私と乙女ゲームと悪役お嬢様と
私には物心つく前から違和感があった。何にと言うと世界にとしか言えない。この世界の義務として、教会に週一のペースで行っていたが、その度に「すごいな、ほんとに洋風の世界だ」 と思って洋風の世界??? となり、自分で自分の考えてることが分からなくなることがしばしばあった。。
そして教会で文字を習い始めてようやく気づいた。これは乙女ゲームの世界であると。自分の名前も両親の設定も、世界の女神様の名前も王都にあるという、ゲームヒロインがいずれ通う有力貴族の子息子女達ご用達の学園の名前も、記憶と違うところがないのだ。
ギャンブル好きの父親とアル中の母親という今の私の家庭環境は、まさにゲームヒロインの幼い時の環境。といっても、私はちょっと貧乏なくらいでそんな虐待はされてない。悪い人達じゃないんだよ。
彼らの過去――私は父親とは血の繋がりがない。そして母親は元々は高貴な身分。母は初めての社交界で見知らぬ男に物陰に連れ込まれて乱暴、妊娠。相手を訴えようとしたが、逆に母が貴族の娘にあるまじき振る舞いをしたと破門のすえ勘当。どうも、太刀打ちできないような身分の男が私の血縁上の父らしい。それで母一人追い出せば家が安泰だということで……貴族こわい。そして身一つで街を放浪していたところを今の父に拾われて……ということらしい。ね? 悪い人じゃないでしょ?
だから私が八歳の誕生日に人身売買されるのも、自分達に育てられるくらいならいっそ……という苦渋の判断だったんだよ。ギャンブルで買ってプレゼント買うはずだったのに、大負けだったから。お父さん可哀相。ゲームではそのあとの彼らが書かれてないけど、いつか見つけて恩返ししたいなあ。色々あるけど、彼らがいなければ私はここまで育たなかったと思う。
そして子供達が一室に集められている中で、私はゲームのメインヒーローと出会う。ジェイド――彼が私の衣服に縫い付けられた私の名前を見てこう呟くのが、ゲームの始まり。
「五零十……この世界を想像したといわれる女神と同じ名前だ、キミに似合う、綺麗な名前だね」
実はゲームの世界じゃないかも? なんて思いたかったこともあるけど、どう見てもゲームの世界ですありがとうございます。誰か一人だけ異世界の文字なのに突っ込んでよ! 何で読めるんだよ! そもそもその女神何者だよ! あとジェイド君は仕事選んだほうがいいよ。
何で死ぬ直前に記録した名前で転生してるの!!! え、こんな名前にしたほうが悪い? だって変換候補に漢字もあったからつい……。洋風なゲームでそんなことする公式が一番悪いと思う。
でもマニア級のゲームファンならキャラAのED直前のデータ、BのEDの……。Aのイベントの直前の、Bの……ってするよね? メモリーカードそれで一個分消費するよね? 私は自分の名前でプレイしない派だし、ヒロインのデフォルトネームをプレイごとにをコレ一ト、二コレット、三コレットなノリでつけてたんだよ……。5010回目でコレットだーってなってノリノリでつけた名前をリアルでつけられるとは。
複雑そうな顔をする私を、ジェイドはこれから売られる不安でそうなっているのかと勝手に誤解してくれたようだ。
「大丈夫。僕が君を守る」
メインだけあって最初からヒロインに優しい彼。パッケージもセンター飾ったし、イベント最多で中の人も一人だけ実力派声優さん。
……だからなのか、開発者の自キャラ萌えが鬱陶しいと感じることが多々あった。好感度が高いから他キャラのEDもよく妨害されるし。あとジェイドくん、ヒロインが選ばないと最後に死ぬっぽい。他キャラルートでその影をいちいち匂わせくるから、死ぬ死ぬ詐欺うぜえと思わないこともない。開発者の「この子を選ばないの? 薄情者!」 って声がうざい。キャラ自体は良い人なんだけど。
……乙女ゲームっていうのはね、二次元で楽しむものだよ。リアルまで持ち込みたくないんだよ。というわけで却下。
そもそも、私には絶対に落としたい人がいた。公式に「あのキャラルート追加の予定は?」 ってツイートに絡むくらい。だからジェイドくんとは別に親しくならなくてもいいや。私の辞書に股がけプレイという言葉はない。
「別にいいよ。すぐに地方警備隊が来るから」
「え、それってどういう――」
ジェイドくんが言いかけたところで、部屋のドアが蹴破られた。なだれ込んでくる制服姿の男達。周りの子供達は最初からこんな乱暴に売られるのかと、泣いたり叫んだりしていた。しかし男達は生真面目に聞いてくる。
