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痴女が出たぞー

 鳥のさえずりが聞こえる。夜が明け、朝日が黒一色だった森の木々にゆっくりと色を与える。

 夜はいくらか冷えたが、日の出と共に気温は上昇してきた。


 だからかどうかは知らんが、今俺の目の前には痴女がいる。

 下着姿でス-プの入った鍋を、適当な棒切れでぐるぐるとかき回す痴女。

 痴女の手がスープをかき回す度、その腕に押された双乳が右往左往している。

 痴女はその美しい唇から美しいメロディーを奏で、時折満たされたような笑みを浮かべ、俺に視線を送る。

 

 はっきり言おう。気まずいなんてもんじゃあねえ。


 俺は昨夜、気を失ったツークリフトを左腕一本でここまで運んだ。

 意識を失った女が、剣を握った左腕一本で夜の森を這いずり回る様は、さぞかしホラーな光景だったろう。


 程なく意識を取り戻したツークリフトは暫らくポウ、とした顔のままだったが、しだいに覚醒してきたのか、ポツリポツリと語り始めた自分語りはそれはそれは酷い物だった。

 全てを語ることなどとても出来ないので要約すれば、

 毎晩のように俺に刺し貫かれる夢を見るうちに、その恐怖が突き抜けたのか裏返ったのか、刺し貫かれてみたい、と思うようになっていったらしい。


 間違う事なき変態だった。

 それもかなり高レベルの変態だ。


 今朝も起きぬけに俺の刃に口付けをしてきた。

 文字通り触れれば切れる刃に執拗にその舌を這わせ、俺も認めるところのその恐ろしく形の整った唇で甘噛みしたりとやりたい放題だ。

 断っておくと、俺の刀身は半端な鉄より硬いが、冷たい鉄で出来ているわけではない。

 あくまで俺の体の一部だ。痛みも熱も、とにかく色々感じるのだ。

 

 ツークリフトの執拗な攻撃ならぬ口撃に耐え切れなくなった俺は、

 「首の傷は大丈夫か? 」

 彼女の気を逸らそうと話しを振る。

 彼女はその薄桃色の舌を尖らせ、俺の刃をツウ、と舐め上げるとその長い黒髪を掻き揚げ白い首筋を晒す。

 そこに昨夜の傷跡は見当たらない。いや、目を凝らして見ればうす赤い筋が残っているが、ないと表現しても問題ないだろう。

 「我が家の傷薬は良く効くのよ」

 しゃべった拍子に舌を少々切ったらしい。

 ようやく彼女は満足したように俺から唇を離すと、淫靡さと初々しさを6,4で混ぜ合わせたような顔で

 「おはよう、ゼファー」

 と囁き、俺は気付かなかったが野宿だし朝露でも降りたのだろう、濡れたから着替える。そう言って服を全て脱ぎ、下着を替えたところで朝食の支度に取り掛かったのだ。




 水で戻して火にかけるだけのスープを3度作り直してようやく朝食となる。

 ツークリフトは地面に突き立てられた俺の正面に腰を下ろすと、唇を尖らせ息を吹きかけつつスープを口に運ぶ。

 「うん、美味しく出来た。ゼファーも食べる? 」

 こうして地面に突き立てる事こそが俺の食事だ。それを知っていてツークリフトは下らない冗談まで飛ばしてくる。

 冗談など言うような女ではなかったのだが……

 昨夜から俺の知っているツークリフトは行方不明のようだ。

 勿論これは俺の下らない冗談だが、本当にこんな彼女は見たことがなかった。

 いつもなら食事を作っている時の彼女の口からは愚痴が、食べているときは俺への不満が洩れているはずだ。

 ところが今日は鼻歌と冗談がその口からこぼれている。


 男子は3日会わないと変ると言うが、女子は一夜で変わる事もあるのか。

 そこまで考えたところでツークリフトが食事を終え、棚上げになっていた議題を議論のテーブルに挙げる。

 「ところで、これからどうするの? 」

 これから、というのは実に含みのある物言いだ。単純に今日の予定の話ではないだろう。

 「あたしは……あたしはゼファーに全てを曝け出したつもりなんだけど……」

 なぜそこで頬を染める。

 俺を使って歪んだ欲求を満たしただけだろうが! 


