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最低の主人と最低の奴隷

 

 ツークリフトが立ち上がるのを待ち、俺は大声で口上を述べる。

 

 「我が名は魔刀ゼファー! 此方におわすは我が主人にして、彼の悪名高き味方殺しのツークリフト様だ! 今すぐ去るか、そっ首叩き落されてから後悔するか、いずれか選ばれよ! 」

  

 刹那の停滞。明らかな怯みだ。頭は悪そうだが言葉は理解できるらしい。

 説得出来れば楽だが、全員ギンギンにおったててやがる。

 殺しの愉悦と快楽が、ガッチリと噛み合っちまってるような奴等だ。説得は出来まい。


 「行くよ! ゼファー」

 逡巡する俺と違いツークリフトは、端から説得しようなどとは思っていないらしい。


 言うが早いか正面の魔物の懐に飛び込む。

 魔物は慌てて棍棒を振り下ろすが、俺はそれを丸太のような腕ごと切り落とす。

 そして彼女が魔物の鳩尾に右手を当てた瞬間、激しい破裂音とともに魔物の胴体にきれいな丸い穴が開く。

 その穴越しに、後ろの巨木もついでと言わんばかりに2,3本薙ぎ倒されたのが見える。


 一瞬だ。死んだ魔物も何が起きたか理解できなかったろう。


 これが味方殺しのツークリフトが、リビングソードである俺とコンビを組む際に編み出したコンビネーションだ。

 魔法使いのくせに、敵とゼロ距離で殺りあうという目茶苦茶な戦法である。

 

 ゼロ距離ならばノーコンは関係無い。

 

 その分俺に掛かる負担は大きい。正確には俺とツークリフトの左腕……だが。

 俺を手にした彼女の左腕は、今完全に俺の支配下にある。剣など振ったことも無い彼女に代わり、俺が彼女の腕を操り敵の攻撃を捌くのだ。

 彼女の腕の支配権を俺が掌握するのに30秒を要する。まあ有体に言ってしまえば弱点みたいなものだ。

 次々振り下ろされる棍棒を俺は彼女の左腕を操り、時に受け流し、時に腕ごと切り落とす。


 散発的な魔物との戦闘において重視すべきは数ではない、攻撃防御回避、3つのバランスだ。

 一撃で死んでしまう紙のような防御力で魔物の懐に飛び込むなど、正気の沙汰ではない。

 しかし彼女が選んだ戦術は、「犠牲を厭わず敵の懐に飛び込む」だった。

 犠牲とは当然ツークリフトの事を指しておらず、いくらでも替えのきく俺達奴隷のことを指す。

 俺がツークリフトを最低の主人、と評する所以はこの戦術に起因するものだ。

 彼女の払った犠牲と言えば、右腕より剣を握る左腕が少々太くなった。程度のものでしかない。


 何度でも言おう。最低の主人に俺は買われた……だが、今目の前に累々と転がる魔物の死体がもう1つの事実を同時に導き出す。

 この戦術は実に理に適っている。

 

 「アクセルオークだったんだね? 道理で足が速かったわけだ」

 死体を見て初めて気付いたらしい。ツークリフトが涼しい顔で涼しげな声音を響かせる。

 「凶暴な種族だ。2,3匹いれば小さな村なら皆殺しにしてしまう」

 ふうん、とツークリフトはさして興味無さげに答える。何か別の気付が彼女の中に生じたらしい。

 「もしかしてあたし達が向かってるダンジョンを住処にしてるのかな? こいつら」

 何故かツークリフトは鋭い眼差しで俺を見据える。

 「そうだと思う。俺達の向かうダンジョンも近い。今日はもう魔物も襲ってこないだろうからさっさと休もうぜ? 」

 「ふうん。つまり、あたし達の目指すダンジョンは、こんなゴリゴリの武闘派の魔物がうようよいるって訳ね? 」


 遠回しに何かを俺に伝えようと、いや、俺に何か言わせようとしているのか。

 いつもズバズバと核心を突く彼女らしからぬ振る舞いに、なにやら薄ら寒さを感じ俺はこの話題からの即時撤退を決め込む。

 どんな話題でお茶を濁そうか思案していたが、俺の心は、俺の思考を裏切り自分でも予想だにしていなかった言葉を口にした。

 

 「さっきはすまなかった」

 「ん?なにが?……あ、そうそう、そうだった! あんたもっとしっかり周りに気を配りなさいよ! 最悪でも30秒前には敵の接近に気付いてくれないと、あたしの命がいくつあっても足りないわ」