「君達! 無事か!」
◇
領内の人身売買を苦く感じていた領主により、子供達が集められる日を狙って警備隊を突入させて救出。ヒロインの五零十とジェイドや他の子供達は保護され、相応の場所に移されることとなった。その途中、病気などを持っていないか検査される過程でヒロインは医者に不思議そうな顔をされる。
「……君、五零十くんだったかね。もしかして、君の母はルチルという名前では……」
「そうです」
「ああ! それでは君は私の姪!」
貴族といえど、次男三男になると家は継げないから逆玉を狙うか手に職をつけるか。この叔父さんはそれで医者になったらしい。今だったら昔より化学が発達したから、姉さんが乱暴された時に体液を取って犯人を絞り込むくらいは出来たかもしれないのに……と叔父は時折呟いていた。良い人でありがたいけど、貴族の娘を追放させるくらいの人には無意味だったと思う。悲しいけど。そして学のある人でも突っ込まれない名前……。
こうしてゲームヒロインは子のいない叔父の養女となり、衣食住が保障されてめでたしめでたし……ではない。叔父が診た患者の中に貴族の娘がいて、完治させたのを感謝され叔父はその娘と結婚。叔父さんよかったね。さらに二人に実子が産まれる。そうすると、やっぱり血の繋がった娘のが可愛いよね……という空気になる。
「あー、五零十。お前ももう十五。将来を考えて王都の学園に通わないか? 卒業しただけでも箔がつくから食いっぱぐれることはない。身分? あそこは金をそれなりに積めば入れる。寮もお洒落でいいものだぞ」
そうしてヒロインは誰もが知る超有名学園に通うことになったのであった。ヒロインの設定といいこれまでの経緯といい、ライターが好きな話を読ませるために乙女ゲームの体裁を取ったのだろうという説が私の中で最有力。
そしてその学園にいるキャラこそが、私が攻略したい人なのだ。
入学初日、ヒロインは周囲にざわつかれる。なんでも数年前に死んだ評判の悪い美形の王弟にそっくりらしい。父親ですね分かります。でもどうでもいいや。ゲームに出てくる訳でもないし。そういえば育ての両親は遠くの町で病死していたらしい。死ぬ前でもいいから会いたかったな。これも親がいると色んなキャラとの恋愛に弊害が出るというゲームの強制力なんだろうか。
だったら、あの人とのルートも無いんだろうか?
ぼんやりしていると、成長したジェイドとの再会イベントにあった。
「五零十! 久しぶりだね。元気だった? 君も今日の入学式に? ここの生徒として一緒に通えるなんて嬉しいよ」
校門付近で見かけるなり走りよってくるジェイド。……そういえば何かのイベントの際には必ず彼が現われて「今日は入学式だよ」 「体育祭だよ」 「修学旅行だよ」 「卒業式だよ」 と話しかけられる。一部のファンにはそれで『時報』 と呼ばれていた。これを個人ルート突入後もやるから、「他キャラにそこは譲れ!」 と言われることもしばしば。でも時報かあ。攻略するんじゃないし、私もこれからそう呼ぼう。今はあのキャラ探しだ。適当に挨拶して別れる。
入学式の最中、きょろきょろと周りを見ると、いた。
金髪ドリルでナイスバディな美少女。ゲームでことごとくヒロインを妨害する悪役というか、ライバルキャラ。サファイア令嬢。さすがに目立つ。
プレイ中はそりゃあ腹も立ったけど、何百回とプレイする頃には「こんなもの私には合わないわ。庶民である貴女にお似合いよ」 とパワーアップアイテムくれたり、全てのイベントの起点だったりと愛おしく思えてくる。
ノーマルエンド以外のどのエンドでも、イジメがばれて身分剥奪されるというちょっと可哀相なキャラでもある。
顔グラあるキャラ全部落としたい主義の私は「サファイアのエンディング希望」 と公式に絡んだが、それに対する公式の答えは「サファイアはコアな人気がありますね。けど、乙女ゲームで女性キャラに力入れるのは本末転倒ですからね」 だった。五千回を越える頃にはサファイアのイベントを集めていたのだが、五零十と名前入力した時で私の前世の記憶は途切れている。交通事故? 工事現場の横だったから鉄骨? それとも三日完徹だったから心臓発作? とにかくそのプレイは断念せざるをえなかった。そしたら転生してるではないか。
そうか! 自分で落とせということか! 分かった頑張る!
