表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/5

攻略

 ゴブリン一匹でてこない。

 ダンジョンに入った俺達だったが、緩やかに蛇行する緩い下り坂を下へ下へと進んで暫らく経つが一度も魔物と遭遇していない。


 「で、その数えて3代前の俺の主が、彼女をその場に置き去りにして逃げてしまってそれっきりだ」

 「随分酷い主人ね。奴隷とは言えその娘も悪い主人に買われたわね」

 「ハハッ、その主も商人だったから仕方がない。と言うよりツークリフトのように戦闘目的で俺を買った主などいなかった。皆見世物として俺を色々な人間の奴隷に握らせ、戦わせた」

 「商人だから逃げていいとかって話じゃないと思うけど」

 「ん? しかしいざとなればツークリフトも逃げ出すだろう? 俺を捨てて」

 「まあ、そう言われちゃえばそうなんだけど、もうちょっと抵抗すると思うわ」

 「奴隷のために命をかける主人などいなかったよ」

 「そっか……それもそうね」

 緊張感も無く雑談まで始まってしまっていた。

 

 このダンジョンはもともと大昔の採掘跡だ。採掘で栄えた近隣の街も、ここに巣食った魔物に皆殺しにされたらしい。

 

 ガスの溜まりやすい地層のためあちこちにガス抜き用の細い坑がある。

 俺達は唯一、現在でも本坑まで繋がっているその暗く細い坑を進む。


 行けども行けども暗く細い道を進む。雑談のネタも尽きた。

 俺達が2人揃って、事前に仕入れた情報がガセだったのではないかと思い始めた頃、ようやく前方に明かりが見える。

 息を殺して慎重に進むと眼下には巨大な空間が広がっていた。

 ガス抜き用の坑のため天井付近に出たようだ。天井の高さはツークリフトの身長の10倍はあるだろうか。

 広い場所で戦うことは避けたかったが、それよりなによりにその広間に集まる魔物の数だ。

 「100匹くらいいるんじゃない? 」

 「都合のいい目をしているな。余裕で200匹はいるだろう。オークやゴブリンばかりだがかなり数が多いな」

 「見て? 真ん中にメチャクチャ大きいのがいるわよ? 」

 見ると魔物の集団の中央に一際巨大なオークがいる。この迷宮の中ボスと言ったところだろうか。

 

 「どうする? 」

 「余裕でしょ? 」

 覇気を失いかけていた俺の心をツークリフトの笑みが奮い立たせる。

 その顔は負けること……死ぬ事など微塵も考えていない。

 「そうだな」

 俺達のコンビネーションは最強だと強く自分に言い聞かせる。

 「行くよゼファー! 」

 ツークリフトは背中に刺した俺を左手で握る。

 「行こう! ツークリフ……」

 トーーーーーーーーー!

 

 俺の台詞が言い終わらぬうちに、彼女は俺を魔物の中央に向かって、あろうことかぶん投げやがった!!

 俺は見事なコントロールで、中央の一際でかいオークの足元に突き刺さる。

 あいつノーコンじゃなかったのかよ! いや、いつも見ているがあいつは筋金入りのノーコンのはずだ。

 もしかして魔法だけなのか? 心が捻じ曲がっているから魔力も捻じ曲がってしまうとすれば大いに頷ける。

 いや、そんな分析は後だ、後に回せ。今はこの状況を何とかしなくては。


 俺は冷や汗を流しながらも「ただの刀」の振りをする。魔物たちは暫らく辺りをキョロキョロと見回していたが、すぐにその視線を俺に集中する。

 やがて例の一際でかいオークが俺の柄を握り、試し切りとばかりに手近にいたゴブリンを2,3匹切り捨てる。

 魔物達はそれを見て興奮して囃したて、それに気を良くしたのか更に10匹ほどの魔物を切り殺す。

 まだ俺がオークの腕の支配権を掌握していないうちから、随分と殺ってくれる。

 

