お嬢様(笑)
「そういえば、もうすぐ星嶺祭だね」
夕食の席で兄さんがさも今思い出したといった感じで言ったそれに、私は内心で舌打ちしたくなった。
星嶺祭とは、うちの学校で行われる季節外れの文化祭のようなものだ。
文化祭とは違い規模が小さい内輪の行事で、外部の人間は基本的に参加できないのだが……。
「招待状、くれるよね?」
そう。生徒によって配られる招待状があれば、外部の人間も参加できる。家族はもちろん友人や赤の他人でもだ。
問題はうちの学校が中高一貫教育の女子校だということ。そんなところに兄のような美形(残念)を放り込んだらどうなるか。あまつさえ私にベタ甘な様子を見られたらどんな誤解をされるか。
「ごめんなさい。兄さんの分はもう無いの」
「嘘だね。生徒一人が配布できる招待状は五通。アユに五人も外部の友達なんて居ないだろう」
「……」
ぐうのねさえ出ない。せめて小学校時代の友達との繋がりが切れていなければ。
「……二枚渡すからユウコさんも誘いなさい」
だが今年は希望がある。
今の兄さんには彼女がいるのだ。ユウコさんも一緒なら、私への被害は少なくなるはず。
「三枚だよ。カズマくんを除け者にするなんて可哀想じゃないか」
「……」
え、呼ぶの?
あの居るだけで無駄に空気が重くなる男を呼ぶの?
気の弱い女子なら眼力だけで気絶させそうな男を呼ぶの?
「……うちの子たちが泣かされそうなんだけど」
そのまんまの意味で。
「大丈夫だよ。カズマくんは無口で目付き悪くてなに考えてるか分からないけど良い子だから」
大丈夫な根拠が分からない。
しかしまあ確かに除け者も可哀想かと、ユウコさん経由で招待状は渡すことにした。
……よく考えたら別に可哀想じゃないような。むしろ招待状渡しても来ないのではないだろうか。
この時私は気付けなかった。
騒動の種は外ではなく内(自分)にあるのだと。
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星嶺女子高等学校。
中高一貫の女子校であり、偏差値も高い所謂お嬢様学校だ。
高校進学の際の試験に手心なんてものはなく、毎年何人もの生徒が泣く泣く別の高校に進学するという。
そんな高嶺の花が群生しているような場所に俺は居た。一人で。
「私はシュウくんと回るから、カズちゃんはアユミちゃんと合流してね」
確かにデートなら二人で行けと言った。しかしこんな四面楚歌な場所で放置プレイとは、中々に鬼畜な姉だと言わざるを得ない。
現在地は校門前だと言うのに、既に周りは女子ばかりというアウェイ感。中に入る気力もわかない。
霊峰とかには女性を入れないための女人結界というのが張られているらしいが、ここには男人結界とか張られてるに違いない。
「あの、すいません」
「……」
どうしたものかと迷っていたら、黒髪の女子生徒に話しかけられた。
いや、黒髪ばっかりだけどねこの学校。お嬢様学校だけあって染髪は禁止なのかもしれない。
「星陵祭に来た方ですよね。招待状はお持ちですか」
「……はい」
何故かビクビクしている女子生徒に、小笠原妹からの招待状を見せる。
むしろ内心では俺の方がビビってます。俺不審じゃないよね。いきなり通報されたりしないよね。
「あ、確かに……え?」
「?」
招待状を見て納得したと思ったら何かに驚く女子生徒。
なんぞ。まさか招待状が偽装だったのか。俺は小笠原妹に謀られたのか。
「い、いえ、何でもありません。どうぞ星嶺陵祭をお楽しみください」
「……」
何故か焦っている女子生徒に頭を下げると校門をくぐる。
「お、小笠原さんがお兄さん以外の男性に招待状を!?」
俺の対応をした女子生徒から発信された情報が、相対性理論を超越した速度で広まっているとも知らずに。