◇
入学式後、教室での自己紹介でさっそくサファイアはやってくれた。
「五零十? 五零十ですって! 笑える名前ね、親の学が知れるわ!」
この世界で一番違和感ない言葉に私の好感度上昇中。サファイアはライバルキャラなだけあって、庶民の出であるヒロインが女神の名前なことにケチをつける。でもこの名前だと妥当だよね。さらに王族の血筋らしいという噂を聞いて嫉妬にかられ嫌がらせをする。それが稚拙すぎて攻略キャラ達に気づかれヒロインとのキャライベントを乱立させてしまうのだ。
翌日から早速机に菊の花が置かれた。洋風世界で日本風な苛めはギャグの域で傷つく気になれない。このイベントで嘆き悲しむか怒るかで登場キャラが違うのだが、そんなことはどうでもいい。
「気に入ってくれたかしら? それ、貴女のために特注で用意させたの」
教室中がドン引きしてる中で堂々と言っちゃうサファイアたんまじライバルキャラ。生で見ると逆に感動してしまう。
「サファイアが私のために……大事にするね、初めてのプレゼント!」
「!? な、何よそれ。貴女ふざけてるの!?」
「これを選んでる時のサファイアは私だけのサファイアだったんだよね」
「貴女、人の話を聞いてるの!?」
予想外の反応に驚いているが、私は楽しい。でもゲームの強制力か知らないけど他のクラスメートに色々言われる。
「五零十ちゃん、先生に言おうよ」
「そうだよ、いくらご令嬢でもやっちゃいけないことがあるよ!」
「こんなの見たら先生だって考えるよ。お嬢様なのに見え透いたイジメするのね」
それはまずい。先生も攻略キャラだからだ。余計なフラグはいらない。時報でさえ殺す気で立たせないつもりなのだから。サファイアルートを狙うなら、この場で自分の力で解決しなくてはいけないのかもしれない。私はお花を取り、濡れてない部分を使って花輪をつくる。こういうの得意。そして出来上がった花輪をぽかんとしてるサファイアの頭に乗せる。
「じゃあこれは、私からのプレゼント!」
「……! ば、馬鹿にしないで!!」
貰ったサファイアは、花輪を投げ返して教室を出て行った。……まあ、初期の好感度じゃこんなものだよね。あとは何すれば好かれるかなあ。
それから私はサファイアに付きまとってみたけれど、気づいたのか避けられるようになった。むう。ストーカーと呼ばれないうちに他の手を考えなくちゃ。
◇
授業中、サファイアは斜め後ろの席から視線を感じていた。振り向くとあの五零十がいて、普通に教科書を見ている。気のせいかと思い再びノートを取り始める。
……やはり視線を感じる。振り向く。彼女はこっちを見ていた。人の気を散らして授業妨害でもする気かと睨もうとするが、彼女は目が合った途端に満面の笑みで笑い――――学校一人気の担任に教科書で殴られていた。
「授業中になにをよそ見している」
教室にクスクス笑いが起こる。何がしたかったのだろう。ただのバカなのだろうか……バカなのだろう。
◇
私の見てないとみせかけて見てましたで気を引く大作戦が破れた。やっぱり攻略キャラと同じようにイベント外で好感度上げられないのかなあ。ならばイベントに集中したいところだけど、このゲーム、イベントの日付が曖昧なのである。夏の旅行中に、秋の文化祭の日に、みたいで正確な日付が分からない。……申し訳ないような気もするけど、ここらへんは時報に頼ろう。
次のイベントが待ち遠しい。
◇
「今日は課外授業だよ。誰かとまわる予定はある?」
「一人で行くからいい」
「そうなんだ。……ケホッ」
時報の存在がありがたい。ゲームの数あるイベントを自分でも思い出せる限りメモしてるが、それでもたまに抜けてる。そういう時に便利なのが直前に伝えてくれる時報なのである。ただ、ゲームの都合上、彼は所々で病弱アピールをする。とある病気のキャリア持ちで、ヒロインがドナーにならない限り完治はない。でも、他キャラルート目指してたらどのみち助けられないんだって。許せ。
そして二年の一大イベント課外授業。お嬢様のサファイアとまわりたかったが、護衛に連れられてて無理だった。まあ予定もあるよね。事前に行動表書いて提出してるもんね。しかしお昼になれば別なのだ!