 そして数秒後、このでかいオークの腕は俺の物となった。

 ・・・

 ・・

 死屍累々。血の海。100匹ほど切っただろうか。50匹は逃げ出しただろう。

 俺が腕を支配したオークはとんでもなくタフな魔物だったが、もう限界だろう、今にも倒れそうだ。

 もうコイツは使えないと判断した俺は、その喉笛をかき切る。ご苦労さん。

 そしてそれを遠巻きに見ていた魔物が、恐る恐る近づいてくるのを待ち、それらも既に死体となったオークの腕を使って切り殺す。

 残った数十匹の魔物が、剣を振り回す死体を見て恐慌状態に陥る。

 そんな中ツークリフトは、悠々と俺を回収して血の臭いが充満する広間を抜け、奥へと進んでいった。

 

 広間はすぐに突き当たり、一枚の扉が見える。門にも見えるほど巨大だが、やはり大きなノブが扉の左端中央に備えてあるので扉なのだろう。

 扉の前にいた3匹のゴブリンを倒したところで、魔物の姿は見当たらなくなった。

 「ここがミノタウロスの部屋か? ちょっと作戦会議といこうぜ」

 

 ここで小休止だ。本音を言えば先程の戦闘で結構疲れたのだ。

 ピョコピョコとジャンプして、ドアノブを掴もうとしていたツークリフトもやがて諦め、ゴブリンの死体をどかし扉に背中を預けて腰を下ろす。


 「さっきみたいな作戦は、実行する前に俺に一言言ってくれよ」

 「あら、でも上手くいったじゃない? 」

 「偶々だろうが! 」

 「あたしは魔力を温存できたし、雑魚共はほぼ一掃出来たし、理に適った作戦だと思ったんだけど」

 「理に適っていても腑に落ちないんだよ。ツークリフトの戦術は……」

 「それにしても大きいドアね。ミノタウロスってこんなに大きかったのね」

 ……もういい、彼女と話していると、自分が物凄く細かいことで腹を立てているように思えてくる。


 ツークリフトは黒く長いローブから水の入った水筒を取り出すと口に含む。

 彼女の身につけた黒いローブは、いつものヒラヒラとした衣装よりは防御面での信頼はあるが、とても万全とはいえまい。

 「今回俺は防御に徹する。攻撃はツークリフトに全て任せる」

 「ま、基本それでいいけど、臨機応変。これ忘れないでね、最初に決めた作戦に固執して死ぬなんて下らないわ」

 「了解だ」

 「よし、作戦会議終了! 」

 「え? 終わり? 」

 ツークリフトが俺の柄を握る。俺の意識と繋がっていく。

 彼女の指を、手首を肘を、俺が徐々に征服していく。

 彼女は右手を扉にぴたりと押し当てると、その魔力で鎹ごと吹き飛ばす。


 勝手におっ始めやがって。

 しかし始まってしまったものは仕方がない。さあ、ミノタウロス退治を始めよう。

 



 