 とは言え曝け出したというところは認めない訳にも行くまい。

 あんな醜態を生半な覚悟で晒せるものではない。少なくとも俺には無理だ。

 

 いずれにしても俺の目的のためにはツークリフトの手が必要だ。これまでは話しても絶対に協力など得られまいと思っていた。

 だから黙っていただけだ。しかし黙っているということは騙しているのと同じことだ。

 騙す、黙る、一文字違うだけでどちらも露見したときの状況になんら変りはない。

 被害者は等しく騙されたと言うに決っているのだ。

 

 俺は1つ覚悟を決めるとツークリフトに向かい、重い口を開く。

 話そう。まずはそこからだ。

 


 ・・・・

 ・・・

 ・・


 俺は今、後悔の真っ只中だ。口開を後悔している。

 「ひい、ひい、ああ、おかしい」

 下着姿で腹を押えて息も絶え絶えに笑う女。やはり騙して、黙って連れて行くべきだった。


 「つまり、もう何年も前にいなくなった、ゼファーのお嫁さんとやらを探しているわけね? 」

 「違う! 攫われたんだ! きっと……」

 「はいはい、攫われたのね……」

 3度目のツークリフトの涙は、笑いすぎでこぼれた。この女の涙を見ると碌な事が起きないんじゃないかと思えてくる。

 「はぁ、おかしかった。まあ大体の話は分かったわ。まだ色々……ププッ」

 「もういい! だから主人にこの話はしたくなかったんだ! 刀が恋したっていいだろ! 」

 「誰も悪いなんて言ってないじゃん。ただすっごく意外だっただけよ。ああ、見てみたいなぁ、ゼファーの恋人! 」

 「言っているのと同じだ。それから恋人じゃない、相手は人じゃないぞ」

 「当たり前じゃない、人だったらあたしが許さないわ。便宜上恋人って言っただけよ。あ、お嫁さんだっけ? 」

 「奴隷は結婚はしない。だが……」

 「わかったわかった、わかったから。ゼファーが好きになるくらいだもんね。さぞかし綺麗な化け物なんでしょうね? 」

 そう言って今度は声を殺して笑う。

 この女、いつか殺す。やはりこの女は最低で最悪の変態だ。

  

 「いいわ、あたしも興味あるし、ゼファーに恩を売っておくのも悪くないわ。協力してあげる」

 恩を売るとかそういう事は普通口に出して言わないものだろ。明け透けにも程がある。それともあれか? 俺に隠し事はしないとこの女なりに決めたのか?

 「なに? もうちょっと嬉しそうな態度取れないの? 」

 「いや、嬉しい。と言うか驚いてる。まさか協力してくれると思ってなかったからな。しかしちょっと待ってくれ」

 「もう、面倒くさいわね。まだ何かあるの? 」

 「おおありだ。そのダンジョンを支配しているのは、ミノタウロスっていう……」

 「はいはい。大層強いんでしょ? とりあえずやってみて駄目なら逃げればいいじゃない。ね? 」

 ハハッ。俺は思わず笑ってしまったようだ。敗北を知らない人間とはこうも愚かになれるものなのか。

 ならばいいだろう。この愚かな主人の連勝記録をささやかながら伸ばす為。己の愛するものの為。

 「なら決まりだ。我が主人よ! 」

 「あんた結構調子いいわね? まあ、もう面倒臭いから呼び捨てでいいわよ。我が奴隷」

 


 すでにツークリフトは昨日とは違う、戦闘用のローブに袖を通していた。



 続く

 


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