広場の一角を陣取って付き人達がテーブル椅子を置き、優雅な食事に入るサファイア。この様子が攻略キャラに「気取ってる」 「遊びに来てるんじゃないか」 と嫌われ、庶民派なヒロインに共感が集まるという。でも五千回もプレイしてれば私だって一回はサファイアみたいなことしたいです。
「サファイア、一緒にお昼しよっ」
「え……? な、なによ。急に言われてもそんな準備ないわよ」
だがめげない。こんなことでめげてたら一生攻略出来ない。
「立って食べるから大丈夫。ねーねーおかず交換しよー」
「交換って。貴女みたいな庶民のお弁当なんか……お弁当の中身、何なの?」
「キャラ弁! 今流行の妖怪わんこのマスコットの作ったの!」
「……わんこ……ハッ、わ、私がそんなものに興味あるわけないでしょう」
「えー、寮で頑張って作ったのに。誰も見てくれる人がいないよー。空しいなー」
「し、仕方ないわね。付き合ってあげるからそこに座りなさい。立ち食いは下品よ」
相席ゲット! 気合で作ったお弁当を見せると、サファイアは目をきらきらさせて見ていた。とあるイベントで可愛いものが好きって話があったから引っかかると思ってた。
「……これ、どこから食べるものなの? 絵が崩れるのが怖いわ」
「どこでもいいんだよ。何ならお弁当交換する?」
「そ、そうね。シェフのは食べ飽きてるから、そうしましょう」
付き人達がざわついてたけど、そんなに珍しいことなんだろうか。まあそんなことより、おずおずとお弁当を食べるサファイアは一幅のスチルのようだった。……攻略できないかなあ。
◇
「三年生最後のイベント、修学旅行だよ。自由行動の予定は決めた?」
「うん、一人で遊んでくる」
「……そうなんだ。ゴホッ」
「あのさ、具合悪いなら休めば……」
「そうはいかないよ。奨学金で通ってるから。心配してくれてる? ありがとう」
ほんと、何で小さいころちょっと会っただけのヒロインが好きなんだろうな。ファンの間じゃ「本能でドナーになれるヒロインを求めていた」 とも言われてるけど。
あ、早くしないとサファイアが行っちゃう。護衛と一緒に歩き出しているサファイアに追いついて頼み込む。サファイア、この観光地に来る前に雑誌である土産物屋を見て「こんな所が人気なのね。一番人気は恋愛成就の犬のマスコットお守り……」 「ねえ、向こうついたら行こうか?」 「行けたら……いいわね」 って言ってたもん。
「サファイア、一緒にまわろうよ!」
「いいわよ。邪魔しないなら」
思いのほかあっさり許可されてびっくり。お付きの人が馬車に乗るようにと合図する。馬車なんて使うんだ。いつの間に頼んだのかな?