 部屋の中はガランとした空間だった。

 蝋燭の明かりは空間をゆらゆらと揺らし、細い月のように灰色の部屋を暗く照らす。

 一定のリズムを刻む不気味な音楽のような息使い。この部屋の主ミノタウロスは食事中だったらしく、不調法な扉の開け方が気に障ったらしい。

 ツークリフトの拳ほどもあるその目玉が、ギラリと俺達を睨めつける。


 相手は丸腰だが構わずツークリフトはミノタウロスの懐に飛び込む。

 愚かな牛頭の魔物は、「丸腰の拳」をツークリフトに向かって振り下ろす。

 俺はその拳を切り落……せなかった。奴の腕に食い込み、俺の剣戟が止まる。しかしこの手を離すわけにはいかない。

 ツークリフトが瞬間足を止める、魔物が間髪入れずに繰り出す右足の蹴りを彼女は体を捻ってかわす。

 ゴキンと嫌な音が彼女の左肩から伝わる。肩の関節が外れたようだ。


 ツークリフトは顔色1つ変えずに魔物と距離をとると、右手で左肩を嵌め直す。

 離れ際に、魔物の左膝に魔弾を打ち込んでいたが大したダメージはなさそうだ。

 彼我の身長差から言っても足を攻めるしかないだろう。


 「腕が千切れるかと思ったわ。次はすぐ手を離しなさい! 」

 「でもそれじゃあお前を守るものが無くなっちまうだろう」

 「臨機応変よ。あの手でいくわ、覚悟を決めなさい! 」

 言うが早いか、愚直に魔物に突進していく。畜生! 嫌な予感しかしねえ!

 魔物はツークリフトの突進に、右足の蹴りをあわせる。

 「突き! 」

 彼女の合図に合わせ、斬激の構えを解き、魔物の太もも目がけ突きを繰り出す。

 通った! 俺の突きはカウンターで魔物の肉を突く。

 しかし。


 『ガキン』

 俺の突きは奴の太い骨に阻まれ、蹴りの勢いを相殺するに至らない。

 「ツークリフト! 」

 彼女の体は木っ端のように吹き飛んでいく。生きているか? 

 俺達の突きでかなり威力は殺せた筈だが、そこには何の確証も無い。


 魔物は痛みと怒りの咆哮と共に俺の柄を握り、足から引き抜く。

 掴んだ! このまま奴の腕を支配出来れば……

 だが、魔物はもう一方の手で俺の切っ先を掴むと自分の膝頭を使い俺の刀身を叩き折った。

 「いってえええええええええ!! 」

 叫ぶ俺の視界に映る、ゆっくりと宙を舞う俺の切っ先。


 痛えええ、まずい、痛みで視界が霞む。

 意識まで飛びそうな痛みの中、霞む視界に見慣れた華奢な指先が映る。

 

 ツークリフトだ! 

 

 いつの間にこんなところに来ていたのか、彼女は空中に舞う俺の切っ先を掴むと、投げナイフのように魔物の巨大な眼球目がけ投げつける。

 『ヴオオオオオオオオ!!! 』

 先程より遥かに巨大な咆哮が部屋を震わせ、同時に魔物の膝が地に着く。

 魔物は目茶苦茶に両腕を振り回し、壁や床に叩きつける。

 パラパラと天井が崩壊の兆しを見せる。


 「ツークリフト! 逃げろ! 早く! 」

 ミノタウロスはまだ俺の柄を握っている。意識を集中させろ! こいつの腕を奪うんだ。

 飛んでしまいそうな意識を辛うじて繋ぎ止める。

 俺の視界には、後ろを振り返る事無く扉に向かって走るツークリフトの姿が映る。

 それでいい。逃げるときはそうしろと、いつも言ってきた。

 だが彼女は俺の教えを破り、扉を抜け部屋を出た瞬間、足を止めるとこちらに振り向いた。


 俺はその時気付いていなかった。ミノタウロスが、刀身の中ほどで折れた俺をツークリフトの背中目がけ、今まさに投げつけんとしていた事に。

 俺の体は魔物の手を離れ、矢のように彼女に向かう。避けてくれ、と叫ぶ間も無くその左肩を紙の様に貫き、華奢な体はその衝撃に耐え切れず地面に落ちる。

 「ツークリフト! 」

 俺は倒れた彼女に向かって叫ぶ。彼女は肩に突き立つ俺に向かい「おかえり、ゼファー」と、妖艶な笑みを浮かべた。


 重傷だが彼女の命があったことに俺は胸を撫で下ろす。

 「大丈夫かツークリフト! 腕は、左腕は動くか? 」

 彼女の顔が苦痛に歪む。

 「無理っぽいわ。全然動かない……」

 「すまない。もう撤退しよう。走れそうか? 」

 「何とか……それよりゼファー、作戦会議よ」

 「何言ってる! 逃げるんだよ今は、奴がまだお前に受けた傷に混乱しているうちに」

 「いいから、あたしの作戦に従いなさい! 」

 「そんな傷を受けてまだ戦うつもりかよ? 」

 ツークリフトはゆっくりと起き上がると、右手で俺を引き抜く。

 「当たり前じゃない、あなたに貫かれることはあたしにとって最高の快感だもの。知ってるでしょ? 」

 自らの血に塗れた俺の刀身を、ツークリフトの舌がヌロリと這った。

 全く、筋金入りの変態だ……天晴れと言ってやる。



 

