姉の心弟知らず
「カズちゃんおつかれー!」
ダブルデート(違)が終わり、俺が部屋のベッドに横たわりぐったりしていると、当然のように乱入してきた姉さんが背中にダイブしてきた。
いくら小柄でも人一人。衝撃で肺の空気が漏れて「ぐへぇ」と変な声が出た。
「楽しかったねぇ。カズちゃんも楽しかった?」
「……それなりに」
俺の背にお腹を乗せるように横になったまま聞いてくる姉さん。それに少し考えて答える。
少なくとも嫌な気分にはならなかった。小笠原さんは変だけど良い人だったし、妹の方も事前の予想や見た目に反してやわらかい物腰の女子だった。
もっとも、兄に対してだけ口が悪かったが。あの毒舌が俺に向けられたら泣く自信がある。何故に小笠原さんはあの死ねと言わんばかりの言葉の暴力に笑顔で対応できるのだろうか。
「そっかー、じゃあまた四人で遊びに行こうね」
「それは待て」
何故にデートに弟を連れて行きたがるのか。弟妹が一緒では満足にいちゃつけないだろうに。というかプラトニックな内はともかく、深い関係になった姉のデートなんぞ見たくない。色んな意味で。
「……うーん、でもまだ二人っきりじゃねぇ」
「……?」
何やらぼそりと呟く姉さん。
まさか本当はまだ小笠原さんと二人きりでは恥ずかしいのだろうか。当初お付き合いを断ろうとしていたのだからありえなくないが、だとすると俺や小笠原妹を連れて行ったのは緩衝材代わりだったのか?
……いや、どう考えても向いてないだろう。俺も小笠原妹も。
「あんまり俺や妹さんが居ても邪魔になるよ」
「そっちじゃないんだけど。まあいいか」
何がや。
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「楽しかったねアユ」
帰宅し着替えてリビングに行くと、既に着替え終わり寛いでいた兄さんに言われた。
「そりゃ兄さんは楽しかったでしょうね」
好意を抱いている相手とのデートだ。楽しくないわけがない。しかしこっちは巻き込まれ無理やり連れて行かれたも同然なのだ。最初から楽しめるはずがない。
「アユもカズマくんと仲良くなってたね」
「兄さん、目玉刳り貫いて良い?」
「いきなりのドメスティックバイオレンス!?」
だって目が節穴で目玉はタピオカみたいだし。無くなっても問題あるまい。うん。
「あんな無口無愛想無表情の三拍子揃った男とどうやったら仲が良くなれるのよ」
「おや? カズマくんの微妙な表情や雰囲気の変化を感じ取れなかったのかい? アユも意外に観察力が足りないね」
「……」
「アユ。無言で頬を引っ張るのは止めてくれないかな?」
ドヤ顔がムカついたので兄さんの両頬を力の限り引っ張る。ここまでやっているのに何故普通に話せるのか。どんな構造をしているのだろうか、うちの兄の口は。
「はあ、ユウコさんが人懐こい犬なら、弟さんは警戒心の高い猫かしら。知人が友人になるまで何ヶ月もかかるタイプに見えたけど」
「そうだね。だからこそ、ああいうタイプの子は得がたい友人になるよ。孤独を知ってるからこそ人の繋がりを大事にする子に見えたしね」
そう言う兄さんの顔は、何だかユウコさんの事を語っているときに似てた。どうやらユウコさんだけでなく、弟さんにも惚れてしまったらしい。
「……兄さん。無駄に顔が綺麗だから、いつかはそっちの道に走るんじゃないかと期た……危惧していたのだけど」
「うん、今『期待してた』って言いかけたよね?」
「男に走ったら妹への無駄に旺盛な情愛が減るかと思って」
「はっはっは、その程度で僕のアユへの愛が減るわけないじゃないか」
「わー流石だわ兄さんキモい」
「……賞賛と同時に罵倒するとは。ちょっと興奮したよ」
どうしよう。最近兄さんの耐久度が上がって新たな道に目覚めかけてる気が。
「……兄さんがMに目覚めました」
「うん何処にメールを送ろうとしてるのかなアユ?」
「ユウコさん」
「ふっ。……ごめんなさい」
余裕たっぷりに笑ったと思ったら、即座に五体投地からの土下座を披露する兄さん。
どうやら恋をした兄さんには新たな弱点が発生したらしい。できる限りユウコさんは味方に付けておこう。そう決心した。