◇
「サファイアお嬢様。大きくなられましたな」
「ほほ。ジルコン様は相変わらず若々しくて五十だなんて思えませんわ」
「そう言ってくれるかね? はっはっは」
有名観光地にいるはずなのに、何故かサファイアはいかめしい門から立派な屋敷に入り、これまた厳格そうな人と話し合っていた。あれ? これ旅行だよね? 偉い人との会合みたいな空気だけど。
「ところで、そちらのお嬢様はお友達かな」
「……ええ、学友です。五零十さん、ジルコン様はここ一帯の顔と言っても過言でない方。貴女も挨拶くらいなさったら?」
急に振られて慌てて挨拶する。
「は、初めまして。……五零十です。サファイア、さんと仲良くさせて頂いてます」
そういえば、修学旅行の時にはサファイアの妨害が一切無かった。そうか、裏でこういう風にお付き合いとかやってたんだ。ゲームの妨害も色んなとこから来てたもんなあ。
でもそれなら、サファイアはいつ旅行を楽しむんだろう? ジルコン様が席を外した時に聞いてみる。
「ねえ、お土産屋さん行かないの?」
「……行けないの。私はこれでも身分は高いのよ? この訪問も前々から予定していたのだから、私の都合で取りやめになんて出来ない。こっちに来るのに会わなかったら無視したみたいになってしまう」
「でも、折角の修学旅行が……サファイアも行きたかったんじゃ」
「行けるわけないでしょう。ジルコン様の顔を潰してしまうわ」
「でも……」
少し悲しそうな顔をしていたサファイアは、ごねる五零十を前に何かが切れた。
「……うるさいのよ。無理って言ってるでしょ!? 私は一言も行くなんて言ってないのに、着いてこさせただけでも感謝してほしいくらいだわ! 大体なんなの、いつも付きまとって! そんなに行きたければ一人で行きなさいよ! 私はあんたみたいな庶民と違って暇じゃないのよ!!」
その言葉に、五零十は静かに席を立って部屋を出て行った。感情に任せて言ってしまった、本人にはどうにもならないことで怒ってしまった、と後悔したサファイアだが、すぐにこれでいつもの静かな日常に戻るのだと考え直した。
そうだ、もうあんな訳の分からない存在に纏わり着かれなくて済む。でも、何かがおかしい。部屋って、こんな静かだっただろうか……。
◇
その日、宿泊場所に戻ると、サファイアの部屋の前に五零十がいた。手には、あの土産物屋のお守りわんこがあった。
「予定、邪魔しちゃってごめん。あのね、せめてこれだけはって思って……。あのこれサファイアの分、のつもり」
馬鹿だな、って思った。あの屋敷からあの土産物屋まで行ったなら、自由時間なんて無かっただろうに。
それから、何日経っても、何年経っても、何故か旅行と言えばこのお守りを思い出す。お守りはずっと大事に、鍵つきの箱にしまってある。それで時々眺めて、優しい気持ちになる。
◇
「ゴホッ……ああ五零十、いよいよ卒業式だね」
五零十は式の前、体育館裏で咳するたびに軽く血を吐くジェイドに怯えた。入院してください頼むから。時報に何のこだわりがあるんだ。
「びょ、病院……」
「式が終わったら行くよ、でも、これが最後だから……。ああ移る病気じゃないから大丈夫」
「そういう問題でもないような。あの、まだドナー見つからないの?」
「うん……。血液の型が特殊らしくて。でも、いつかは見つかるよね」
「私もそう祈ってるよ」
「ありがとう……それじゃあ」
去ると見せかけて、時報はピタリと止まった。ゲーム通りだ。そして悲しげに呟く。
「君は、僕以外の誰かを見ていたね。僕じゃ、君の大切な人になれなかったのかな」
この台詞、女友達エンドの場合や、ネタプレイでノーマルエンド一直線だった場合にも言われます。こいつは何を言ってるんだとファンの間で話題になったが、我が子が可愛い開発者がジェイドが振られるなんて思ってなかったから台詞が適当だったんじゃと結論づけられた。言われてみると、確かに別の攻略キャラのイベントでも病弱アピールのあとにキャラが「あいつもしかしてヒロインのこと……いや、何でもない」 とか言うイベントもあったし納得。NTR趣味があるファンには大受けだったけど、私にはきっついイベントだったな。ゲームやめるほどでは無かったけど。
でも死にそうになっても彼を選べない。何故なら、私と彼は異母きょうだいだからだ。彼エンドだと手術の時にで背中の特徴的な痣から王族だと判明して、相応のところに引き取られることになっているが。その痣、関係ない他キャラとのスチルでヒロインにもあったんだよね。公式……。ドナーの資格があるヒロイン、珍しい型……。彼のルートは倫理的にも選べない。死ぬかもしれないのにごめん。でもそれはそれ、これはこれ。別にいいじゃん、開発者って神に愛されてるんだから。時報とはズッ友だょ…!
