの晴れる言葉。
それは理に適ってはいないが、今の俺にとっては最高に腑に落ちる言葉だった。
それはツークリフト本人にとっても心躍らせる言葉だったらしい。
彼女は俺をその手に握ると
「踊ろう! ゼファー! 」
剣を手に剣の舞を踊り始める。
その端正な唇からは美しい、天使のようなメロディーが生まれては初夏の日差しに溶けて行く。
一人の女と一本の剣は、焼けるような朝日を浴びながら、いつまでも踊り続けた……
おわり
読んでくださってありがとうございました。
この話の主役はツークリフト、ゼファーはワトソン君のつもりで書きました。
短編のつもりが意外と長くなってしまいました。
感想とか頂けると嬉しいです。
次の話し考えなきゃ。