 作戦会議自体は10秒で終わるが、その左腕はどうやっても動かないので、彼女が右手で俺の柄を無理やり握らせ、俺がそれを操る。



 俺達は再び部屋への扉をくぐると部屋に入る。奴はその手に巨大な斧を、今まさに携えたところだ。

 俺達の姿を見止めると、不気味にその口を歪める。笑っていやがる。

 ツークリフトは左肩を右手で押さえ、痛みを堪え、牛頭の魔物を睨みつける。

 刹那の睨み合い。そしてミノタウロスに向かい突進していく。愚直に、真っ直ぐに。


 ツークリフト。お前の作戦はいつも理に適っているけど……


 魔物が巨大な斧を振りかぶる。

 それが振り下ろされる瞬間、俺は腕を鳥のように広げる。

 巨大な斧は真っ直ぐに振り下ろさた。ひな鳥の翼のように無防備に広げられた、この左腕に向かって。


 俺を掴んだ腕が、赤い液体を撒き散らしながら、風車のようにくるくると宙に舞う。


 「理に適ってるけど……腑に落ちねえよ! 」


 ツークリフトは宙に舞うおれを手にした腕を掴むと、魔物の顔面に向け投げつけた。


 絶叫と共に、俺は魔物の目、先程ツークリフトが開けた風穴。俺の切っ先に向かって剣を付き立てた。

 2度、3度と千切れた腕が魔物の眼球をえぐる。一撃目で既に勝敗は決していたが、俺は何度も折れた刀身を打ち付ける。

 やがてついにミノタウロスのその巨大な背が地響きと共にダンジョンを震わせる。

 ツークリフトは、それと同時に右手の指を立てるとその指先に魔力を集め、ミノタウロスの鼻の穴に突っ込んだ。


 魔物は恨めしげに最後の咆哮を上げる。

 俺は激しく破裂する魔物の頭を思い浮かべるが、実際は、ボコンという小さな音と共に、ミノタウロスの息の根は止まった。


 ふん、ゼロ距離魔法というヤツは無駄がないな。




 彼女は指をミノタウロスの鼻の穴から抜くと、

 「うええええ、気持ち悪い……」

 魔物の鼻水でベトベトになった指を、自分の服で拭こうか魔物の顔で拭おうか迷っている。

 俺は呆れて、

 「そんなのいいから早くその肩の傷の治療だ。傷口に自慢の傷薬をしこたま塗りこんで、骨折しているだろうから左腕は首から釣って動かすなよ。」

 言いながら俺は、俺を掴んでいた「ゴブリンの左腕」の支配を解除する。腕は力を失いポトリと地に落ちる。

 ツークリフトは右手一本で四苦八苦しながら、左腕を固定している。


 そう、俺が先程操っていたのは、扉のそばに転がっていたゴブリンの死体から切り落とした左腕だ。

 それをローブの下に忍ばせ、彼女が右手で支えていたのだ。全く危うい作戦だったが、上手くミノタウロスは騙せたようだ。

 突然無防備に広げられた腕を警戒し、咄嗟にそこを狙うだろうという「予想」に基づいた作戦。


 「こんな危ない橋を渡るのは二度とごめんだ」

 「フフ、一人じゃ橋も渡れないくせに」

 確かに。応急処置を終え、クスリと笑う彼女の言う通りだった。



 続く


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