どっちにしても何も答えず私も去るとする。サファイアたん来てないかな。告白は卒業式のあと、ヒロインが一人教室で物思いにふけっていると、キャラがやってきて始まる。女友達でも同じ。
一人で教室にいる。…………。…………。…………。やがて、教室のドアが開かれた。サファイアだ。
「まだここにいたのね」
いました! でも、元々ノーマルエンドではサファイアに罵倒されて終わりっていうのがあるんだけど、何か変わってないかなあ。
「ねえ? 三年間も何をしていたのかしら? この世代には十年に一度という殿方が何人もいたというのに。この学園から庶民に戻るなんて前代未聞だわ。あなたほど何も成し遂げられない高校生活もないでしょうよ!」
……変わってない……がっくり。
「さすがの貴女のこうまで言われればそんな顔もするのね」
ん?
「……馬鹿ね。私に人のことなんて言えないから。そんなこと言ったら、私こそ何をしていたのかって事になるわ。仲の良い人間なんて、出来なかった。変にまとわりつく級友はいたけれど」
あれ?
「あなたと過ごした三年間、私、嫌いではなかった。……ううん、少しは、好きだったわよ」
……!
「それ、喜んでいいの? 私喜んでいい?」
「……勝手に喜んでればっ」
プイって彼女はそっぽを向いた。思わず抱きつく。大好きなゲームで、仲良くなれなかったキャラを、ついに陥落させた!
「ちょ、ちょっと、重いから!」
「やった! やったああ! ねね、今から遊びに行こう! 制服も今日限りだもん。今までやれなかったこと全部やろう! いいでしょ?」
「もう……仕方ないんだから」
手を繋いで教室を飛び出す。大好きな友人とともに。
◇
そして念願の友情エンドを迎えて数日後、私はサファイアに沈痛な面持ちでこれからの予定を言う。
「……これからちょっと人助けしてくるから、しばらく会えないんだ」
「人助け? 誰の? 何の?」
お洒落なカフェでの会話が最後にならないといいなと思いながら、私は何も知らないサファイアに言葉を濁す。さすがに時報にこのまま死なれると寝覚めが悪すぎる。ルート確定したから、もう大丈夫なはずだしね。
「えっとね、ドナー登録してたから、適合する人がいたのでお願いできますかって連絡きたの」
「まあ、確かに人助けね」
一瞬感動したような顔をしたサファイアは、しかしすぐに思いなおした顔をする。
「でも、あれって医者の腕が悪いと、提供したほうに最悪障がいが残るって話が……大丈夫なの? 正直、貴女に何かあるくらいなら、知らない人間相手にそんなことしなくても」
「経験ある叔父さんの愛弟子が執刀してくれるから大丈夫。……それにゲームでもそういうのは無かったから」
「?」
「ううん、こっちの話」
それにしても、医療がそこそこ発達している設定の世界とはいえ、準備やら手術の拘束時間やらで一月は会えないのが五零十の悩みだった。
「私のこと忘れないでね」
「バカね。貴女みたいな人、簡単に忘れられないわ。それに、私も同じ話をしようと思って呼び出したのよ」
「同じ話??」
「……私ももう十八で、学園を卒業したでしょう? 見合い話が舞い込んでるの。家には私しか子がいないから、外国から相応の身分の男を迎えて婿にするみたい」
寂しそうに言うサファイア。そういえば、没落しなければそういう事になっていたんだった。あれ? でも……。
「同じ国の人じゃないの? わざわざ外国の人なの?」
「釣り合う人間がいないの。陛下も先日崩御されたから……続いてその子も。外から血を入れようって話が大きくなってね。やっぱり身内婚は色々問題あるから。それに外国の方とだと、交流とかに使えるじゃない? でも言葉や風習の問題とかもあるからね。だから、しばらくはその打ち合わせ」
「サファイア……」
「そんな顔しないの。貴族なら当然よ」
ふと、没落したほうがサファイアは好きな相手と結婚できたのでは? と考えがよぎる。
「お互い忙しくなるわね。特に貴女は手術……。じゃあ、貴女の病院を教えて。面会可能になる頃には会いに行くから」