 「いや、それもだが、俺の代わりに優秀な騎士でも剣士でもパパに雇って貰えと、言ったことだ」

 何故謝ろうと思ったのかは自分でも良く分からないが、妙に胸の奥に引っかかっていたものを言葉にしてみたら、自然と謝罪の言葉が俺の口をついて出てきたのだ。

 魔物に気付くのが遅れたのも、あの時のツークリフトの寂しげな顔のせいだったのではないかと今なら思える。

 「何? ゼファーってば本当にお払い箱にされると思って心配になっちゃったの? そんな下らない事気にしてる暇があるなら、主人をバカだのうすのろだのと罵った事を反省しなさい」

 まただ。てっきり怒りだすかと思っていた俺はツークリフトの見せた、寂寥ともいえる態度に驚きを隠せなかった。

 そんな俺にツークリフトは大きく1つ溜め息を吐く。


 「ゼファーはバカだし所詮は魔物だから、言いたくなけど、ホントのホントに言いたくないけど言っておくわ。あんたがどう思ってるかは知らないけど、あたしはあんたを信用してる」

 ……俺は完全に藪の中の蛇を突いてしまったようだ……

 先程からツークリフトが俺に遠まわしに伝え様としていた事。それを誤魔化そうとして逆に彼女から引き出してしまった格好だ。間抜けにも程がある。


 「例えあんたが戦闘中にあたしの喉笛をその刃で切り裂き、あたしの血が一滴残らず噴き出したとしても、ゼファーがそうするなら仕方がないと思えるくらいにはあんたの事を信用してる。他人に腕一本任せるって事はそういう事なの」

 本当に彼女もわざわざ言いたくは無かったのだろう。悔しげに、拳を握り肩を僅かに震えさせながら独白のように続ける。

 「でも……でもゼファーはあたしを全然信用してないよね? 」

 ツークリフト、最低の俺の主人の最高に美しい唇が震える。

 

 「この先のダンジョンには、魔道書なんて無いんでしょ? 」


 

 「……そうだな。」

 「そう……やっぱりあたしをを騙してたんだ。まあ、随分前から気付いてたけどね。その内話してくれると思ってたからさ……結構辛かったよ」

 「ああ、俺も主人が知っていてダンジョンに向かっている事に気付いてた。だから、辛かった」

 「騙すほうも辛いって? 勝手な理屈だよね、それ? 騙される方が辛いに決ってんじゃン……」


 俺は、初めてツークリフトが俺に自分の左腕の主導権を明け渡したとき、恐ろしさのあまりボロボロと泣いていた事を何故か思い出した。

 2年程前だったか。見ているこちらが哀れに思えるほど全身をガタガタと震わせ、何の効果もない祈りの言葉を泣き叫びながら俺を手にした女。

 ツークリフトが泣いたのを見たのはそれが最後だ。2度と彼女の涙など見ることは無いだろうと今でも思っている。

 勿論、今目の前の彼女の目に涙など無い。だが……思い出してしまったのだ。

 

 1人では戦えず、仲間との共闘の道も閉ざされた魔法使い。孤独な魔法使いが唯一の拠所としたのは諸刃の一本の剣。

 全く笑えない話だ。俺は彼女の奴隷であり、彼女もまた俺の奴隷だったのだ。

 俺達はいつの間にかこの歪みきった関係を是としていたのだ。

 彼女は自分の左腕に殺されるかもしれないというリアルに耐え切れず、信用という幻想に逃避した。この剣は自分を殺さない、信用している、と。

 俺は彼女を利用することに呵責を感じ、守り、嫌った。この女は利用されても仕方の無い女だと言い聞かせながら。


 俺達は互いに最低の主人であり、互いに最低の奴隷だった。

 「なあ、ツークリフト」

 俺は主人を呼び捨てにした。

 「次呼び捨てにしたら叩き折るって言わなかったっけ? 」

 「ああ、叩き折って欲しくて呼び捨てにしている」

 ツークリフトは俺を叩き折る事無く俺の刀身を地面に突き刺すと隣に腰を下ろす。

 「ねえ、一体何を探しているの? 話してよ、もうこんなお互い傷付くだけの関係はあたしは嫌だよ。認めるよ、あたしはゼファーがいなきゃ戦えない。

 「最初の頃はいつその刃が、あたしの心臓を貫くかと思うと恐ろしかった。ゼファーを手にした夜はいつもうなされた! 胸を、首を、お腹を、自由にならないあたしの手が、ゼファーの刃が貫く夢を見た。

 「いいえ、戦った夜だけじゃない。そんなの関係なく夢の中でゼファーはあたしを殺すの! 今夜もあたしは心臓を刺し貫かれる夢を見るわ! ……それでもあたしは……あたしにはもうゼファーを手放すなんて……出来ない……」

 