「う、うん」
「……ここね。分かったわ。それじゃあまた」
サファイアと笑いながら別れた。サファイアが結婚かあ。
そういえば、ゲームではサファイアの身分剥奪と同時にジェイドが王の正式な跡継ぎになってたっけ。何でも貴族文化なるもので、生まれた子に鉛を塗った乳を飲ませてたらしく、それで早死にやら極端に子が少ないやらがあるという。あー、江戸時代の大奥だが、フランスの宮廷やらでもそんな話あったような……。血統を重視するなら、ジェイドみたいな育ちでも構っていられなかったらしい。子がいないから。今の陛下も遠縁の八十のお爺さんだっけ。
ゲームのサファイアの性格や、私の実父の奇行は多分そういうとこに由来するんだろうな……。こういうダークな部分が好きだったんだけど、決して体験したい訳ではなかった……。サファイアが結婚したら、そういう子育てはやめたほうがいいと止めとこう。
◇
サファイアは打ち合わせの際、傲慢な貴族を絵に描いたような両親に軽く嫌味を言われた。
「貴女も結婚適齢期。そろそろお付き合いというものも考えなさい」
誰の事を言っているのか分かっている。庶民である五零十だろう。
「お名前だけは女神の名で立派だけど、名前だけ立派にしたいなんて、いかにも庶民の考えることだものねえ」
「結婚する男性については何もかもお任せしますわ。でも、友人くらい……」
「サファイア、貴女いつからそんな親不孝になったの? 友人も評判に関わるのよ、貴族の娘である貴女が知らないはずないでしょう?」
「はい……」
「よろしい。親の言う事は聞くものよ」
母親の気迫に押されて頷いてしまった。次に五零十と会う時は病院だから慰問という名目で何とかなるけど、その次はひょっとしたら二度と会えないかもしれない……。
自室に戻ったサファイアは、机の上に突っ伏した。初めて出来た友人なのに。どうして私達は同じ身分じゃないんだろう。せめて五零十が学園内の誰かと交際でもしてたら、あそこは貴族の子弟ばかりだから、理由をこじつけて会えたかもしれないけど、あの子、私ばかり追い掛け回すから……。
気分はどんどん暗くなっていく。そもそも、ドナーの手術であの子が死んだらどうしよう? あの子が万が一死んだりして、提供されたほうが生き残ったりしたら一生恨んでやりたい。……患者は、私より身分が低い人なのかしら。そうだったら脅せば何とかなるかもしれない。二度と会えなくなっても、死なれるよりはマシだ。
◇
調べた患者は、意外な人間だった。三年間一応クラスメートだったけど、話したこともない男。
慰問の名目で、お見舞い品を持って押しかける。
男――ジェイドは病室の個室で、サファイアを余り歓迎していない様子で出迎えた。
「入院中だよ。薬で体調はいいけどね。でも僕みたいな身寄りのない人間に何か用?」
「あら、三年間同じクラスだったのに冷たいのね」
身寄りが無いなら、こいつを庇うものはいないという事だ。そんなサファイアの考えを知ってか知らずか、ジェイドはつっけんどんにあしらう。
「だって話したこともないからね。それと……手に持ってるの、何?」
「お見舞い品よ。病院は殺風景だからお花があるといいかと思って」
そう言ってサファイアは、菊の花の鉢植えを差し出した。最初に五零十に嫌がらせして以降、何となく切花は苦手になった。自分の浅はかさを思い出すから。でも五零十が花輪を作ってくれた思い出があるから、菊の花は好きなのだ。だから決して悪気はない。
差し出されたジェイドは怒りをこらえた。お見舞いに鉢植え。寝つけ(根付)って言いたいのだろうか。しかも重病患者に菊……。
貴族様だし若いからそういうのを知らないだけかもしれないと思うが、それでも想い人に振られた上に重病の身でこんなことされて、大変に不快なので追い出しにかかる。
「これはご丁寧にどうも。しかし折角来ていただいてなんですが、心身ともに不調なのです。一人にさせていただけますか」
サファイアはきょとんとした顔のあと、ムッとした表情になった。
「まあ、訪ねて来た人にそんなこと言うものじゃないわよ。来てそうそうなあにそれ。失礼な振る舞いね。改善なさい」
「……そうですか。しかし実は、この後に検査を控えてまして。着替えをするようなのです。淑女に見せるのも恥ずかしいので……」
「あら、私は気にしませんわよ? お構いなく」
「お前、友達いないだろ」
空気を読まないサファイアに、ついに八つ橋が破れた。当然サファイアは現時点では何もしてないと思ってるので怒る。
「いきなり何なの! 失礼にも程があるわ! それに友人くらいいます!」
怒声をあげるサファイアに、看護士が部屋に駆け込んでくる。しかしあの令嬢サファイアであることに気づき、「病院では出来るだけお静かに願います」 と簡単に注意するしかで出来なかった。そしてすぐに検査のために患者を着替えることになっていたので、「あの、患者が着替えますので……」 と遠まわしに言うが、サファイアは「?」 という表情ばかりで出て行こうとしない。コミュ症の看護士は諦めてそのまま着替えさせた。せめて出来るだけ自分の体でガードして、患者には向こうを向いてもらう。
サファイアはジェイドの後ろ姿を見ながら、観察していた。あの体格なら、何もしなければあと数ヵ月くらいだろうか。医者を買収して、予定変更をつげて、それまで別荘あたりに行ってもらって……。
まったく、事実上家を追い出されて、まだ働く都合もつけてないのにドナーだから助けるなんて。その間の家賃も生活費もどうするつもりなのか。あのお人好しにはこれくらいしないと。
そんな考えをするサファイアに、あるものが目に入る。
ジェイドの背の、花の形の痣。王族特有の印。自分では見れないけど、サファイアの背にもあるらしい。
一瞬驚いたサファイアだが、すぐにある計略が頭に浮かぶ。
◇
手術の際に痣が発見され、ジェイドはとんとん拍子に王の跡継ぎになった。世間は成り上がり話に沸いた。
そんな空気をよそに、カフェで数ヶ月ぶりの再会と退院祝いを兼ねたお茶を楽しむ五零十とサファイアは楽しく飲んでいた。
「五零十、私、先日ジェイドに会ったの」
会話の途中、サファイアが急に突拍子もないことを言った。
「え? ああ、そういえば大貴族の娘と次期王だもんね。顔を合わせることもあるよね。……あれ? もしかして二人が婚約するとか?」
五零十はゲームの知識を思い出しながら、そういえば没落しないサファイアと王子になったジェイドって身分的にお似合いなんだよねと思った。
ただ、ゲームではこの二人、めちゃくちゃ仲が悪かった。イベントで話すたびに、サファイアがジェイドの地雷を踏みまくって怒りを買い、ジェイドがきつい一言を放つからお互い空気のように思っていたっぽかった。だからジェイドルートはゲームヒロインのライバルキャラにならない。『お似合いの二人ですわ!』 とまで言うくらい。他のキャラだと妨害しまくるけど。これもあって、ライバルのいないジェイドがやっぱりメインってことなんだろうなと言われていた。病弱設定といいライバルが居ない事といい、ジェイドへ選べ的圧力を感じる。
って、ゲーム終わったあとも話したんだ、どんな会話したんだろう? 喧嘩しなかったのかな。身分は釣り合うけど、二人が一緒になる姿って想像できない……。
そう思ってたら、サファイアは笑って答えた。
「いやね。そうしたら私の家の跡継ぎがいなくなってしまうじゃない」
「あ、そっか。……どっちみち無いんだ」
「? それよりも、ねえ知ってる? ジェイドは貴女が好きなのよ」
「……あー……。そうかもとは思ってたけど、私恋愛とか苦手だから」
「三年間のクラスメート、命の恩人……。世間を納得させるには充分ね。いきなり偉くなっても、昔からの付き合いを大事にする人は、色々良く言われるものよ」
「……サファイア?」
「仮面夫婦でもいいのよ。私も多分そうなるし。これで私は堂々と五零十と一緒にいられるの。今からジェイドが来るわ。指輪を持って。……どうしたの? そんな真っ青な顔をして……五零十?」
これがゲームの強制力か……とぼんやり私は思った。