 俺は2度と見る事は無いだろうと思っていたツークリフトの涙を見る。彼女は顔をくしゃくしゃにして泣いている。

 俺はこの時ほど自分に腕が無いことを悔やんだことは無かった。

 ツークリフトは涙を拭いもせず膝を抱えたままだ。見るとその耳が真っ赤に染まっていた。

 まるで告白の返事を待つ乙女のように。


 暫らく沈黙を保っていたツークリフトが顔を上る。その表情は長い髪に隠れ窺い知る事は出来ない。

 やおら立ち上がると俺の柄をその手に握り、地面から音も無く俺の刀身をゆっくりと解き放つと切っ先を天にかざす。

 俺はこのまま叩き折られるのではないかと覚悟を決めるが、どうやらそうではないらしい。

 彼女は俺の切っ先を自分の首にピッタリと押し当てたのだ。

 「待てツークリフト! 何をする気だ! 」

 俺の切っ先に彼女の暖かい肌が触れる。薄い肌の下の動脈が脈打つ振動さえ伝わってくるようだ。

 彼女は嶺に右手を添えると、ゆっくりと切っ先から小鎬、刃と徐々に滑らせて行き最終的にははばきを右の手の平で抑える。

 彼女の首と右手で俺の刃をサンドイッチにした形だ。


 「さあ、ゼファー、刀を引いて」

 俺の柄を握る彼女の左腕が、俺の支配下に落ちる頃合を見計らって俺に下命する。

 「馬鹿な真似は止めろ、ツークリフト。一体どうしちゃったんだよ? 」

 この状態で俺が動けば彼女を傷つけてしまう。いや、彼女の右手の力加減次第では致命傷を与えてしまうこともある。

 「ゼファー、あたしはあなたを信じてる。あなたもあたしを信じて。あたしを信じて刀を引くのよ」

 「しかし! 」

 「これが最後よ。あたしを信じて刀を引きなさい」

 その右手に力が篭り、俺の刃を深くその皮膚に食い込ませる。

 

 自分を騙してでも俺を信用することでしか戦ってこれなかったツークリフト。

 信用する相手に信用されないという事は、これほどの苦しみを生むのか。

 その苦しみが彼女をここまで追い込んでしまったのか。

 彼女を信じるしかないのか俺は。常軌を逸した行動に出た彼女を。

 彼女は天を仰ぎその白い首筋を俺に晒している。その顔を見る事は出来ないがおそらく泣きそうな顔をしているのだろう。

 

 3度も主人の涙は見たくない。

 「わかった、ツークリフト。刀を引くぞ」

 俺は彼女を信じると決めた。ツークリフトは強い女だ。自ら死を選ぶような女ではない。

 「俺はお前を信じるぞ。ツークリフト! 」

 「ありがとう。ゼファー……」

 それはお互い初めて口にする言葉だった。俺の心に何か温かいものが芽生えた気がした。


 俺はゆっくりと、細心の注意を払って刀身を引く。彼女の首筋を俺の刃が滑り始める。

 プツリと彼女の皮膚が裂ける感触が伝わる。


 その感触は俺の全身を震え上がらせるに十分な感触だった。

 初めて魔物を切った時の比ではない。

 「ツークリフト! 」

 俺は思わず右手を離せ! そう叫びそうになる自分を押さえ込む。


 そうだ。俺は彼女を信じると決めたのだ。

 彼女は黙って俺に身を委ねている。恐れず引け! ゼファー! 彼女を信じろ!

 さらに引くとまたあのおぞましい感触が俺の全身を凍りつかせる。

 それでも俺は刀を引くことを止めない。彼女の裂けた皮膚から赤い血潮が一筋の細い糸のように落ちる。

 それでも刀を引く手を止めることはしない。2筋、3筋、刀身が通った道から流れ落ちる赤い糸は、やがて彼女の豊満な胸にたどり着き彼女の服に染み込んで行く。

 「ああああン!! 」

 「大丈夫か! ツークリフト! 」

 苦悶の声を上げ、体を小刻みに震わせるツークリフト。待ってろ。もう少しだ。

 さらに慎重にゆっくりと引いていく。ツークリフトの体がブルブルと小刻みに震え、呼吸も荒くなる。

 「引いて! ゼファー! 思いっきり引いてぇぇン! 」

 

 「もう少しだ! ツークリフト! 俺は、お前を、信じる!!! うおおおおおおおおお!!!!!!  」

 最後の切っ先を速度を速めて、す、と抜き去る。

 

 「ら、らめええええええええぇぇぇぇ!!! 」


 らめ?

 ツークリフトは奇妙な叫びを上げるとその場に崩れ落ちた。

 上気した顔で、唇をだらしなく半開きにして、全身をヒクヒクと痙攣させながら。

 その顔に、俺の心に先程芽生えた温かいものが、急速に熱を失ってゆくのを感じた。

 「へ、変態だああああああ!! 畜生! この女変態だったのか! とんでもねえカミングアウトしてきやがったこの女! 」

 俺の叫び声は夜の闇に浮上し、空しく沈殿していった。


 続く

 

 


 

   

 

 


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